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まだ温まりきっていないフロアの人波を掻き分けて、奥にあるバーまで行く。
誰もいないカウンターに座ると、ちょうどDJが交代したらしくフロアから軽快なエレクトロと大きな歓声が上がっていた。


「おー、ゆかちゃん久しぶりー」


カウンターの中にいたのは、のっちとよく交代で入っているもう一人のバーテンさん。

最近はなかなか顔を合わせることはなかったけど、会えばいつも好意的に接してくれる人だ。
彼がドラムをやっているというバンドのライブにも何度か誘われたけど、結局足を運んだことはなかった。


彼がいるということは、まだのっちは来ていないみたいだ。


「珍しいですね、早番ですか?」
「いやー、今日からしばらく一人で通しなんだよね」


なかなか新しい人が入らなくてさぁ。
と、グラスを拭きながら彼は困ったように微笑んだ。


しばらく一人で、、
新しい人が、、

・・・それって、どういう意味?


「あの、、のっちは・・・?」
「のっちは辞めたよ」


ヤ メ タ ・・・?


時が止まったみたいだった。


彼がグラスを擦る音も、うるさかったフロアの歓声も、お腹の底にまで響くような重低音も。
一瞬だけ、すべてのものが止まって。


この世界にあたしだけ、残されてしまったような。
そんな感覚に陥る。


「あ、、そ、っか。。冗談、、で」
「昨日が最後だったんだ」


うそだよ。

だって、そんなこと、一言も。。
昨日だって、普通に、、そこで、シェイカー振ってて。。
いつも、みたいに、、酔っ払ったあたしを、送ってくれて。。


辞める、なんて、、一言も


「ごめん。一ヶ月前には報告受けてたんだけど・・・」
「あたしっ、、帰りま、す。。」


ダメなんだよ。
今じゃなきゃ。


今、会わなきゃ、
今、言わなきゃ、意味なんて。





「いないよ」
「え?」
「家に行っても、のっちはいないよ」


目を伏せながら小さく首を横に振る彼の仕草は、妙に演技がかっているように見えて、なんだか笑える。

・・・はずなのに、ちっとも顔の筋肉が緩んでくれそうにないのは、それがあまりに現実離れしているから。


「たぶん、もう、空の上、、だから」


だって、あたしたちには有為転変なんて、無関係だったはずでしょう?

いつだって、何気なく、そこにあるような。
ずっと、変わりはしない、、それがあたしたちの関係だったでしょう?


そして、今からそれを壊そうとしてたのは、あたしの方だったはずなのに。


「でさ、、ゆかちゃんが来たら、これを渡してって頼まれてたんだ」


彼が出したのは、小さな紙切れ。
それは手紙の切れ端のようなものだった。


「まぁ、こんな早く渡すことになるとは思わなかったんだけど、、」


そこには、のっちらしいカクカクしてるような、丸っこいような字が書かれていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


だから、
ちょっとの間、ゆかちゃんのハートを貸しておいて下さい。
その代わりと言っちゃなんですが、ゆかちゃんにはのっちの星を貸しておくから。


では、またいつか会いましょー!!



のっちより。









P.S.
どこにいても、何をしていても、
のっちは、ずっとゆかちゃんを想っています。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇




今朝、見当たらなかったゆかのハートのピアス。
そして、のっちが忘れていった星のピアス。


うそだ。。
うそ、って言ってよ!



それから、戸惑いがちな彼の言葉がいくつもあたしの耳を通っていったけれど、
それは全部、低く歪むベース音とはじける電子音にかき消されていく。


彼女以外の口から語られる彼女のことは、どうやったって、あたしの中でリアルにはなれない。


遠い国。留学。ダンス。知らない街の名前。


そんな無関係なピースばかり散りばめられたって、どうしたらいいか分からないの。
のっちのどこにどう当て嵌めればいいかなんて、考えたくもないの。


例え、うっすらと思い当たる節があったとしても。
のっち本人の口から聞かない限り、自分の目で確かめない限り、

リアルになんてしたくないの。



なんなんよ。
バカなんじゃないの?


肝心なことも書かないで。
こんな破れた手紙の切れ端だけ残して。


おまけに、勝手に人のお気に入りのピアスを持っていくなんて。


ねぇ、、

ちょっと、ってどれくらい?
いつか、っていつ?

ずっと、なんて、、保証もできないくせに。



微かにだけど、覚えてるんだよ?


あたし、聞いたじゃん。
「どこにも行かないよね?」って。

のっち、言ったじゃん。
「大丈夫だよ」って。


ズルイよ。


せっかく、さよならを言う決心もついたのに。
さよならさえ言わせてくれないの?



だけど、これで、、、
本当にあたしはひとりだ。


独りになるんだ。


あ〜ちゃんと付き合う前のあたしは何をしてたっけ。
のっちに出会う前のあたしは何をしてたっけ。


二人を失って、あたしはどうすればいいの?
分かんないよ。

だってさ、そんなこと。
考えたことなかったんだ。


こんなカタチで二人を失う日が来るなんて、思ってもなかったんだよ。


・・・ああ、そうだ。
戻るだけ、だ。


あの、モノクロで澱んだ世界に。
戻るだけだよ。



「ゆかちゃん、大丈夫?」


カウンター越しの優しい声。


ほらね。
優しい人ならどこにでもいる。


そして、分かってる。

彼が次になんて言うか。
彼が何を期待しているか。


「顔色悪いけど、ちょっと裏で休む?」


カウンターから出てきた彼の手が肩に回る。


ほら、ね?

下心を隠すためだけの優しさでも、
優しさのふりをした自己陶酔でも、

もう、何でもいいよ。


「あの、さ、、もし、、俺で良かったら・・」


だって、知ってるもの。
あたしの価値なんて、そんなもんじゃんか。


誰でもいいから、
どこへでもいいから、

ここから連れ去ってよ。


彼の肩に頭を預けてしまおうとしたのと同時に


「だめ」


穏やかなソプラノが、あたしの思考をやわらかく切り裂いた。


それは、今まで何度も聞いてきた声。
いつも、あたしを導いてくれた声。


「その子、先約入ってるから」


どこかで聞いたことのある懐かしいセリフ。


だけど、振り向いた先にいたのは、


「ね、ゆかちゃん、、」


眩しいくらいの笑顔をした、ふわふわパーマのあの子。


「こっちおいで?」


そのやわらかな命令に、抗う術なんてあたしは知らない。


肩に回された彼の手を振りほどいて、足は自然と彼女へと向かう。
そして躊躇う暇もなく、その腕に囚われた。


抱きしめられた腕の中は、柔らかくて暖かかったけど、
鼻をくすぐるのは、いつかよりもずっと甘くフローラルな香りだった。



to be continued...





最終更新:2009年08月22日 22:28