あの日から彼女もゆかちゃんも、元の関係に戻ったような気がした。
今だってほら。ツーショット写真を取り終えた後も、二人は楽しそうに笑ってる。
彼女も最近暗い顔を見せなくなったし、ゆかちゃんの口数だって増えたし。
『次、のっちとあ〜ちゃんね!』
カメラマンさんに言われて、ゆかちゃんと入れ代わった。
『最初は向き合おうか…リラックスしてる顔が撮りたいから、何か二人で喋ってて良いよ』
指示通りのっち達は向き合う。カメラのフレームにちゃんと収まるように、彼女の腰に腕をまわした。
こういうのって役得だよね。
「ねぇ、あ〜ちゃん」
「何?」
写りに支障が出ないぐらいの最小限の口の動きの会話は、
近くにいるカメラマンさんにも、ましてや少し離れたところで休憩しているゆかちゃんにも聞こえない。
「悩みは、解決した?」
「まぁ…一応ね」
彼女はチラリとゆかちゃんの方を見た。
のっちも同じようにゆかちゃんを見る。
するとゆかちゃんものっち達の視線に気が付いたのか、こっちに向かって小さく手を振った。
「…なら良かった」
「のっちのくせに、心配してくれとったん?」
「『くせに』は余計なんれすけろ」
「ふふっ、噛み噛みじゃ」
彼女の笑顔がこんな近くにあるのだって、役得でしょ。
『今度はあ〜ちゃんだけこっちに身体向けようか。
…そうそう。のっちはそのまま抱きついてて良いから』
こういう指示だって、のっちが彼女に触れられる大義名分になる。
いつもと違って今日は髪を上げてるから直接目に入る彼女の首筋。
普通だったらこんな近くで見たら単なる変態だけど。
今なら誰も文句は言えまい。
「ん?」
白い首筋に少し紅い痣みたいなのが見えた。
「あ〜ちゃん…首、どうかした?」
「へ?」
「なんか紅いよ」
「あぁ…蚊にかまれたんよ。メイクさんに言って隠して貰ったんじゃけど。まだ目立ってるかな?」
「いや、目立ってはないけど…」
再びその紅い部分に視線を戻す。
見れば見るほど、それは蚊にかまれてできる痕ではないと確信する。
これってどう見ても…。
そう思うと、心拍数が上がった。
いつ?
どこで?
誰と?
てか、なんで?
のっち、何も知らないよ?
彼女に対する疑問が一気に噴き出す。
撮影が終わってからも、ずっとそんなことばかり考えていた。
「のっち!のっち!!」
「あ…何?」
「どしたんよ、ボーッとして」
「そんなにボーッとしてた?」
「しとったよ!もう…また夜中までゲームしとったんじゃろ」
「まぁ…そうかな」
彼女に声をかけられるまで、自分が何してたのか記憶がない。
きっとそれだけ、あの痣がのっちにとってショッキングなものなんだろう。
ボーッとしてた理由なんて、彼女本人に言えるわけがない。
「のっち、顔洗ってきたら?」
ゆかちゃんがのっちに提案する。
「でもメイク…」
「次、違う雑誌じゃけぇ、どうせメイク一旦とるじゃろ」
「あ、そっか」
「あと楽屋出るついでにお菓子買ってきてよ」
「えー?それどこがついでなんよ…まぁいいけど」
言われるがままにお手洗いでメイクを落として、顔を洗った。
その後帽子を深く被って近くのコンビニへ向かう途中で、
財布を持って来るのを忘れたことに気づいた。
小走りで戻り、楽屋のドアをそっと開けて、そしてまたそっと閉めた。
今。
楽屋で。
ゆかちゃんと。
本当になんで?
のっち、何も知らないよ?
つづく
最終更新:2009年08月01日 22:12