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side.N


妙な光景。
あたしの部屋に、あ〜ちゃんがいる。
あたしのベッドに、あ〜ちゃんが寝ている。
なにもかも手放したはずのあたしの元に、何故彼女が?
あたしには与えられないものを、あたし達に与えられる唯一の存在。
どうして?


「あ〜ちゃん、寝たの?」
「……寝とらんよ」
「シャワーでも浴びる?」
「ううん。暫くこうしとる」
「そ。じゃああたし使うよ」


シャワーならさっき浴びたばかりなのに、あたしは足早に浴室に向かった。
この気持ちはなんだろう。
なんであたし逃げてるんだ?
罪悪感?
あたしは悪い事をしてしまったんだろうか。
理由は分からないけど、早く熱いお湯を頭から被りたかった。


おかしい。
今一緒にいるのはあ〜ちゃんなのに。
今あたしが抱いたのは、あ〜ちゃんなのに。
なんであたしはゆかちゃんの事ばっか考えてんだ?


おかしい。
おかしいおかしい。
どうしちゃったんだ、あたし。
なんで、あ〜ちゃんを抱いたんだ……


サッとシャワーを浴びて、浴室を出て、廊下を歩く。
今あたしの部屋で唯一明かりのついているその廊下を終えると、彼女のいる部屋に出る。
真っ暗闇の中。
慣れた体に任せて進む。
ベッドの上、膝を抱えて座ったあ〜ちゃんが、窓の外の空を見上げていた。
体が震えた。
色んな感情が噴き出してきて、声を上げて泣き出しそうになった。


なんて小さいんだろう。
あたし達が頼っていた彼女の背中は……
色んなものを背負ってきたその背中は……
驚く程小さくて、儚くて、消えてしまいそうだった。

彼女はどんな気持ちで今まで過ごしてきたんだろう。
彼女はどんな気持ちであたしとゆかちゃんを見続けてきたんだろう。
あたしより一回り小さいその体で、どれだけの想いに耐えてきたんだろう。
どんな気持ちで、あたしに抱かれたんだろう……


「……あ〜ちゃん?」
恐る恐る、声をかける。
返事はない。
そっと彼女の隣に腰掛けると、頭をコツンと肩に預けてきた。
「真っ暗じゃね」
「……うん」
「いつも一人でこの空を見上げとるん?」
「……いや、最近はあんま空見たりはしない」
「そっか。ねぇ、あたしはどっか変わったかな?」
「多分ね」
「どう変わったのかな?」
「……分かんない」


肩を並べて夜空を見上げる。
別に特別なことじゃないけど、何故かとても特別で大切な時間に感じた。


でも、夜空を見て想ったのは……
どうしてかな?
隣にいるこの子ではなかった。



side.A


満足いった?
あたしが果てると、のっちはそう言った。
まるでその為だけだった様な行為。
ショーツはずらされただけだし、胸なんて触らないどころかブラまで綺麗に着いてるし。
それでも、あたしの挑発に反応した彼女の奥にある熱。
そして今隣に座る彼女の纏う空気は、少しだけれど変わった。
良かった。まだ間に合う気がする。
ほんの少しの安堵と満足。
事を済ましてちょっと会話して。
ようやく生まれた。


「のっち今なに考えとる?」
「え……別に。何も」
「そっか」
「ごめん、嘘」
「知っとる」
「なんでも知ってんだな」
「まぁね。長い付き合いだし」


肩を並べて、夜空を見上げる。
見えるのはビルの灯かり、チカチカ光るネオン、赤いランプ。
味気なくても、ちゃんと星は今も輝いてる。
目に見えなくても、ちゃんと。


「さて、じゃああたしは帰るかね」
「え、帰んの?」
「だって明日も仕事」
「あ、そっか」
「のっちもちゃんと仕事見つけんさいや」
「あ〜、うん……」
「やりたい事やりゃええんよ」
「まぁ、ぼちぼちね……」

また見つけた。
あたしに小言を言われると、困った様子で頭を掻く癖。


あたしはついさっき脱いだワンピースを、巻き戻しの様に着直した。
「シャワー浴びてけば?」
「帰ってからで良い。もう何日も家帰ってないし」
「そっか。んじゃ、ま、気を付けて」
「ありがと」


