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宝物は大切にしなさい、

それって幼稚園の頃にお母さんの口から聞いたんだったっけ。上の前歯が二本無くて今よりもっと滑舌の悪かったのっちは、大好きな着せ替え人形をぎゅっと抱き締めて首がもげるんじゃないかってくらい強く頷いた。
だけど数年後、着せ替え人形よりもっとキラキラに見えたアイドルグループに浮気して、宝物は物置の奥底に片付けられた。そして新しい宝物は、そのアイドルグループのヒロちゃんとお揃いのハートのネックレスになったんだ。
それからまたしばらくして、今度はそんなヒロちゃんよりももっとキラキラな女の子と出会った。それは何を隠そう西脇綾香ちゃん。なんとも言えない強烈な電撃が全身を駆け抜けた。

そのあ〜ちゃんは今までのキラキラな物とは全然違ってた。のっちがねだっても絶対に手に入れる事は出来ない。どれだけ願っても宝物になる事はないんだと気が付いた時はなんだか悲しかった。


だけど、そんなのっちの願いが叶った!!


「つまり、両想いだったんだよ、のっち達!」

「ねぇ汚い、めっちゃ唾飛んだんだけど」

学校帰りのスタバの店内、飲みかけの抹茶フラペチーノをテーブルに置いてハンカチをバッグから取り出した。嫌そうな顔をして顔やらを拭くもんだから、のっちの勢いは殺された。ごめん、としょんぼり呟いてキャラメルフラペチーノを一口飲んだ。思ったよりもうんと甘かった。

「良かったね、まぁゆかはあ〜ちゃんの気持ちも知ってたけどね」
「まじで!?」
「何年あの子の親友やってると思っとるんよ」

そう言ってゆかちゃんはストローをくわえた。この時寄り目になる癖は昔からで、可愛いなって思う。
だけどそんな事より、今は胸いっぱいのこの気持ちをゆかちゃんに分かって欲しいんだ。生まれて始めて、恋が実った瞬間の出来事とか、ダイジェストで詳しくお伝え致しますので。

「チュー、しちゃったぁ」

そう呟くと、死にそうなくらい全身がむずかゆくなって、漫画みたいにキャッと高い声を出してしまった。ゆかちゃんは一瞬だけ寄り目をやめて、うんざりした目でこっちを見た。

「あ〜ちゃんの唇…柔らかかったなぁ…」

うっとり呟いてみると、あの感触が蘇ってきた。マシュマロみたいに柔らかくてふわふわで、甘くて良い匂いがした。またキスがしたくなった。

「そんなお花畑気分ののっちに水をさすようで悪いけど、あ〜ちゃんのファーストキスの相手はゆかだからね?」
「なんじゃとお!?」
「小四の時にー、チュッて」
「このマセガキさんめ!」
「てゆうか、してきたのはあ〜ちゃんだから、ゆかが奪われたのー」

ごめんね、ってあの得意の口元だけの微笑みをのっちにプレゼントしたかと思うと、ゆかちゃんはまた寄り目になった。
それってきっと、のっちが二人に出会う前の事じゃんか。のっちが二人に出会ったのって確か小五の時だもん。ずるい、ずるすぎる。のっちだってもっと早くあ〜ちゃんと出会いたかったのに。



まぁそんな事はどうだって良い、昔の事をうだうだ言ってたって仕方がないし、なんてったって今はあ〜ちゃんとのっち両想いなんだし。

「あ〜ちゃんの事、好き?」

寄り目のまんま、ゆかちゃんはそう言った。

「何を今さら!好きに決まってんじゃん」

のっちは自信満々にそう言う。胸を張って言える、のっちには自信がある。

「それなら大切にしないとダメだよ」

ゆかちゃんはまだ寄り目だ。
今までの勢いで頷こうとしたのっちだけど、遠くに聞こえた店員さんの「お待たせしました抹茶フラペチーノになります」の声と女子高生の「ねぇねぇ、中田先生ってイケメンじゃない?」の声が、なぜか頭に響き渡って固まってしまった。
何かが喉に詰まった感じ、うんの一言が出てこない。ただ頷けば良いだけなのに、首が吊ったのかなんなのか、縦に首が動いてくれない。


大切にするって、どういう事だろう?


あ〜ちゃんは宝物だ。やっと手に入れた大事な大事な宝物。
着せ替え人形は、毎日一緒に寝た。毎日髪をといてあげて、毎日色んな可愛い服を着せてあげて。他に持ってたくまのぬいぐるみや、犬のぬいぐるみとおままごとして遊んでた。
ネックレスは、とにかく毎日身に付けた。色んな子に自慢した。一回おばあちゃんの家に忘れてしまった時なんか大泣きして、わがまま言ってお父さんにわざわざ取りに行って貰ったりもした。
それでも、二つとも今はもう探したって簡単には出てこない。どこに片付けたのかも思い出せない。

あ〜ちゃんはそんな今までの宝物と同じって事?違う、あ〜ちゃんはそんな宝物とは違う。だけど大好きで大好きで、一番大好きな物を宝物って呼ぶんじゃないの?大切にしなきゃいけないんじゃないの?

