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「あ〜ちゃん、お願いがあるんですけど・・・」
「またー?これでのっちのお願い何度目よ・・・」

のっちがうちにきて約10日。
いつの間にかそれぞれの役割が出来てきて、あたしがご飯を作る当番で、片づけがのっちの当番になっていた。
今は朝ごはんを一緒に食べている所での会話。

「今ね、ちょっと、またひつこい人に言い寄られてるんですよ・・・」
「ふーん・・・男?女?」
「今回は男子です」
「ふーん・・・」
のっちはうちに居候しても、まだ夜遊びはまだ続けてる。

「それがうちの大学の人でして・・・」
「それで?」

「その人を諦めさせる為に、一芝居打って頂いてよろしいでしょうか?」
のっちはあたしにお願い事をする時は、なぜか決まって敬語になる。

「なにをすればいいんよ?」
「あたしの恋人のふりして下さい」

「い・や・だ」
「え〜、いいじゃーん。それくらい・・・減るもんじゃないんだからー」
のっちにはハノ字眉になってあたしにすがってくる。

そんなもん、嫌に決まってるじゃろ。
なんでそんな憎まれ役をやらなくちゃいけないんよ。
それでなくても、大学内でのっちといるだけで、みんなの視線が怖いんだから。

それに恋人になるのはお芝居じゃなくて、現実でなりたいから。

「あ〜ちゃんって、意外とケチなんだね・・・」
のっちがボソっと呟いたのを、聞き逃さなかった。
「あ〜ちゃんのどこがケチなん!!ケチなら、のっちをここに置いてあげてないけん!!」
あたしはキー!!ってなって、毛が逆立った猫みたいに怒った。

「じゃあ、恋人のふりくらいやってくれてもいいでしょ?」
「ふん!!そんなんやれるけぇ。朝飯前じゃ!!」
あっ・・・。

「よっしゃ!!今、やってくれるって言ったよね?言ったよね?ちゃんと聞いたからね!!」
のっちにまんまとハメはれた・・・。悔しい。
のっちのしたり顔がムカつく。
ムカつくのに、愛おしくも感じるあたしは重症だ。

「うぅ・・・。のっちのバカ」
「バカで結構結構wwさ、学校行こうか!!恋人っぽく登校しなきゃね♪」
ノリノリののっちがムカつく。
なんでそんなに楽しそうなんだろ?
意味わからん。



大学の駅に着いた所で、のっちがあたしの手を握ってきた。
「ちょっ、なにするん!!」
突然の事で動揺するあたし。
「なにって、手を繋いでるんだけど?」

「なんで、繋がなきゃいけんの?」
「そりゃ、恋人ですから?」
「・・・恋人じゃなくて、恋人の”ふり”じゃろ・・・」
「んー、そうねww」

のっちはあたしと手を繋いでも、緊張しないの?
あたしは繋がれてから心臓がこれでもか!!ってくらい、めちゃくちゃ速く動いてるんだよ?
あたしだけが意識しているの?
のっちはあたしの事はどうでもいいの?

「あっ、やっぱいた」
「へ?」
「あの校門に立ってる人が、その人なんだ」
その男の子はあたしたちに気付いて、ズカズカと近付いてきた。

「彩乃ちゃん、おはよう」
あやの・・・?

「おはよう・・・ございます」
のっちは気まずそうに挨拶を返した。
彩乃って、のっちの名前だったのか・・・。

あれ?そう言えば、あたしってのっちの本名知らないじゃん・・・。
今頃それに気付いたの?
バカじゃん。好きな人の本名知らないとか、バカじゃん。



「昨日、なんで急に帰ったの?」
その人は優しい口調でのっちに訊く。
そうか・・・昨日はこの人と一緒にいたのか。

「急に帰りたくなったからです」
のっちの返事はかなり無愛想。
しかもそれ答えになってないし。

「俺の気持ち・・・知ってるよね・・・」
「あー・・・すいません。実は今、あたしこの子と付き合ってるんです。なので先輩とはお付き合い出来ません」
のっちはいきなりあたしの肩をグイって抱き寄せて、先輩と呼ばれるその人にアピールした。

「昨日は、付き合ってる奴いないって言ってたじゃん・・・」
先輩がそうとう凹んでるのは、あたしから見ても十分わかる。

「あー・・・そんな事言ってましたっけ?」
「クラブでそう言ってただろ?・・・だから俺、彼女と別れて君と付き合う気だったんだけど・・・」
おぉ・・・先輩もすごい・・・。
彼女いるのに、振ってのっちに狙いを定めたの?
あたしはそんな恋愛に積極的になれないよ・・・。
今もこうしてのっちにずっと肩を抱かれてるけど、体は緊張して硬直したままなんだよ。

「あー・・・すいません。あたし今この子に夢中なんでww」
肩に回ってた腕が今度は、腰に伸びてきた。
のっちの手が腰に当てられた時、あたしの体はピクっと反応してしまった。

「本当に、君ら付き合ってるの?」
先輩、鋭い!!
付き合ってないです。
嘘です。猿芝居です。

「付き合ってますし、一緒に住んでます!!」
のっちのバカ!!
なんで、そんな半分嘘で、半分本当のややこしい事言うの。

「じゃあ、本当に付き合ってる証拠見せてよ」
「証拠?」
「そう、証拠だよ」
「んー・・・」
のっちは天を仰いで、眉毛をポリポリ掻いてどう証明するか考えてるみたい。



「わかりました。んじゃ、見てて下さい」
そう言うと、のっちはあたしの腰を抱き寄せる。

そして・・・あたしはキスをされた。

あたしは一瞬何が起きたのか、わからなくなって頭が真っ白になった。
一瞬の出来事だったから、避けられなかった。
キスが終わると、のっちと目が合った。

「あ〜ちゃんの唇、やわらけーw」
無邪気に耳元でそう呟くのっちが憎たらしかった。
あたしはのっちの頬を思いっきりひっぱたいて、その場から走って逃げた。

はぁ・・・、はぁ・・・。

久しぶりに全力疾走したから、足がもつれて、息もすぐに切れた。
あれ・・・視界がぼやけてる。
あれ・・・頬が濡れてる。
あれ・・・涙が出てる。

あたし・・・なんで泣いているの?

