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インターフォンを何度か押したが、応答は無かった。
留守かな。来る前に連絡は入れていない。…逃げられそうだったから。
どうしよっか。
あたしは差し入れに買って来たアイスだけでも冷凍庫に置いて帰ろう、と合い鍵を取り出した。
「のっち、入るよ~」
一応了解をとろうと、小声で呼びかけた。いないんだけどね。
玄関に転がってるのっちのスニーカーとかブーツをいそいそと整え、あたしのパンプスを並べた。
のっちの部屋は相変わらず雑然としてる。CDにゲーム、少年マンガ、お菓子にジーンズ、パーカー。そしてギターにキーボード。好きなことしかしてないって感じの部屋。
愛しくて、微笑んでしまう。
窓が開けっ放しだから、多分ちょっとそこまで出かけただけだろう。
あたしはのっちを待つことにした。


アイスをしまって、手持ち無沙汰に、雪崩を起こしそうなのっちの机の上の雑誌やマンガを片付ける。
机や本棚に並べられた写真立て。壁にも無造作にピンでとめられた写真。3人で写ったのもあるけど、あたしとゆかちゃんのが多い。
写真立てに大切に飾られてるあたしの写真は、修学旅行の時ので写りが良くて気に入ってるんだけど、のっちは自分が写ってない写真をわざわざ注文したのかな。
「ほんま、恥ずかしい子じゃね…」
あたしはくすりと笑った。
窓から爽やかな風。揺れるカーテン。あたたかい陽光。
…気持ちいい。
あたしはごろんとのっちのベッドに仰向けになった。ベッドサイドに置かれたCDプレイヤーのボタンを押す。
ジャジィでけだるい音楽とセクシーでクセのあるボーカル。のっちの好きな曲。
あたしは目を閉じた。少し大きめの音量で流れる、のっちの好きな歌。ベッドからは、のっちの匂い。まるでのっちに包まれてるみたい。


あたしは気持ち良くなって、CDに合わせて歌う。あたしは楽しくなるとすぐ歌いたくなっちゃう。
2番の歌詞とかよく分かんないとこは空耳で適当に。サビは思い切り声を伸ばして。
…突然、歌う口をふさがれた。
びくっとして目を開けると、のっちがいた。
のっちはあたしの口を手でふさいだまま、ゆっくりとベッドに上がって、覆い被さるようにあたしを見下ろした。
「…歌わんといて」
のっちの切なく歪んだ顔。
「うちの歌以外、歌ったら嫌だ」
そうつぶやくと、あたしの唇をふさいだ。のっちの唇で。
不器用で乱暴な、ぶつかってくるようなキス。のっちがベッドについた手で、あたしの髪が引っ張られて少し痛い。


抑えつけられた肩。のしかかってくるようなのっちの匂いに、あたしは自由を奪われる。
そしてあたしを襲うのは。
のっちへの、抑えがたい愛おしさだ。
のっちははあ、と深い息をついて、あたしの胸元に頭をのっけた。
「…ごめん。あたしわがままじゃ…」
くぐもった弱い声。あたしの心をくすぐる。
「のっち、曲相変わらず難航しとるん?」
指でのっちの髪をすきながらそっと尋ねた。
「…かたちには、なってきとるけど…」
「けど、何ね?」
「…自信が無い」
のっちは額をあたしの鎖骨のあたりに押しつけた。あたしからのっちの顔は見えない。
「自信が無い…。あ~ちゃんにふさわしいか。最高の歌か」
「……」
「なんか、うちがしたいようにしとるだけで、制御出来とらん…」
「ゴリゴリに暴れとる感じ?」
「…うん、めちゃくちゃ…」
「ふうん、いいじゃん」
えっ、てのっちは顔を上げた。
「のっちのしたいようにすりゃあいいんよ。のっちの曲なら…」
あたしは真っ直ぐにのっちの目を見た。
「うちは、飼い慣らせるけえ」
そう言ってあたしはにひゃっ、て笑ってみせた。


のっちはガクッと力を抜いた。あたしの体にのっちの体重がかかる。
「…やっぱあ~ちゃんにはかなわないなあ…」
ぐりぐりと押しつけられる額。のっちの鼻先があたしの胸元をくすぐって。なんか、不器用な獣みたい。
「あたしもあ~ちゃんに飼い慣らされたようなもんじゃしね…」
とのっちは笑った。
あ~ちゃん、とのっちはあたしの名前を呼びながら、背中に手を回してくる。よし、いい子いい子。ほんと、動物にじゃれつかれてるみたい。


…飼い慣らした、か。
出会った頃ののっちは、警戒心が強くてなんか閉じられた印象だった。内側に言葉にならないものを秘めたような。言葉を持たない、しなやかな野生。
あたしはそれを捕まえたいと思った。そして捕まえた、と思った。
でも捕まえられたのはあたしかもしれない。だって、あたしは今のっちの腕の中にいる。
のっちはあたしがのっちを開放し、光を与えてくれたように言う。
でも私は。救ってなんかいない。導いてもいない。
あたしはただ、愛しただけだ。
エネルギーを持て余した、そのくせ自分の才能の自覚の無いのっちを。のっちの中で、覚醒を待ってる音楽を。


あたしはのっちの髪をくしゃくしゃにする。のっちの回した腕に力が入り、あたしの体がしなる。
「めちゃくちゃでいいんよ、のっち」
あたしは甘やかすように言う。
「あ~ちゃんの為とか考えんでいいんよ。のっちの好きなようにしんさい」
「…あ~ちゃん」
「ずたずたのぼろぼろでも、うちは平気。うちは戦えるよ」
「…それはダメ」
「…のっち?」
のっちは身を起こしてあたしを強い目でて見つめた。
「あ~ちゃんは、うちに守られとったらいいけえ」
「…のっち、過保護すぎ」
「それゆかちゃんにも言われた」
あたし達は額を寄せて笑う。


のっちの唇がゆっくりと近づいて。甘く、軽いキス。
あたしの髪を弄びながら何度もキスをするのっちに、少し意地悪な気持ちで、
「のっち、早よ曲作りにかかりんさいや。ゆかちゃん待たせたら許さんよ」
「…あ~、それゆかちゃんにも言われた…」
「何て?」
「姫をこれ以上待たせるな、って」
「のっちはうちらの下僕じゃけえ」
ひどいなあ、なんてぼやきながら。のっちは一向にあたしから離れる気配がない。
あたしはのっちの頭をげしげし叩きながら、
「の~っち、曲作らんとー」
「…作りよるよ」
「へ?」
「あ~ちゃんと、こうしとると曲が生まれてくる」
「…ほんま?」
「ほんとほんと」
のっちが強くあたしを抱きしめる。首筋にあたるのっちの唇。途端に意識するお互いの鼓動。
…ほんとだ。
あたし達の音楽が聴こえる。
あたし達の吐息、ささやき、指先、ため息。全てがリズムをうち、旋律を奏で、音楽が満ちあふれる。
鼓動は響き合って。そしてキスで伝えあう。
あたし達の歌を。




後編終わり







最終更新:2008年10月11日 01:57