<side a-chan>
あたしはその後しばらくステージの横で泣いていた。
今の舞台上での数分間の刺激が引き金になって、3年間の記憶が蘇る。
あたしたちの最高の思い出がループする。繰り返されて、また戻って、涙になって溢れ出る。
一気に噴出した感情さえも二人と共有できる。そのことがただただ嬉しい。
言葉が無くてもわかり合える。最高の友達、いや、友達以上の二人。
「写真撮ろう。」
ゆかちゃんの急な提案。
ゆかちゃんが提案する時は大概何かあるけど、今回は衝動的に言葉が出たみたいだった。
ずっと持ち歩いてたゆかちゃん愛用の一眼レフのカメラ。セルフタイマーにして机に置いた。
「さっ、笑って。」
あたしは、半泣きで笑顔を作る。二人はあたしの顔を見て微笑んだ。
「カメラ目線よー... はいっ!」
光ったフラッシュでさっきのステージで浴びた照明を思い出して、また涙が溢れそうになった。
あたしの半泣きぐしゃぐしゃの笑顔と、ゆかちゃんの3年間で初めて見たような無邪気な笑顔と、
のっちの珍しく大人びた笑顔。
あたしたちの3年間の意味をやっと理解できた気がした。
あたしは、2年の終わりくらいに、のっちに友達以上の感情を持った。
そのことに気がついた時から、あたしはすごくいろんな事を考える時間が増えた。
だけど、3年に上がってから、ゆかちゃんにも複雑な感情を覚えるようになってしまった。
自分の事が全く分からなくなってしまった。困った。
そんな時、相談に乗ってくれるゆかちゃんがいて、なんとなく一緒にいてくれるのっちがいて、
別に何も分かっていないけど、意外と的確なアドバイスをくれる中田先生がいて、
なんて事無いとでも言わんばかりに、(意図せず)人の悩みを吹き飛ばしたこしじま先生もいた。
沢山の人に、いろんな事に揉まれて、救われて、あたしは過ごして来た。
のっちとゆかちゃんの近くにいる事で、お互いに成長してこれたんだと思う。
そして、二人に守られて、引っ張られて。二人を守って、引っ張って。そうやってやって来た。
ーそして、これからも同じように。
大学が違っても、しばらく会えなくても、二人の存在を近くに感じているから大丈夫。
今回の学園祭で本気でそう思った。だから、二人と離れる事が今は怖くない。
この優しい時間がずっと続く事はない。
あたしたち3人がダンスフロアへ戻ると、こしじま先生のスタンバイが終わっていた。
そういえば、一昨日のゆかちゃんが言ってたやつ。こしじま先生の曲の歌詞。
中田先生がサングラスを外した。気分が乗って来たのか大きく手を突き上げた。
フロアが沸く。
こしじま先生は2曲歌う事になっていた。
前フリも無くいきなりイントロが鳴り始める。
キツいベース音。音が割れるくらいに強い音圧。体に電気が走るような、そんな感覚。痺れる。
こしじま先生が楽しそうにマイクを握る。中田先生の目に火がついた。
そしてやっとこしじま先生の歌が入る。あたしの体に歌詞が流れ込んだ。
I sing for you, I think of you. I remember where I lost my mind,
remember when you catch my eyes.
