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やっぱりエッチって凄い威力。その後二、三日はラブラブだもん。だけど、だからといってそれだけで、一週間もすればまた何事もなかったかの様にのっちはメールもせずにフラフラ遊びに行っちゃうし。
ゆかは今日も早くに起きて会社に持ってくお弁当を作って、爆睡してる恋人の朝ご飯とお弁当も一緒に作って。

「……」

そして何も言わずに家を出る。車持ってるのっちに毎朝送って欲しいなんて言わないけど、せめて「行ってらっしゃい」とか言ってくれたって良いのに。
仕方ないか、夜遅くまで新しく買ったゲームしてたもんね。ゆかは漫画を読んですぐに寝ちゃったけど。

アパートのエレベーターを降りて、バス停に向かう。その途中でのっちの学校の友達のあ〜ちゃんとすれ違った。向こうは気付いてなかったみたいだから、声はかけなかったけど。
あ〜ちゃんはこの近くに住んでいて、のっちと同じ大学に通ってる。何度かうちらの家に遊びに来た事もある。とても良い子で一緒にいて楽しい、だけどのっちの事をたまにゆかより知ってるから、ちょっと苦手。

「かしゆかは、のっちを甘やかしすぎ!」と初めて会った日に、顔のど真ん中を指差してそう言われたんだもん。直球すぎて腹が立ったけど、それが事実で何も言い返せなかった。
そもそもゆかの前でのっちの悪い所を指摘するのは、なんなのかなって当初は思った。人の恋人批判するな!って言ってやりたかったけど、次第にそれはあ〜ちゃんなりののっちへの愛情表現だって分かったし。
だから今となってはゆかもあ〜ちゃんを好きだけど、まだどこかで彼女を避けてる自分がいる。今だって気付かれなくて良かったと思ってるし。


バスに20分程揺られ、歩いて数分で会社に到着。この通勤風景も、スーツ姿の自分にももう慣れた。最初はのっちが「スーツ良い!なんかエロい!」とかって興奮してたけど今じゃ至って普通でちっとも興奮なんてしないみたい。
とりあえず、今日は給料日だから。のっちもその日だけはきっと家で待っててくれるし。美味しいご飯を食べに行って、ちょっと遅くなったけど付き合って二年の記念に人気店の高いケーキでも買って帰って二人でホール丸ごと食べるの。贅沢でしょ。

それを考えたら、仕事に対するやる気が沸々と。のっち待っててね、ゆか頑張って働いてくるからね。帰ったら美味しいご飯、食べに行こうね。






「樫野さん、ちょっと良い?」

自分のデスク、いつものようにパソコンの電源を入れる。その時、横から異様なまでの威圧感を感じて顔を上げると、そこにはケバくていつも香水の匂いが強い鈴木さん。この人は大卒だから、同期だけど年上っていう、まぁいわゆる絡みづらい人だ。

「今夜合コンなんだよねー、でも今日までにやらなきゃなんない仕事、終わりそうにない感じで」
「え、それヤバイじゃないですか」

ゆかは昔から器用だし演技は得意だ。こんな風に「大丈夫ですか?」なんて心配してるみたいな顔するくらい動作ない。だけど今日は嫌、この人が次に言おうとしてる言葉が簡単に想像つく。

お願いがあるんだけど…これ、この人の決まり文句。

「お願いがあるんだけど、」

ほら来た。

「半分手伝ってくんない?今度樫野さんがヤバイ時は私も手伝うから!」

なんだ、半分か。この人の事だから全部やってとか言われるかと思った。だけど半分でも嫌なもんは嫌。今日はゆかだって早く帰りたい。




「ゆかも今日が締め切りのヤツ、間に合わなさそうでヤバイんですよ」
「えー、樫野さんいっつも仕事早いじゃーん」
「ごめんなさい、今回なかなか進まなくって」
「もー」

唇を尖らせて肩を落とすそのアクション、うざ過ぎる。早く自分の場所に戻ってよ。去り際に舌打ちしたって、別に怖くもなんともないし。
だから嫌いなんだよ、この人。そんなだから先輩達からも嫌われてるんだよ。

時計を見ると、まだ午前十時過ぎ。
のっち起きてご飯食べたかな。
ちゃんとゆかの置き手紙読んだかな?『今日お給料入るからおいしいゴハン食べに行こーね』って手紙。きっと読んでくれたよね。









「お疲れさまでーす」
「お疲れー」
「鈴木さん、終わりました?」
「うんなんとか終わったーお昼ご飯食べれなかったけど」

あれだけの仕事、ゆかだったらすぐに終わらせられるけどね。だけどゆかは「凄いじゃないですか!良かったですね」なんて言って、さっさと会社を後にした。
首を回すとパキパキ鳴った。空はオレンジ色で、生暖かい風が頬を撫でる。そういえば、髪伸びたかも。前髪、目に入りそう。明日休みだし美容室行ってこようかな。のっちも髪が伸びて「あ〜ちゃんにオニギリって言われた」なんて拗ねてたし、いつもの行きつけの美容室で、二人一緒に。


「あ、」

バス停に向かう歩道を歩いていると、横を見覚えのある車が通過した。かと思うと、すぐに止まった。

「のっち、」
「お疲れー」

すぐさま助手席に乗り込む。迎えに来てくれたんだ、すっごく嬉しい。のっちは先週ゆかが切り過ぎた前髪を気にしながら、アクセルを踏んだ。うん、絶対その方が良いと思う、可愛い目がちゃんと見えるから。

