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K-side



「かしゆかちゃんー、帰んなくて良いの?大本さん心配してない?」
「してないよ」
「絶対してるよ、」

しばらく家には帰っていない。あ〜ちゃんにはちゃんと連絡してるし、学校にもちゃんと行ってる。ただ、それだけ。二人の顔を見ていない、ただそれだけ。
それだけなのに自分が自分じゃないみたいな錯覚。まるで世界から自分だけが切り離されてしまったような、そんな気分。
それが今のゆかの救いだ。なるだけ二人を避けた。あ〜ちゃんからのメールすら、今は鬱陶しく思えてならない。いっそ二人の存在がゆかの中から消えてなくなれば良いのになんて、少しだけ考えて、少しだけ泣いた。

「え、なんで泣いてるのっ、ごめん嫌なこと言った?」
「……」

我が儘でうざくて、今のゆかは最低だ。あれからずっと世話して貰ってるのは、前にのっちと一緒にライブに行ったあの子。凄く優しい、可愛いし優しいし、絶対彼女にしたいタイプ。
今はそんな優しさに甘えたいって理由だけなの。誰かに優しくして欲しいだけなの。そのうち面倒見んのも嫌になって追い出されるのがオチなんだろうけど。やっぱりこの子は変わってたし、興味があったのも確か。

「ごめんね〜、泣き止んでよ〜」
「…ねぇ、好きな人…いる?」
「え?あたし彼氏いるよ?」
「前に忘れられない女の子がいるって言ってたじゃん…」
「あー、うん」
「その人…のっちに似てるんでしょ?」

ぼやけた視界、ゆっくりゆっくりピントが合った。ぽかんと口を開けて彼女は驚いた表情。だけど徐々にその頬はほんのりピンク色に染まって、赤色のハートの形をしたクッションに顔を埋めた。あれ、なんか想像してたのと反応が違う。

「…違うの?」
「似てるのは、…かしゆかちゃんだよ」
「…ゆかが?」
「うん」







のっち以外の女の子とヤったのは、これが初めてだった。馬鹿げてる。馬鹿げてるよ、ゆか。
彼女はゆかの知らない女の子の名前を呼んでいた。凄く幸せそうだったから、ゆかも彼女の名前を何度も繰り返して呼んだ。虚しかった。


この世界から取り残された気分だ。
この時、完全にゆかはこの世界から排除されていた。
独りぼっちだった。



A-side



「お、おぉ…おー」

さっきからリビングのテレビの前でカップ麺をすすりながらのっちはこんな感じ。サッカー観戦して日本を応援してるけど、どうも後ろ姿は今にも消えてしまいそうなくらい頼りない。
あの日、のっちが大泣きしたあの日からすでに五日が過ぎていた。ゆかちゃんは一向に帰ってくる気配無し。ゆかちゃんの友達から元気にしてるって情報を得るだけで、実際どこで何してんのかなんてちっとも分かんない。心配だ。

「…あ〜ちゃんどこ行くの?」
「友達ん家、たこ焼きパーティーするの」
「そっか、気を付けてね」
「うん」

のっちに嘘を吐くのは初めてじゃあない。だけどこの時だけは罪悪感に押しつぶされそうになった。また見つめた背中はやっぱり頼りない。消えてしまいそう。
その瞬間、一際大きなのっちの「おー」という声とテレビから聞こえる声援にハッとした。消えちゃいそうなのはあ〜ちゃんの方だ。

何も言わずに家を出た。
遠くでゴロゴロと雷の音がする。あ〜ちゃんは走った。雨雲から必死に逃げた。けど逃げた先に安らぎなんて無い事は分かってた。
辿り着いたのはボロいアパート。見覚えのある名前の表札、そのチャイムを鳴らししばらくすると、低い声と共にゆっくり扉が開いた。

「え…な、あ、綾香ちゃん…?」

同じサークルの先輩、名前と顔とコンビニでバイトしてるって事くらいしか知らない、影の薄い先輩。実は三週間前に告白された。あ〜ちゃんは振った。
先輩は目を丸くしている。そりゃそうだ、ずぶ濡れの後輩が急に訪ねてくるんだもんね。行き先は他にあった。ここを選んだ理由は、特には無い。ただあ〜ちゃんに優しくしてくれる男の人なら誰だって良かった。

