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映画を見る時も、手は繋がれていた。繋がれていたというより、あ〜ちゃんの手にのっちが上から重ねてきただけだけど。それでも伝わる体温に胸が高鳴ったのは内緒にしておく。
なるだけのっちの方は見ない様にした。真剣な顔して何かに熱中するのっちの横顔を見るのは昔から好きじゃない。顎に手を当てて、大きな目を細める仕草、好きだけど見るとなんだか良い気がしないんだよ。変だよね、自分でもそう思う。
だから気を少しでも逸らしてやろうと、その重なった手を振り払ってわざわざ反対側のひじ掛けに置かれたドリンクの容器を取った。少しだけ口に含んで、氷が溶けて水気の増した烏龍茶は美味しくない。
そうして隣をチラッと見ると、不満そうな顔したのっちと目が合った。振り払われた手は未練がましくひじ掛けに置かれたままだ。だからあ〜ちゃんはドリンクを元のスペースに戻すと、黙ってその手に自分の手を重ねた。
のっちは手を顎に当てるのを止めて、深く座り直した。心なしかその口元はにやけてた。分かりやすい、のっちのそーゆー分かりやすい所、大好き。


映画は終盤に差し掛かる。
ヒロインのアメリカ人女性はとても綺麗で、長い長いキスシーンも、とても美しくて溜め息が出た。人がキスしてる所を見ると、自分もしたくなるのはあ〜ちゃんだけかな?
重ねた手、のっちは指を絡めてきた。深く繋ぎ合った手のひらは少しだけ汗ばんでいた。分かりやすいな、本当に。今度はあ〜ちゃんがにやける番みたい。







映画館を出て、食事をして、向かったのは遊園地。大きな観覧車も夜だからライトアップされてて綺麗だった。それを見てはしゃぐあ〜ちゃん達。

「やあばい!あ〜ちゃん、あっちジェットコースターあるよ!」
「乗りたい乗りたい!」
「いよっしゃあ〜」

走って行くと、なんと長蛇の列が。並ぶ?並ばない?とアイコンタクトの末、並ぶ事に。待ち時間は30分と書いてある。まぁそんくらいなら全然余裕でしょ。

「なんか久しぶりだねー、遊園地とか」

繋いだ手をのっちがブンブン振る。子供みたいにはしゃいでる姿を見てるとなぜか落ち着く。まぁあ〜ちゃんも随分とはしゃいでるんだけどね。

「ジェットコースター乗って観覧車乗ったら、帰ろっか」
「えー早くない?」
「だって二つ乗ったら多分10時過ぎちゃうよ?」

のっちは腕時計を見つめながらそう言う。あ〜ちゃんはほっぺを膨らませる。のっちは眉毛をハの字にして「可愛いなーもう」と呟いて頭をぐりぐり。

「のっちの方が可愛いよ」
「どしたどした、デレあ〜ちゃんじゃ」

のっちはおどけて見せる。
冗談じゃないよ、あ〜ちゃんを可愛いって言ってくれるのっちは可愛い。のっちはきっと知ってるから、あ〜ちゃんが何より自分が大好きな事に。

それでも、きっと言うとのっちはおどけるんじゃなくて苦笑いするんだろうな。
だから死んでも言わない。この気持ちだけは、絶対に。







「ヤバかったね、ジェットコースター」

のっちは風に乱される髪を押さえつけながら、笑った。ほうじゃね、って笑って、今度は観覧車に向かう。観覧車にも長い列が。
並んでいる間も楽しかった、ここ最近の辛かった時間が嘘みたいに、あの頃みたいに子供みたいにはしゃいで。やっぱりのっちはこうでなくちゃ。
あ〜ちゃんはこののっちが好きなんじゃない。こんな姿を見せるのが、あ〜ちゃんとゆかちゃんにだけ、っていうのっちが好きなんだ。単なる独占欲の塊だよね。嫌な女だな自分。


そう、きっとただの独占欲。
いつだってのっちの一番である事で、自分自身を好きになれた。のっちがあ〜ちゃんを想ってくれてるってだけで自信に繋がって、嫌な事にも向き合ってこれたんだと思う。
だからいつだってのっちの一番でありたいと願った。それを愛だの恋だの呼ぶのは、ひょっとしたらおかしな事かもしれないね。

「あ〜ちゃん、どしたん?ボーッとして」
「ううん、なんでもないよ」
「そう」

楽しそうな声が周りには溢れてる。
自分の卑怯さには嫌気がさす。のっちはこんなにも純粋で、優しくて、綺麗なのに自分と言ったら。のっちは変わった。もっともっと自由な子だった。鳥みたいに自由で、危なっかしくて、輝いてた。
あ〜ちゃんはそんなのっちが魅力的で、地上に繋ぎ止めようとしたんだ。鎖で繋ぐだけじゃダメだった、だからその羽根を奪った。飛んで行ってしまわない様に。


