あたしはふたりがシャワーを浴びている間に、ベッドに入って寝た。
ふたりとはなんとなく顔を合わせたくなかったから、寝た。
翌朝、起きるとゆかちゃんからのメモがテーブルの上に置かれてた。
『あ〜ちゃんへ
昨日は飲みすぎて迷惑かけちゃって、せっかくのクリスマスなのにゴメンね。
今日はバイトだから帰るね。じゃ、またメールする。
ゆか』
ふと、ベッドの斜め下に敷いてあるのっちの布団を見た。
もぬけの殻だ。
もしかして、ゆかちゃんと一緒に出て行っちゃったとか・・・?
あたしは朝から一気に不安になってしまった。
ガチャと、玄関から扉が開く音がした。
もしかして!って、思ったらやっぱりのっちだった。
「お!あ〜ちゃん、起きた?おはよう。今ね、ゆかちゃん見送ってきたトコ」
「ゆかちゃん、今帰ったん?」
「うん。ほんの今さっきだよ。ゆかちゃんがあ〜ちゃんを起すのはかわいそうって言ってたから、そっと出ていったんだよね」
「なんでのっちは起きとるの?いつも寝坊するくせに・・・」
「あぁ・・・たまたまだよ。てか、隣で寝てたゆかちゃんに蹴られて起されたんだ」
「のっちは、あ〜ちゃんとゆかちゃんどっちと一緒にいる方が楽しい?」
「は?」
やばい・・・あたし、朝っぱらからなんて質問してるんだ。
ほら、のっちの顔が歪んでる。
「あ〜ちゃんとしゃべってるより、ゆかちゃんとしゃべってる方が楽しそうだよ・・・」
「はぁ?」
やばい・・・口が勝手に動いちゃう。
ほら、のっちの顔がどんどん険しくなってる。
「あ〜ちゃん、お正月は実家に帰るけぇ。その間、のっちはゆかちゃんちにでも居候させてもらえばええんよ・・・」
「・・・」
やばい・・・あたしなんでこんな可愛くない事ばっか言っちゃってるんだ?
ほら、のっちが黙っちゃったじゃん。
「なに?さっきから・・・。出て行って欲しいなら出てけって、遠まわしじゃなくて、ちゃんと言ってよ」
のっちのくせに、怖い顔してる。
あたしはその顔に怖気づいてしまった。
「こ、これから荷造りするけぇ。邪魔せんでよ・・・」
「あ〜ちゃん、話はぐらかさないでよ。ちゃんとこっち向いてよ」
あたしの腕を強引に掴むのっち。
痛いよ。
そんなに強く掴まないでよ。
痛いよ・・・腕も心も。
「・・・痛い。放して」
「あっ、ごめん。マジで、ごめん・・・ごめんね」
パッと手を放すのっち。
強引なんだか情けないんだか、わからないよ。
「あたしがいると邪魔?出て行ってほしいの?」
そんな情けない顔で訊かないでよ。
そんなわけないじゃん。
ずっといて欲しいよ。
でもそんな素直に言えるなら、こんな悩んでないよ。
「のっちの好きにしたらええんよ・・・」
自分の想いとは裏腹な事をのっちの顔を見れないで答える。
「・・・わかった。好きにするよ」
のっちはそう言って自分の荷物を片付け始めた。
あっ・・・出てっちゃうんだ。
えっ!?本当に出ていくの?
「なに、ボサっと突っ立ってんの?あ〜ちゃん、荷造りするんでしょ?」
「あっ、・・・うん」
「じゃあね」
すんごい素っ気無い態度でのっちはダンボールとバックを持って出て行ってしまった。
それはあっという間だった。
バタンと、ドアが閉まった。
嘘・・・本当に出て行っちゃった。
今までふたりでいたから、急にひとりになったワンルームはひどく広く感じる。
あたしは我に返って、玄関を飛び出してのっちを探す。
けれど、彼女の姿はもう見えなかった。
『終わった』
頭の奥の奥から誰かにそう囁かれた気がした。
『終わった』って・・・よく考えたら『始まって』ないのに、どうやったら終わりなのよ。
もうこれで、のっちはあたしと一緒にいてくれなくなるだろう。
あたしの前で笑ってくれなくなるだろう。
あたしの名前を呼んでくれなくなるだろう。
意外にも呆気ない別れだったから、涙を流すタイミングを逃した。
丁度いいや・・・実家にいる間、忘れちゃおう。
もう、のっちの事全部忘れちゃおう。
うん、それがいい、そうしよう。
そう自分に言い聞かせて、あたしは新幹線に乗った。
———
1週間、実家にいたけど結局のっちの事は忘れられなかった。
忘れよう、忘れようと必死になってると、逆に忘れられなくなっていた。
「はぁぁ」
自然とため息が出る。
誰もいない部屋に帰るのは寂しいから。
バックから部屋の鍵を探す。
あった、あった。
えっ・・・。
玄関の前に誰かいるよ。
外が暗くて、誰だかわからない。
やだ・・・泥棒?
その人物はインターフォンを数回押して、ノブをガチャガチャ回してる。
明らかに部屋に入ろうとしている行為だ。
うわっ・・・すごく怖くなってきちゃった。
どうしよ・・・110番する?あれ?119番だっけ?どっちかわかんなくなっちゃったよ。
カシャン。
恐怖と寒さで手が震えて、鍵を落としてしまった。
その音に、気付いた不振な人物はこっちを見た。
「あ〜ちゃん!!」
その不振人物はあたしの名を呼んだ。
そしてその声は1週間前にこの部屋から出て行った人物だった。
なんでここにいるのよ?
