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朝目が覚めて、今日はどのお花を持っていこうか考える。
これが私の日課。
どれくらい経っただろうか…。
彼女が眠り続けてから、そろそろ一ヶ月くらい?
いつになったら目覚めてくれるんだろう。
不安ばかりの毎日で、少しでも気分を紛らわせようと始めた事。
彼女の病室はいつも殺風景だから。


彼女が倒れたのは突然だった。
私が大学で講義を受けていたら、突然携帯が震えた。
先生から見えないように確認したディスプレイには、メールを知らせる絵と『ゆかちゃん』の文字。
なんだろう?って思いながら開いたメールには、のっちが倒れた事を知らせる内容。
実感が湧かなかった。
文字だからだったのか、信じたくなかったからなのか、そのどちらともだったのか。
今もよく分からないけど、私は酷く冷静だった。
メールを読み終えても、私は講義を受け続けてた。
単位を落とす事はできいないからって自分に言い聞かせながら。


病院に到着したのは、ゆかちゃんからメールが届いて5時間後。
のっちがいる病室の前にはゆかちゃんがいた。
その姿はとても小さく見えて、近づくと震えているのが分かった。
ゆっくりと近づく私。
ゆっくりと顔を上げるゆかちゃん。
私達の視線が重なった瞬間、ゆかちゃんの瞳から涙がスッと流れたのを見て、私はようやく理解した。
事の重大さと、のっちがいなくなるかもしれないという恐怖と不安を。


のっちがいない世界が想像できなかった。
いて当たり前の存在がいないって、そんなの私の中でありえない事だったから。
病室に眠るのっちはいつもののっち。
見慣れた寝顔。
今にも瞼を開けて大きく欠伸をしながら『あ〜ちゃんおはよ』って言ってくれそうな寝顔。
見慣れないのは、のっちの隣で鼓動と脈拍を教える機械と、細い腕から繋がった点滴だけ。
なんでそんなのが必要なんだろう?


「早く起きんさいや」


小さく呟いてみたけど、のっちからは何の反応も返ってこなかった。
ゆかちゃんも何か呟いていたけど、やっぱり何も反応しなかった。
『のっちの癖に、生意気じゃ』
冗談でも言えば、眉を少し下げてくれただろうか。



「あ〜ちゃん?そろそろ交代するよ」


いつの間にか眠ってた。
優しい声に振り返ると、声と同じく優しい笑顔のゆかちゃんが立っていた。


「ん…、ごめん。あ〜ちゃん寝ちゃってた」
「疲れてるんじゃない?ただでさえゆかよりも大学忙しいのに…」
「ううん。大丈夫」
「そう?無理しないでね。あ〜ちゃんも倒れたら…」
「だいじょ〜ぶ。ゆかちゃんを1人になんて絶対にせんけぇ」
「…うん」


のっちが眠り続けている原因はよく分からない。
何故倒れたのか、何故眠り続けているのか、どこを調べてものっちは健康そのもの。
精神科の先生は、夢に囚われているんじゃないかって言ってた。
その証拠に、のっちは毎朝必ず涙を流していたから。
どうして泣いてるの?
のっちを悲しませているのは何?
いったどんな夢を見ているんだろう。
のっちの悲しみを私達では救うことが出来ないんだろうか。


のっちが倒れてから暫くして、ゆかちゃんと三つの決め事を作った。
一つ目は、のっちを一人にしない事。
これは、私達がいない間に何かあったら嫌だからって決めた。
二つ目は、のっちが泣いてたら優しく頭を撫でてあげること。
なんでか知らないけど、私達が頭を撫でてあげると泣き止んでくれるから。
三つ目は、のっちの名前を呼び続けること。
ゆかちゃんと一緒に、できるだけのっちを呼ぶことにした。
私達の声だけは届くんじゃないかって希望も込めて。



「のっちー。ゆかちゃんが来たよ」
「おはよー、のっち。今日も爆睡中じゃね〜。あっ、今日の花はひまわりなんだ!」
「うん。のっちに似合うじゃろ?」
「似合うけど…のっちならあ〜ちゃんの方が似合うって言いそう」
「えぇ!?言うかな〜?」
「だってさ、あ〜ちゃんはのっちの太陽じゃ!とか言いよる子だよ?」
「ふふ…」
「おりょ?あ〜ちゃん照れちゃった?」
「もう!ゆかちゃんのイジワル…」
「あ〜ちゃんカワイイ!!」


