気づけば、ゆかちゃんに押し倒されていた。
『…あ〜ちゃんの全てを、奪ってやりたくなるの』
「っ…ふぁ…」
ゆかちゃんの舌が、あたしの口中に入ってくる。
『ねぇ…奪ってもいい?』
呼吸する隙も与えないキスは、本当に全てを奪ってしまうぐらい荒々しい。
やっと唇から離れたかと思うと耳に沿って舌が這い、そのまま首筋に向かっていく。
「ゃ…ゆ、かちゃん…」
力強く吸い付かれる。
その瞬間『仕事』の二文字が頭に浮かんで、ゆかちゃんの身体を突き放していた。
尻餅をつくような態勢から、ゆかちゃんは動かない。
俯いているから前髪が邪魔で表情が読めなかった。
「あ…れ、ゆか何してんだろ…」
しばらくして発した声は久しぶりに聞く感情の篭った声だった。
「あ〜ちゃん…ごめん。ゆか、何かおかしいわ。ほんと、ごめん…」
そう言って身体をゆっくりと起こし、部屋を出て行こうとするゆかちゃん。
「待って。」
このまま帰ってしまったら何の解決にもならない。
あたしはゆかちゃんの手を掴んで引き留める。
「待ってゆかちゃん。」
「…」
「あ〜ちゃんね、最近わかった。正直…今まで自分が三人を仕切ってるって思ってた。」
「…そうじゃん。今でもあ〜ちゃんが仕切ってくれてる。」
「違うんよ。ゆかちゃんものっちも、ただあ〜ちゃんのわがままに付き合ってくれてるだけなんよ。」
「…」
「ゆかちゃんの気持ちとか、考えとか…蔑ろにしてきたって思う…」
ゆかちゃんは振り向かずに黙っていた。
ただ呼吸を整えているようにも見えた。
「だから…」
「あ〜ちゃんはいつもそうだよね。」
「え?」
「自分だけは優等生だもん…」
「…ゆかちゃん?」
「ゆかは、そういうとこが嫌いなの!」
振り向いたかと思うと、ゆかちゃんの頬に涙が伝っていた。
唇を噛み締めて、あたしを睨むように見つめてる。
「さっきも言ってたね…。『嫌い』って…」
普通の人なら、面と向かって『嫌い』なんて言われたらショックだと思う。
でもあたしはその半面、少し嬉しく感じていた。
ゆかちゃんがちゃんとあたしと向き合ってくれてる。
そんな気がしたから。
「…だから、あ〜ちゃんの全部を奪いたくなるんだよね?」
手は握りしめたまま、ゆかちゃんがしてくれたみたいに涙を舐めとる。
「あ〜ちゃ…ん」
「だったら、奪ってよ。」
その唇に優しく触れると、ゆかちゃんの手に力が入った。
「全部、奪って。」
そう言い終えるか終えないうちに、あたしはゆかちゃんの腕の中にいた。
その夜、ゆかちゃんは泣きながらあたしを抱いた。
事が済んでも泣いていた。
「もう、ゆかわかんない…」
何も纏わずに体育座りをしながら肩を震わせるゆかちゃんは何だか幼く見える。
「あ〜ちゃんのこと、嫌いだけど…好きだし、好きだけど…嫌い。…わけわかんない」
あたしはその身体を後ろから抱きしめた。
クーラーの効いた部屋で、お互い丁度良い温もりが伝わる。
「ねぇ、ゆかちゃん。大丈夫よ。」
小さい子をあやすように、耳元で囁く。
「あ〜ちゃんが全部受け止めてあげるけぇ…大丈夫よ。」
今まで受け止めてくれていた分、今度はあたしが。
「でも…」
「ええんよ。いつでも、受け止めてあげる。」
あたしがそう言うと、ゆかちゃんの肩の震えが止まった気がした。
ゆかちゃん。
辛くなったら、あ〜ちゃんから何もかも奪っていいよ。
それでゆかちゃんの心がコントロールできるなら。
口には出さずに、この気持ちが伝わるようにもっと強く抱きしめた。
あたしはその時、のっちのことが等閑になっていたなんて、少しも頭になかった。
つづく
最終更新:2009年08月22日 21:29