出て行ったんでしょ?
あたしに愛想つかして出て行ったんじゃなかったの?
「やっと、帰ってきた〜。おかえり〜。とりあえず、すんげー寒いから部屋入れて?」
のっちはあたしに近付いてきて、肩を震わせながら何事もなかったような口調で話しかけてきた。
「あ・・・うん」
あたしもその流れに乗って何事もなかったように受け答えした。
部屋に入るとのっちは、ハロゲンヒーターに電源を入れてその前に噛り付いた。
あたしはそんなのっちを眺めながら、着ていたコートをハンガーに掛ける。
『なんで戻ってきたの?』
って、訊こうとしたけど、のっちの困った顔が浮かんだから止めた。
「・・・のっち、コート脱ぎなよ」
恐る恐るのっちに話しかける。
「あっ!そだね」
そう言ってのっちはその場にコートを脱ぎ捨てた。
『ちゃんと、ハンガーに掛けんさい!』
って、注意しようとしたけど、のっちのめんどくさそうな顔が浮かんだから止めた。
あたしはのっちに脱ぎ捨てられたコートをハンガーに掛け、あたしのコートの隣に片付けた。
「どうだった?」
のっちはあたしに背を向けたまま話しかけてきた。
「・・・なにが?」
あまりにもアバウトすぎる質問だったから、思わず聞き返してしまった。
「実家。久々だったんでしょ?家族と会うの」
「あー、うん。夏休みに帰った以来だったから・・・」
「そういや、なんかおなか空かない?」
えー・・・話飛びすぎでしょ。
「そう?別に空いてないけど」
「マジで!?なんか食べるもんない?」
「なんか作ろうか?」
「んー、いいや。あ〜ちゃんも帰ってきたばっかで疲れてるでしょ?」
「じゃあ、どうするん?」
「外で食べない?一緒にさっ・・・」
「えっ、あっ・・・う、うん」
「よっしゃ、行こう行こう!!」
のっちはあたしのコートと自分のコートを持ち出して部屋を飛び出した。
あたしも急いでのっちを追いかける。
時間は夜の10時過ぎ。
アパートから徒歩15分くらいのファミレスに到着。
お店の中は比較的空いていた。
あたしたちは禁煙席の一番奥の席に座った。
1週間前には、まったく想像してなかった光景だ。
あたしの向かいにはのっちが座ってる。
おいしそうにカツカレーを食べている。
ああ・・こんな時間に食べたら絶対胃がもたれそう。
またのっちと一緒に食事が出来るなんて思わなかった。
1週間前のあのやり取りはなんだったんだろう。
のっちはすっかり忘れちゃったの?
あたしは1週間絶望の中で暮らしてたんだよ?
折角実家に帰って大好きな家族と一緒にいても、全然楽しくなかったんだよ?
「あ〜ちゃん、食べないの?」
「うん。そんなおなか空いてないし・・・それに財布忘れたんよ」
「マジで!?あはは、大丈夫だよ。ここはあたしが出すから、好きなもん食べなよ」
のっちはテーブルの端に置かれてるメニューをあたしの前に差し出した。
そのメニューを見てるうちに、おなかの虫が鳴いた。
それを聞いたのっちは大爆笑。
「むぅぅ・・・。のっち笑いすぎじゃ」
「あ〜、ごめんごめん。あまりにもタイミングが良すぎたからさww」
またのっちの笑い声が聞けるなんて、1週間前は思わなかった。
「あ〜ちゃん」
「ん?なに?」
「ううん。ただ、なんとなく呼んでみたかっただけww」
「なにそれ?わけわからん」
またのっちにあたしの名を呼んでもらえるなんて、1週間前は思わなかった。
「あ!そうだ」
のっちは何かを思い出し、鞄から茶色い封筒をテーブルに置いた。
「これ、あげる。ちょっと遅いけどお年玉w」
「は?なんで、のっちからお年玉もらわなきゃならんの?」
「冗談だよw。ほんとは、先月分と今月と来月の分の家賃。遅くなってごめんね」
「えっ?」
来月ってことは、またのっちと一緒に暮らせるの?
そんな事、1週間前は思わなかったよ。
本当に、のっちはあたしの予想を遥かに超える人だ。
「いいの?貰って」
「いいよ!!てか、そういう条件だったじゃん」
「いいの?本当に・・・」
あたしと一緒にいて
「うん!!」
その屈託の無い笑顔をもう一度信じていいの?
この1週間のっちがどこで何をしてたかなんて。
もういいや。
詮索なんて止めた。
だって、のっちはあたしの所に戻ってきてくれたんだから。
もうそれでいいじゃない。
もうどこにも行かないで。
結局のっちは、来月分の家賃を半分使わずに出て行ってしまった。
『もうどこにも行かないで』
あたしの願いは神様には届かなかった。
ねぇ、神様・・・あたしはあなたに何か失礼な事をしてしまったの?
そうじゃなかったら、神様って結構意地悪だよ。
それとも単なる気まぐれ?
もしそうだったらその気まぐれで、この頃に時間を戻してよ。
最終更新:2009年08月22日 22:07