金木犀の香りが漂う川沿いの道を二人で歩く。
あたしの手を引いて半歩前を歩くのは、のっち、、じゃなくて、あ〜ちゃん。
あ〜ちゃんに引っ張り出されるようにクラブから出て、無言であたしたちは歩き続けていた。
金木犀の香りに気づいたあ〜ちゃんはいつものように鼻歌を歌い出す。
だけど、あたしは握られた手をいつものように握り返すことはできなかった。
あ〜ちゃんが何を考えているのか、まったく分からない。
あたしはただただ、怯えている。
いつ切り出されるか分からない審判の言葉を待つように、あたしは下を向いたままあ〜ちゃんの後ろを歩いた。
ねぇ、
なんで、あそこにいたのが分かったの?
なんで、来てくれたの?
吐き出されることのない疑問はモヤモヤと濃い霧になって、あたしの中に渦巻いていく。
ふいにあ〜ちゃんが足を止めて。
振り向いたのが分かった。
同じように立ち止まっても、あたしは顔をあげられずにいる。
「ねぇ、別れたい?」
まるで鼻歌の続きのように自然と紡がれた、いつもと同じふわふわしたトーンの声。
それなのに、ずっしりと重く沈み込んでくるその言葉に、あたしは小さく頷いた。
だって、許されないでしょ。
あたしがしてきたことは。
あなた以外の人の温もりを求めてました。
あなた以外の人と身体を重ねてました。
ずっと、あなたを裏切っていました。
『それでも、あたしを捨てないでください』
『それでも、あたしを愛してください』
—なんて、赦されていいわけない。
「ふふ、嘘つき」
そう言いながら、ふわり、とあ〜ちゃんが微笑んだのが分かった。
顔なんて見えなくても、それくらい喋り方で分かる。
こんな時にでも、そうやって余裕に笑ってみせるのはなんで?
うん、嘘だよ。
別れたいわけないじゃん。
でもね、ずっと嘘吐いてきたの。
ずっと騙してたの。
それでも、、
たくさんの嘘を重ねてきたことに変わりはないけれど、、
愛してる気持ちに嘘は、ホンの1ミリだってなかったよ。
「のっちのこと、追いかけたい?」
首を横に振る。
それは違う。
どっちかを選びたいわけじゃない。
追いかけたところで、元に戻りはしないし。
それにきっと、のっちがそれを望んでないだろうから。
だから、何も言わずに行っちゃったんだと思うから。
あたしだって、それを望んでるわけじゃない。
「ゆかちゃんがすきよ」
あ〜ちゃんの手があたしの頭を撫でる。
どっちかなんて選べないから、
どっちからも捨てられようと思ったの。
なのに、
「だから、あ〜ちゃんは別れたくない」
なのに、どうして?
なんで二人とも、あたしの手を離そうとしないの?
のっちだって、何も残さないで黙って行ってしまえばよかったのに。
所詮その程度の関係でしょ、って言ってくれたらよかった。
あ〜ちゃんだって、知ってたなら、さっさとあたしのこと嫌いになってくれればよかったのに。
最低だと、罵って、軽蔑してくれたらよかった。
「でもっ、、ゆかは、、ずっと、、」
あなたを想うのと同じくらい、大切な人がいます。
あなたを愛するのと同じくらい、愛してる人がいます。
今も。
たぶん、これからも。
それは変わらないと思います。
「それでいいよ」
それでも、どんな時でも、、
「それでも、ゆかちゃんの心には、いつもあ〜ちゃんがいたでしょ?」
あ・・・、霧が、晴れた。
一気に、吹き飛ばされて行った。
やっぱり、適わない、な。。
そこまで、全部、お見通し、、だなんてさ。
「ゆかちゃんは、あ〜ちゃんのこと、すき?」
そんなの決まってるよ。
いつだって、その気持ちにだけは、嘘はつけないの。
「、、、す、き」
「だったら、」
頬から顎を撫でるあ〜ちゃんの手に促されて、ゆっくり顔を上げれば。
そこには、眩しいくらいに咲いた笑顔。
「それがすべてじゃ」
言いたいことも、言わなくちゃいけないことも、溢れるくらいたくさんあるはずなのに、
何一つ、うまく言葉にできなくて。
「一緒に待とうよ?のっちのこと」
握られた手にゆっくり力を込めて握り返したら。
温かい水が頬を伝った。
「それまでは、あ〜ちゃんがゆかちゃんを守ってあげる」
そして、甘く微笑みながら。
あたしを抱きしめてくれた。
ああ、そうか。
これは檻だ。
あ〜ちゃんがあたしを囲う檻。
それはアマイ檻。
だけど、閉じ込めてはくれない。
だって、鍵は付いていない。
逃げるも、囚われるも、あたし次第。
だからこそ、あたしは逃げられない。
いっそ、重い鍵をかけて、鎖でもつけて繋いでくれれば、引き千切って逃げ出そうと思えるのかも知れないのに。
だけど、もうあたしは、
あ〜ちゃんなしでは歩くどころか、
生きていけないんだから。
あたしのすべては、あ〜ちゃんのもの。
to be continued...
最終更新:2009年09月03日 20:11