ゆかちゃんとは、できるだけのっちが倒れる前と同じように接している。
そうしないと、不安が大きくなって泣いてしまいそうになるから。
だけど、前と違うのは毎日必ず何かのタイミングでゆかちゃんが抱きしめてくれる事。
例えば今とか…。
ゆかちゃんに抱きしめられると安心する。
のっちが起きなくて不安なのは私だけじゃないんだって、抱きしめてくれてる腕の震えで感じるから。
これはお互いを慰めるための行為。
私達に必要な事。


「のっち、ゆかちゃんを泣かせるなんて許さんよ」
「のっち、あ〜ちゃんを泣かせるなんて許さんよ」


キレイな寝顔が憎らしい。
どうして目が覚めないの?
どうして私達を置いていくの?
どうして毎朝泣いてるの?
どうして私達の声が届かないの?
どうして…どうして…。



「あ〜ちゃん、少し休んだら?」


いつだって、ゆかちゃんは優しい。
私にも、のっちにも。
私はゆかちゃんやのっちに優しくできてるのかな。


「ううん。大丈夫だよ」
「あ〜ちゃんがそう言うならいいんだけど、無理はしないでね」


笑ったゆかちゃんのその顔が、なんだか切なかった。
のっちがいないって、私達にとって大きな事だったんだね。
あ〜ちゃん、今更気がついたんよ。
どんな時も一緒にいたから考えた事がなかった。


「のっち、今日も泣いてた…」
「うん」
「のっちが泣かないように、あ〜ちゃん達ができることってあるんじゃろか?」


のっちの手を握りしめて、そっと頬に寄せた。


「ゆか達はさ、のっちの側にいる事が大事なんじゃないかな」
「側にいること、だけでいいの?」
「側にいて、のっちが必要だよって呼びかけるんよ」
「必要…」
「うん、だってのっちがいないだけでさ、ほら…、あ〜ちゃんが泣いちゃうもん」


ゆかちゃんの右手がそっと私の頬に伸びてきて、優しく撫でてくれる。


「…ゆかちゃんだって」


のっちの手を握っていた手をそっとゆかちゃんの頬に伸ばす。
ゆかちゃんがしてくれたように優しく柔らかい頬を撫でた。


「ゆかちゃんの涙、あったかいね」
「…あ〜ちゃんの涙もあったかいよ」
「だって、のっちを想って流れるんじゃもん。愛情が込められとるんよ」
「あはっ、ゆかだって負けとらんよ」



泣きながら笑うゆかちゃんはやっぱりキレイ。
だけど、やっぱり笑顔が見たい。
あの最高にかわいい笑顔。
のっちは見たくないん?
ゆかちゃんが笑う顔。
あ〜ちゃんが笑う顔。
のっちがいないと、笑い方忘れちゃいそうだよ。
ゆかちゃんの手が、のっちの手を握り締めているあ〜ちゃんの手の上に重なった。


「のっち、感じる?ゆか達の温もり」
「ゆかちゃん?」
「ほら、この手の平から伝わるでしょ?ゆか達の気持ち」
「ゆかちゃん…」
「あ〜ちゃんものっちに話しかけて」
「…」
「なんでもいいから」
「…のっち?あ〜ちゃん達の気持ちにいつになったら気付いてくれるん」


言いたい事は一杯あるのに、うまく言葉にはなってくれない。
伝えたい事は山ほどあるのに、どうやって表せばいいのか分からない。
ゆかちゃんのように、言葉の引き出しが沢山無いから何を言えばいいんだろう。
そんな私がすごく不甲斐ないよ。