帰り際、見送りにきてくれたのっちに声をかける。


「ねぇ」
「ん?」
「次はさぁ、もっと優しくしてね」
「え?」
「もっと時間かけてさぁ、もっと凄いのシたい」


ミュールを足に引っかける。
返事がない。
振り返ると、困った顔して彼女は微笑んでいた。
あたしも悪戯に微笑み返す。


「また来んのかよ」
「約束だからね」
「考えとく」


久しぶりだね。
この空気。
あたしは大好きなんだよ。
あなただけが持ってる、あったかいこの独特の空気。

「じゃあね」
「うん。じゃあ」
「また、ね」
「……あ〜ちゃん?」
「ん?」
「ありがと、ね?」
「……うん」

のっちの部屋をあとにして、エレベーターのボタンを押す。

一階からひとつひとつゆっくりと上がってくる。
急がなくていいよ。
ゆっくり上がってきんさいや。
到着を告げる鐘の音が鳴り、目の前の扉がゆっくりと開く。


ひとつ息を吐いて、あたしはそれに乗り込んだ。



side.K


勢いに委せて店を飛び出した自分の行動に驚いた。
らしくない。

そうなの?
かしゆからしくないってこと?
なら、樫野有香ならどう?
らしいのかな?


いつの間にかあたしには、あたしがあたしである為の所為が身に付いた。

場の空気をよくよんで。
目立たない様に、存在を認識させる術。
目立つのは、天性で人を惹き付けるあの子の仕事。
場の空気を作るのは、無計算で人を和ませるあの子の仕事。
あたしはしっかり流れに掴まって、離さない様に気を付けながら、恰も二人と同じ世界を共有してる様に取り繕う。
そう、心掛ける。


早い話、あたしはいい子にしてれば良かった。
後は周りがなんとかしてくれた。
きっとあたし一人に興味を持ってくれる人は、そう多くはない。


そう思ってたのに、少し周りが騒がしくなった頃からは、知らないうちにあたしは小悪魔になった。
あることないこと一人歩きして、気が付けばあたしには明確なキャラ付けが生まれた。
柄じゃないのに。
そうなってからは、ますますあたしはあたしらしく在ることが、許されなくなった。
どんどん埋もれて行く、本当のあたし。
素なあたし。

じゃあ、どうしたかったの。
そう聞かれても、分かんないんだよね、これが。
そもそも、本当のあたしってどんなだ?
素の樫野有香って、どんなんよ?
分かんないんだ。
これも、いつの間にか分からなくなった。

だからね、大人しくしてるの。
二人が笑ったら、あたしも笑って。
二人が泣いたら、あたしもそれに倣って。
何を言われたって、ニコニコしてればオオゴトにはならないから。
人形でいれば、あたし自身は傷付かなくて済むから。


だからね、のっちに一緒にいてって言われた時は嬉しかった。
あたし達の活動が終わって、仕事で会わなくなってもそう言ってくれたのが嬉しかった。
ずっと昔からあたしの事を知ってる彼女にそう言われた事が、あたしには奇跡だった。
味気ない日々を、変えてくれたのはのっちだった。
もう代わり映えしない毎日しか残ってないと思ってたから、変えてくれたのっちに、心の底から感謝した。

あたしは馬鹿だ。
せっかくのっちがあたしを選んでくれたのに。
あたしはのっちになにをしてあげた?
何も分からずに、のっちに辛い台詞吐かせて。

せめて、伝えなきゃ。
どれだけ感謝してるかわからない。
どれだけ嬉しかったか。
どれだけ幸せだったか。
今、あたしがどれだけのっちを想っているか。


もうつまらない柵はないから、好き勝手すればいいじゃない。

のっちのマンションに駆け込む。
エレベーターに乗ろうとしたら、誰かが呼んだのか、目の前で上階に昇り始めた。
もどかしいな。待ってらんない。
あたしは、隣にある階段を駆け上がった。


〜続く〜





最終更新:2009年08月01日 21:09