そうまでして手に入れたい自信ってなんなんよ。本当に嫌気がさす。自分の腹黒さに泣けてくる。


「あ〜ちゃん、のっち達の番だよ」
「うん」

観覧車に乗り込む。二人を乗せた箱はゆっくりと動いていく。夜景が綺麗だ。キラキラ宝石みたいに輝いていて、見惚れてしまってた。
のっちもきっと見惚れてるんだろうな、と思ってのっちの横顔を盗み見るつもりだった。だけどのっちは夜景なんかこれっぽっちも見てなくて。あ〜ちゃんと目が合うと「あ」と小さく呟いて気まずそうに俯いた。

「なに?」
「ううん…、なんでもない」

そう言ってのっちはあ〜ちゃんと同じ様に宝石達を見下ろした。なんでそんな切ない横顔なんだろう。夜景になんか興味が無いみたいに、のっちは目を細めて何かを探してるみたいだ。
一番高い所を過ぎると、後は降りていくだけ。時間が止まれば良いのに、ってあの時は願ったっけ。懐かしい。今はなんともない。過ぎていく時間に何の躊躇いも無くなった。それはきっと未来が見えてしまったからなのかな。

「あ〜ちゃん、」
「うん?」
「これで最後にする」
「何を?」
「あ〜ちゃんを、のっちの物にしたいって思うのは」

なるほどね。
今日誘ったのはこれを言う為だったんだ。別にこんなはっきり言わなくても、あ〜ちゃん達なら自然とそうなっただろうに。のっちは少しせっかちじゃ。
覚悟はしていたつもりなのに、やっぱり面と向かって言われると結構ショックかも。ゆるやかに跳ねる心臓の音だけか響いてる。



「ほんまに最後?」
「うん、最後」
「ちゃんと最後に出来るん?」
「頑張るしかないでしょ」

そう言ってのっちは笑った。

「最後に、あ〜ちゃんにお願いがあるんだけど」
「うん、なに」
「キスしてくれる?」

その横顔を見る事は出来なかった。
段々と近づいてくる地上を眺めて、胸が苦しくなって、呼吸の仕方すら忘れて。だけど頭は冷静だ。ゆかちゃんは今頃何してんのかな、なんて関係無い事をのんびりと考えていて、現実逃避しちゃってる。

「うん、後でね」

したくないよ、そんなキスなんて。
最後にするだなんて、悲しい事を言わないで。


二人だけの世界が終わる。
開かれた扉を出ると、そこはまた楽しげな声で溢れてた。なんかホッとしてる。さっきまでの鼓動の音だけじゃ、頭がおかしくなっちゃいそうだったから。
家に帰るまでの間、一言も喋らない代わりに手だけ繋いでた。それだけで安心できた。だけど静まり返る夜道に二人の足音が響いて心細くなる。空から三日月がぼんやりとあ〜ちゃん達を見下ろしている。
ゆっくり、なるだけゆっくり歩いた。坂道の途中、何度も足を止めようかと思ったけど、止められなくて。先に足を止めたのは、のっちだった。

「…のっち?」
「……はぁ」
「…何その溜め息…」

のっちを見上げる。
目についたのは、その薄い唇。今でもちゃんと覚えてる。ゆかちゃんのより薄くて、温かくて。キスしてると泣きそうになっちゃうんだ。
この唇に触れたら、最後なんだ。やっと現実味が湧いてきた。そっか、最後なんだ。

「…キスしてくれますか?」

また泣きそうな顔して笑うでしょ。強く吹いた風が通り抜けて、世界は急速に廻りだす。

「目、閉じんさいや」

こんな時でも冷静ぶってさ、自分ってば演技派。廻りだす世界に逆らえないあ〜ちゃんって、なんなんだろ。無力だな。こればっかりは、自分の無力さを呪うよ。


これから先、のっちの一番愛する人が現れたその時は、隠さず紹介して欲しいな。きっと一日だけ泣いて、一ヶ月は本気でその人に嫉妬して、半年後には開き直ってその人とも仲良しになれるだろうから。
あれ、あ〜ちゃん意外と前向きじゃん。なんだ良かった。悲しいけど案外そこまで辛くないかも。


「今までありがとうね」


こんなあ〜ちゃんを好きでいてくれて。感謝してもしきれない。君がくれた優しさ全部、死ぬまでにお返し出来ないくらいの真心を全部、こんな形で過去にするなんて残酷すぎるよ。


未来への希望をこめて、あ〜ちゃんは最後のキスをする。






重なった影が音も無く別れた時、のっちはその場に崩れ落ちて、そして声を出して泣いた。

あ〜ちゃんは泣かなかった。
のっちより強いあ〜ちゃんは、泣かなかった。



◇21:終◇





最終更新:2009年08月22日 21:18