「お給料、いくら?」
「まだ明細見とらんから詳しくは分からんけど、だいたい前と一緒じゃん?ご飯の前にお金おろしてこなきゃ」
「ねーねー、犬飼おうよ、犬」
「えー犬ぅ?ゆかハムスターかモモンガ欲しい」

ゆか以上にご機嫌なのっち。ハンドル捌きも軽快だ。そんな話をしながら、コンビニに到着。のっちは漫画雑誌を立ち読み、ゆかはATMでお金を引き落とし。
お、給料ちゃーんと入ってる。アパートの家賃払って、食費に水道代に電気代、貯金もちゃんとするとして、自由に使えるお金は……なんて色々考えてたら、後ろの雑誌コーナーで聞き覚えのある高い声がした。

「のっちー!超偶然じゃね」

振り返ると、やっぱり彼女だ。あ〜ちゃん。こんなところで会うなんて、…今日は二度目か。朝は彼女はゆかに気付かなかったけど。

「あんた何しとんの、こんな所で」
「今日お給料入ったけ、今からかしとご飯行くの」
「はあ?あんた、まーたそんなヒモみたいな事を…かしゆか可哀想ー」

あ〜ちゃんは素直で良い子だ。だからこそ、たまにその言葉が胸に突き刺さる。
ヒモ…かぁ、確かにそうかも。家賃と光熱費は半分こしてるけど、それ以外はほとんどゆかが出してるもんなぁ。のっちは学生だもん、働いて稼いでるゆかがお金出すのは当たり前じゃないの?でもそれをヒモって言うのか。






「もー、なんなんあ〜ちゃん、のっち漫画読んどるけ邪魔せんでよぉ」
「何その漫画〜超マニアック!」
「うるさいなぁ〜他のお客さんに迷惑でしょ、あやちゃん静かにしなさい」
「は〜い」

それに、のっちとあ〜ちゃんは、たまに夫婦みたいに見える。二人でいると、本当に楽しそうだ。のっちも、ゆかといる時の百倍は楽しそうに笑ってる。だから不安になる。だから、ゆかはあ〜ちゃんが苦手なのかも。
なんだソレ、ただの嫉妬じゃん。ゆか超ダサい。

引き出したお金を財布に押し込んで、ゆかは深呼吸を一つ。

「あ〜ちゃん、超偶然だね」
「あ、かしゆかぁー、今からのっちとご飯行くんでしょ?良いなぁ」
「えへへ、今度また家遊びにおいでよ、鍋パーティーしよ」
「うん、するする!暇な日あったら教えて、あ〜ちゃんその日は空けとくけぇ!」

漫画雑誌から一瞬上げたのっちの冷たい目、ゆかは見逃さなかった。

「じゃあ、のっち、そろそろ行こうか」
「うん、そだね、あ〜ちゃんまたね」
「うん、バイバイ」

店を出て、のっちの車に乗り込む。のっちはまだあ〜ちゃんに手を振っていた。後から運転席に乗り込むのっちを見ないで、ゆかは財布をギュッと握った。
のっちは車を走らせる。

「かしさぁ、あ〜ちゃんのこと嫌いなの?」
「…なんで?」
「見てりゃ分かるよ」

のっちのたまに鋭い所、嫌いだ。
普段はゆかに興味ないみたいな顔して、こんな時ばっかゆかの心の中の弄られたくない所を弄ってくる。

「嫌いじゃないよ、ちょっと…苦手なのかも」
「…確かに、あ〜ちゃんストレートだもんね」
「……」

あ、もしかして、のっちも自分がヒモだって自覚してた?痛い所をあ〜ちゃんに突かれて、のっちもゆか同様に参っちゃってるのかも。
のっちの横顔には焦りの様な妙な動揺が見て取れた。

「事実だもんね、のっちがヒモなの」
「…そうだね」
「でも、良いよ別に。のっちが一生働かなくても、ゆかがのっちの分も働いて、のっちの事も養ってくから」
「なんだソレ、馬鹿にしてんの」

のっちは乱暴にブレーキを踏みながら、そう言った。黄色信号で急いだら行けたのに、前の軽自動車が急に止まるもんだから、のっちも慌ててブレーキを踏んだけど、前の車に「なんで行かないんだよ」って小さく悪態をついた。
のっちが珍しく怒ってる。貧乏揺すり、ゆか嫌いだからやめて欲しいのに。

「…だってのっち、ゆかの為に働いてくれそうにないもん」
「かしは今、のっちの為に働いてんの?」
「そうだよ見たら分かるでしょ?」

いつだってのっちの事を考えてるのに、お給料でのっちが欲しがってたiPodも買ってあげようと思ってたのに。これだけのっちに尽くしてんのに、気付かなかったなんて言わせない。
のっちなんてバイトもしないで毎日遊んでばかり。学校の成績も良くないし。家の事もちっともやらないし。ゆかにお小遣いまで貰ってる。ヒモじゃん、完璧に。ゆかにどれだけ迷惑かけてるか、分かってないのか、このバカ犬は。

「…もうすぐ就活…始まるから」
「……」
「……ごめんね」

信号が青に変わって、前方の車は発進する。のっちもゆっくりアクセルを踏むと、左手をハンドルから離して、ゆかの右手をそっと握った。

「ゆか明日…美容室行きたい」
「うん」
「のっちも髪、切りなよ、オニギリみたい」
「……うん」

のっちの温かい手を握り返す。
久しぶりに優位に立てた気がして嬉しくって、ご飯を食べてケーキを買ったついでにペットショップに寄って小一時間、二人で子犬を眺めてた



◇02:終◇







最終更新:2009年09月03日 20:12