「大切にするって、何?」

のっちは怖くなったんだ。
もしかしたら、またしばらくしたら飽きて他のキラキラした何かに夢中になっちゃうんじゃないかって。あんなに可愛がって毎日肌身離さず一緒だったのに、どこに片付けたのかも分からなくなるくらい酷い扱いになっちゃうんじゃないかって。
そもそも大切にしたくても、大切にする方法が分からないよ。あ〜ちゃんは物じゃない、手に入れたつもりでも、決してあ〜ちゃんはのっちの物にはなってくれない。どう大切にすれば良いの、抱き締めたってキスをしたって、それって大切にするのとは違うよきっと。

「優しくすれば良いんよ」
「優しく…?」
「そ、あ〜ちゃんには優しくしてあげて」

まぁ、のっちは誰にでも優しいか。
寄り目をやめて、今度は口元だけじゃなく、ちゃんと目でも笑ってゆかちゃんはそう言った。
のっちは黙ったままストローをくわえる。酷く胸が傷んだ。

「のっち、寄り目になっとるよ」

ゆかちゃんは指を差して笑った。違うもん、これはゆかちゃんの真似をしてるだけだもん。自分の癖に気付いてない所も、なんだか可愛くて傷んだ部分もちょっぴり温かくなった。


この日、のっちはあ〜ちゃんに優しくするって決めた。







学校の屋上に、雪はまだ残っていた。そんな片隅に体を小さくして震えてる少女に慌てて駆け寄る。
休み時間、携帯がぶるぶる震えたのは大好きな人からの着信だった。弱々しい声で、泣きそうなくらい震えた声で。だから走った。

「あ〜ちゃん、はいコレ」

俯いていたその子はゆっくり顔を上げた。やっぱり目は赤かった。
体育の授業の途中、気分が悪くなって、トイレに行って気が付いたらしい。

「ありがとう…死ぬかと思った…」
「大袈裟だよ」

のっちが差し出した袋を受け取って、あ〜ちゃんはホッとした様に大きく息を吐いた。息はまだ白い。
これで用事は済んだんだから、早く校舎に戻ろう。のっちも寒くて体が震えてきちゃったし。だけど校舎に戻ろって言っても、立ち上がったあ〜ちゃんは一歩も動かなかった。

「のっちって、良い人だね」

袋を抱き締め、あ〜ちゃんは言う。
ちなみに袋の中は生理用ナプキン。あ〜ちゃんが愛用してるブランドは、のっちもちゃっかり愛用しちゃっているもんで。あ〜ちゃんこのナプキンじゃないと嫌だもんね、他のじゃ痒くなるとか色々うるさいもんね。

「のっちが良い人なのは、あ〜ちゃんが好きだからだよ」

そう言うと、この前傷んだ胸がまた傷みだした。あ〜ちゃんに褒められたのに素直に喜べない。こんなのって初めてかもしれない。
優しくするって決めたんだもん、良い人なのは当然だよ。あ〜ちゃんは宝物だから、優しいんだよのっちは。

あ〜ちゃん以外の人にはのっち酷いんだよ。酔っ払いに絡まれてる女の人と目が合ってもシカトするし、クラスメイトが虐めにあっても見て見ぬ振りだし、転んで泣いてるチビッ子に手を差し伸べる事もしないんだよ。
もし酔っ払いに絡まれてるのがあ〜ちゃんかゆかちゃんだったら話は別だけど。虐めにあってるのが二人だったらそれも話が別。転んで泣いてるのも二人だったら話は別。
だけどそんなゆかちゃんにも酷い事をした。のっち、ゆかちゃんの処女奪っちゃったんだ。あり得んでしょ。友達として、どうなのって思うよね。

だから、のっちは絶対に良い人なんかじゃないよ。あ〜ちゃんだけが特別そう見えてるだけ。のっちは悪い人だ。
それでも決めたんだもん、あ〜ちゃんは宝物だから大切にするって。優しくするって。

自分って卑怯で最低な人間だ。のっちは誰にでも優しいってゆかちゃんは言ったけど、それは違う。
恋をすると女の子は可愛くなるんじゃないのかよ。のっちは自分の汚い所ばっか見つけちゃって段々可愛い女の子から遠退いてくよ。

「ありがと」

罪悪感でいっぱいなのっちは、あ〜ちゃんを見る事が出来なかった。俯くのっちの髪を撫でて、優しく頬を撫でてくれるその指先は冷たかった。

「のっちはあ〜ちゃんのスーパーマンじゃ」

あ、泣きそう。
とりあえず泣き虫なスーパーマンはなんか嫌なので、涙をぐっと堪えて天使の肩を抱き寄せた。半泣きな顔、見られたくないし。


この時のっちは、大切にするって何なのか、少しだけ分かった気がした。



◇⊿:終◇





最終更新:2009年08月01日 21:02