「ど、どうしたの、とにかく入りなよ、風邪引くよ」

部屋は狭くて男の匂いがプンプンした。窓に打ち付ける雨の音はうるさくて落ち着かない。

「何があったのか知んないけど、…はい、ココア、体温まるし、少しは落ち着くと思うから」
「…ありがとうございます」

やっぱり優しい。じっと見つめると先輩は頬を赤く染めて目を逸らした。分かってる、分かってるから利用してる、この人は今もあ〜ちゃんに気がある。
ピカッ!と眩しく外が光った。次の瞬間、凄まじい雷音に窓がビリビリ震えた。そして部屋の灯りが消えた。ふとあの時を思い出す。

「あ、停電だ」

何してんの、馬鹿げてるって。
ベッドに腰掛ける先輩に抱きついた。ベッドに押し倒し、跨る。もう一度抱きつくと、先輩の心臓の鼓動は一気に加速して、息が荒くなって、ゴツゴツした手がパンツの中をまさぐった。

「俺っ、今も、綾香、ちゃんの事がっ…!」

ホント、馬鹿げてる。

「あ、鍵開いてる!入るよー」



聞き覚えのある声だった。一気に現実世界に連れ戻された感じ。先輩はあ〜ちゃんを押し入れに放り込んだ。埃臭くてカビ臭くて、窮屈で。
暗くて良く見えないけれど、あの子はあ〜ちゃんの友達だ。同じ学科で、いつも隣で講義を受けてる子。あ〜ちゃんが誘ったら一緒のサークル入ってくれたんだっけ。

「もーすっごい雨!服びしょびしょだよー」

なんて言って何のためらいもなく服を脱ぎ始めた。あ〜ちゃんには気付いていない様子。停電のせいで玄関のあ〜ちゃんの靴にも気が付かなかったんだろう。
先輩の顔には脂汗が。なんだ、先輩彼女いたんじゃん。しかも彼女の方は何?あ〜ちゃんと仲良しなのに付き合ってるって教えてもくんなかった訳?ちょっと酷くない?

「え、ど、どうしたの急に」
「今バイトの帰りで、急に雨降ってきたから…近くだったし寄ったんだけど…ダメだった?」
「だ、ダメじゃないよ、ビックリしただけ」

二人のやり取りを黙って見つめてると、笑いそうになった。笑顔でここから飛び出して、「やっぴー!」って叫んでやりたい。二人の間抜け面が目に浮かぶ。

「停電まだ直んないのかなぁ……なんか甘い匂いする…ホットココア?飲んで良い?」
「あぁ、うん」
「あーあったかい、あったまる」
「そう」

あ〜ちゃんは小さくと震えた。ココアの甘い匂いが、まだ少し鼻に残ってて切ない。ここは埃とカビの匂いしかしないのに。惨めなあ〜ちゃん、可哀想。

「こうやって温めてよ〜」

なんて笑いながら彼女は先輩に抱きついた。ちょっとちょっと、イチャイチャしないでよ。見たくないっつーの。ただ面白いのが、先輩が硬直してるって事だ。

「え、勃ってる」

女はなぜか嬉しそうに笑って、男は何も言わずに無表情で女を押し倒した。
分かってるんだ、先輩はあ〜ちゃんが見てるって知っててやってんだ。たまに外が光って目に飛び込んでくる光景はあまりにもグロかった。セックスって、こんなにもグロいんだ。知らなかった。


先輩、さっきあ〜ちゃんの事、好きって言ったじゃん。
ねぇ、あ〜ちゃん達、友達じゃないの?なんで先輩と付き合ってるって教えてくんなかったの?


見た事のない先輩の姿、それはまさしく男そのもので。見た事のない友達の姿も、まさしく女そのもので。その姿をのっちに置き換えて想像してみると、吐き気がした。
馬鹿みたい。すっごく気持ち悪い。停電はまだ回復しない。虚しさは容赦なく襲い掛かる。



この世界から取り残された気分だ。
この時、完全にあ〜ちゃんはこの世界から排除されていた。
独りぼっちだった。



◇22:終◇






最終更新:2009年08月22日 21:22