「大丈夫だよ」


優しい声が聞こえて、背中をそっと包み込まれた。
ゆかちゃんが抱きしめてくれている。
そっと視線を横に向けると、強い眼差しでのっちを見つめてゆかちゃんの横顔。


「のっち…、そろそろ起きよ?いつまでも夢の世界にはおれんのよ」


ゆかちゃんがのっちに話しかける。
のっちに言ってる言葉のはずなのに、なんでだろう、心が痛い。
焦りのような、どうしようもない息苦しさが私を襲う。


「のっち…、一人ぼっちになんてしないから、起きてよ」


諭すように言うゆかちゃん。
その言葉が、隣で聞いている私にダイレクトに伝わる。
一人ぼっちが怖いのはのっちなのかな?
それとも私?
どうしたんだろう、おかしいよ。
苦しさがなくなるどころか、増していく。


「のっち…、笑顔がみたいんよ」


あぁ、頭も痛い…。
心も痛い…。
おかしいな。
視界が霞んできたよ。
ゆかちゃんがのっちを呼び続けているのに、だんだん声が聞こえなくなってきてる。
どうして?
もしかして、私も眠ってしまうんだろうか。
ダメだよ!
ゆかちゃんを一人にしないって約束したのに。
あぁ、でも…もう完全にゆかちゃんの声が聞こえないよ。
待って!
意識が…保て…な…い…。



『あ〜ちゃん!!』
『あ〜ちゃん!!起きてよ!!!』


私を呼ぶ声が聞こえる。


「あ〜ちゃん!!」
「あっ!のっち、あ〜ちゃんが…」


私を見下ろしているのっちとゆかちゃん。
どうしてそんな泣きそうな顔してるんだろう。
どうしたの?って言いたいのに…。
おかしいな、上手く声が出せない。
喉がカラカラだ。


「あ〜ちゃん、ゆか達が分かる?」
「何、言っ、てる、の?忘れ、る、わけ、ないで、しょ」


簡単な言葉なのに、上手く声に出せない。


「よかった…うぅ…あ〜ちゃんが起きたよー」
「のっ、ち?どう、したの?」

そう呟いたとき、ゆかちゃんがお水を差し出してくれた。

「とりあえず水分補給する?」
「あり、が、とう」


水を飲むために起き上がるのを、ゆかちゃんが手伝ってくれる。
簡単な動作なのに、身体が重くて動かない。
こんなに大変だったっけ?


「あ〜ちゃん、あのね」
「なに?ゆかちゃん」


ようやく一息ついて、ゆかちゃんを見つめる。
視線が合ったゆかちゃんは、少し困った顔して笑ってる。


「あ〜ちゃんね、ずっと眠り続けてたんよ」
「えっ?」
「一ヶ月くらい前に倒れてさ、それからずっと意識が戻らなくて、のっちと看病してたんだ」
「そんなに!?ずっと眠ってたの?」
「うん」
「あ〜ちゃん!!これって夢じゃないよね?のっち、夢見てるわけじゃないよね!?」
「えっと、あの…」
「こら!のっち。あ〜ちゃんが戸惑ってるでしょ」
「イタッ!!あっ、痛いって事は夢じゃないよね?」


そっか、私眠ってたのか。
だから声も出にくくなって、身体も重いわけだ…妙に納得した。
目の前では、のっちとゆかちゃんがじゃれ合ってる。
なんで眠ってたのかは分からないけど、目が覚めてよかった。
私が起きて、こんなに喜んでくれる人達がいるんだから。
でも…、何か忘れてるような気がするんだよな。
なんだろう?とても悲しい気持ちだったような…。
思い出せない…。
思い出しちゃいけない気もする。
う〜ん…まぁ、いっか。
いつか思い出すよね!


「2人とも、心配かけてゴメンね。それと、ただいま」


今はただ、大切な2人とずっと一緒にいられれば幸せだから。
私が笑うと、二人は私を強く抱きしめてくれた。


「「あ〜ちゃん!!おかえりなさい」」


殺風景な部屋の一角に綺麗な花が咲いている。
まるで彼女達の様に温かい色を放つ花。
窓から射し込む光に向かって、真っ直ぐに大輪の花を咲かせている。


『ひまわり』


何かが繋がっている。
どっちが夢で、どっちが現実か…。
その答えは…誰も知らない。


〜end〜





最終更新:2009年08月22日 22:26