のっちが先輩を振る為にあたしを利用したから?
のっちが勝手にキスをしたから?
のっちにどうでもいい無機質なキスをされたから?
のっちがキスした後、全然悪びれてる感じがしなかったから?

「・・・あ〜ちゃん!!」
後ろから腕を掴まれた。
のっちがあたしを追って走ってきた。
左頬は赤くなっていた。

「ちょっ、、なんで、はぁ・・・はぁ、、、急に走り出すのさ・・・って、あれ?泣いてんの?」
のっちはあたしの腕を掴みながら、顔を覗いてきた。
「な、泣いてなんかないけぇ!!」
「いやいや、、おもっきし、涙出てるじゃん・・・」
あたしの腕を掴んでた手は、頬に伸びてきてパーカーの袖で涙を拭ってくれた。

「ごめん。この涙の原因は100パー、あたし・・・だよね?」
申し訳なさそうに頭を掻きながら訊いてくる。
あたしはその質問に答えられないでいた。

「えっと・・・何がいけなかった?肩抱いた事?腰に手を回した事?キスした事?」
呆れた。
心底、のっちに呆れた。
自分が何が悪い事したのか、わからないの!?



「最低・・・。のっちは最低じゃ!!」
「うん・・・。そんなんは、言われなくても知ってるよ」
そんな素直に認められても、益々ムカくつだけ。

「なんで、、、キスしたん・・・」
「あぁ!!キスがダメだった?」
そんなあっけらかんと言われても、ムカつく。

「別に初めてな訳じゃないでしょ?そんな、深い意味なんてないよww」
そうだよ。
キスは初めてじゃないよ。
でもあんなに気持ちが入ってないどうでもいいキスは初めてだよ。

欧米人じゃないんだから、あたしはキスなんて慣れてないんだよ。
キスは気持ちが入ってないと嫌なの。
あんなキスはしたくなかったの。
あんなキスは好きな人にはされたくなかったの。

「なんでわざわざ、あ〜ちゃんに恋人のふりしてくれって言ったん?」
「ん?だから、それは先輩がしつこかったから、手っ取り早く諦めてほしくて・・・」

「別にあ〜ちゃんを利用しなくても、先輩に自分の気持ち正直に、伝えれば済んだんじゃないの?」
「えっ・・・なに?急に?wwお説教?」
のっちはあたしが真面目モードになると、ふざける癖がある。

「先輩は本音をきちんとのっちに言ったんだよ?のっちも先輩とちゃんと向き合わないと失礼じゃろ!」
「・・・・・」
のっちはハノ字眉になってあたしを見つめる。
その瞳は何を考えてるんだか、わからない。

「・・・そう言うのって、めんどいじゃん」
「え?」



「本音で向き合えって、言うけどさ・・・あ〜ちゃんは、それした事あんの?」
「え・・・」
言葉が詰まった。
直ぐに答えられなかった。

「ふっ・・・あたしは、そういう重い関係いらないんだよね。だって、めんどくさいでしょ?そういう関係は。だからその時その時が楽しければいいんだ」
それを聞いて悲しくなった。

なんでそんな寂しい事言うの?
のっちは過去に何かあったの?
過去の事がトラウマになっちゃって、そういう考えになっちゃったの?

「そ、そんな事ないけぇ。誰かに自分の事をわかってほしいって思った事ないの?だから、あ〜ちゃんに名前教えてくれなかったの?」
「へ?なまえ?」

「さっきの人に、彩乃ちゃんって呼ばれてたじゃろ?あ〜ちゃん、のっちの本名知らんかった・・・」
「あぁ・・・、そういう事ね。だって、あ〜ちゃん訊かなかったじゃん」

「訊かなきゃ教えてくれんの?普通、名前くらい自分で言うじゃろ?」
「あー、ごめんごめん。本名は、大本彩乃。大きいにブックの本で、彩りの彩で、貴乃花の乃」
そんなめんどくさそうに説明しないでよ。
あたしがめんどくさい存在みたくなっちゃってるじゃん。

「なんでそんなどうでもいいって感じなん・・・。あ〜ちゃんはのっちにとってなんなん?」
「なんって、友達でしょ?大切な友達じゃん。どしたぁ?あ〜ちゃん。なんでそんな事訊くの?w」
だって、そうでもして訊かなきゃ、あたしの心がもたないから。

のっちは困ったように笑った。
その笑顔は儚げで、触れたら今にも消えそうだった。

のっちにはきっと壁がある。
見えない壁がある。
その壁を壊さなきゃ、のっちはこのままずっとあのままだ。
その壁を壊さなきゃ、のっちは本気で人を好きになってくれない。

その壁を壊すのは誰?

あたし?

あたしがその壁を壊せられる?



答えはNO。
やっぱり、壊せられなかったよ。
壊せたと思ったら、逆に厚くなっちゃってたの。
壊せてたら彼女は突然消えたりしないでしょ?

彼女が去って3年。
その間に彼女の壁を壊してくれる人がいたのかな?
いてほしいな・・・。
だって、ひとりは寂しいでしょ?

でも本当は、あたしが壊してあげたかったな・・・。






最終更新:2009年08月01日 21:57