君に歌うの、あたしは君の事を考えてる。
どこであたしの心を見失って、いつ君が目を覚まさせてくれたのか覚えてる。 か。
あ...。 ゆかちゃんの目が潤んでいた。今にも泣きそうな表情でこちらを見ると、いつもの笑顔。
ゆかちゃんの気持ち分かったよ。ありがとう。そういうことなんだね。
きっとゆかちゃんもあたしと同じ事を考えてたんだろう。やっぱりどこか似た者同士だ。
曲の疾走感と、気持ちのよいビートがあたしを包んだ。
気持ちが落ち着く。周りは盛り上がり、騒がしいはずなのに、あたしの周りだけは静かに感じた。
その空間の穏やかさに心が洗われる気がした。
2曲目。この曲はゆかちゃんも聞いた事が無いらしい。
中田先生の顔が汗で光っている。かなりアガッてるみたい。
そっとイントロが流れ出した。優しいギターのフレーズが熱の迸るフロアを静かに冷していった。
こしじま先生の良く伸びるボーカルがフロアに響いた。
甘い愛には罠があるの You're wonder girl 雲に今日も声かける
笑いかけて誘い出して 君の心はsugirless GiRL
そのときあたしは気づいた。中田先生の目線が、外に出ようとするゆかちゃんを必死で追ってる。
なんだ。あたし当たってたんじゃん。のっち、何がこしじま先生なんよ。中田先生で正解じゃ。
しかも、良く聞くと歌詞がまんまゆかちゃんを描いたみたいな感じだったのが余計にウケた。
そっか、そうだったのか。でもゆかちゃんは先生には渡さない。
あたしとのっちが守るけぇ。
暑苦しくなって来て教室を出た。すると、向かいの教室のカフェで、
「チョコレイト・ディスコ フェア!」なるものが開催されていた。
うちのクラスの模擬店のチケットを持っていると、チョコが20パーセントオフになるらしい。
チケットは腐るほど持っていたので、二枚出して、二人分のチョコを買った。
いつも安いやつだけど最後くらいのっちにもサービス。二人ともちょっと高いやつにした。
4時半集合の約束だった屋上に向かう。まだ4時だけど涼みたかったので、少し早めに行った。
屋上のいつものポジションに座る。風がそっとあたしの頬を撫でた。
「終わりかぁ...。」
始まったら終わるのは当然で、その時間が来ただけの事。分かっててもいざとなると少し辛い。
今日も夕日が綺麗で、その綺麗さが余計に切ない気持ちにさせる。
すると、後ろから急にゆかちゃんとのっちが近付いて来た。
「何、もう来とったん?」
ゆかちゃんが呆れた顔で笑った。のっちは夕日を見て嬉しそうにフェンスに駆け寄った。
「綺麗じゃぁ!」
あたしとゆかちゃんは目を見合わせて笑う。のっちはホントに子供みたいで可愛いね。
「あ、そーいえば。」
ゆかちゃんがごそごそとバッグに手を突っ込んで何かを探していた。
「はい、バレンタインじゃ。今年は手作り♪」
ゆかちゃんらしい小ぎれいな包装。のっちとあたしに一つづつ渡した。
あたしもさっき買ったチョコを取り出した。
「はい、買ったやつだけど。」
二人に渡す。するとのっちの顔がこわばった。
「ん?のっち、どーしたの?」
「ごめん、ゆかちゃんにあげるやつ、被った。」
一瞬の静寂。あたしとゆかちゃんは同時に吹き出した。
「 あはははは! のっちってなんでこうもお笑い担当なんよ!?」
「あたしは被ってもいいけど、のっち面白すぎ!」
のっちは膨れっ面でこっちを見てる。あー おもしろっ。
あたしたちの笑いが止まったと思った瞬間、屋上のドアが開いた。
誰?
すると、汗だくの中田先生と、それに続いてこしじま先生がそこにいた。
「先生!」
「お疲れ。これ、褒美。」
そう言って差し出したのは、本日三個目のチョコ。
「あー!!!! また被った!」
ゆかちゃんの手元には、同じ包装のチョコが二つ。のっちと中田先生の。
「あっ!ゴメン!」
中田先生は悪くないのに謝った。それを見てこしじま先生が笑う。
「中田クン、謝るとこじゃないよ。面白いけど。」
それを見てあたしたちはまた爆笑。おなか痛くなるまで笑い続けた。
「あ~っ 最高!」
そう言ってあたしたち3人は屋上のひび割れたコンクリートの上に寝転んだ。
その横にこしじま先生も横になり、最後に気恥ずかしそうに中田先生も並んで横になった。
みんなで大の字になって体を仰向けにした。
見上げた空は高くて、とても手が届きそうにないけど。
でも、いまなら天に昇れるような、そんな気がした。
今日の夕日は一昨日見た夕日よりもずっと綺麗で、人生最高の景色。
隣を見れば大好きな人たちがいて。
天に昇るような気分。
ーみんな、ありがとう。もうすぐ終わりだけど、その時まで一緒にいて。
そして、最後の時もこんな風に迎えられたら。 そんな事を思った。
完
最終更新:2008年10月11日 02:00