side.A
『……はい』
「あ、ゆかちゃん? 今おうち?」
『今? ううん。ちょっと出てる』
電話越しのゆかちゃんの声。機械を通そうが、相変わらずかわいい。
出掛けてるのか。ということは、今彼女もこのお日様の光を浴びてるんだね。
いいじゃんいいじゃん。
少しは元気出たのかな。
「今どの辺におるん?」
『えぇ〜っと……し、渋谷』
「あ、渋谷なら近いや。すぐ行ける。どの辺?」
代々木のスタジオからなら、センター街まで歩いて行ける。
『ごめん間違えた。えっと、秋葉原。カメラ見に来たの』
「……そう」
遠くなった。
なんか様子がおかしい。
秋葉原と渋谷間違える?
さすがに秋葉原までは歩いて行けない。
携帯を耳にあてたまま、あたしは右手を上げてタクシーを止めた。携帯を指差すと、愛想の良い顔の運転手が小さく頷いた。
「今から会えん?」
『……今から?』
「うん。ホントはゆかちゃんち行こうと思っとったけど、外なんでしょ?」
『うん』
「お茶しようよ。真ん中辺りが良いね。赤坂か四ッ谷か……六本木とか行っちゃう?」
『……ゆかがそっち行く。待ってて』
「……そう。じゃあ渋谷? 表参道?」
『任せるよ。着いたら電話する』
それだけ言ったゆかちゃんは、さっさと通話を切ってしまった。
「ごめんなさい。止めちゃったのに、ちょっと急用ができちゃって……」
車内を覗き込んで声をかけると、左手を軽く上げた運転手は、少し面白くない顔でドアを閉め走り始めた。
なんとなく、タクシーが信号待ちをしている間、見つめ続けた。青になるまで。お利口に並んだ車が一斉に走り始めると、長い一本道なのに、すぐに沢山の車で見えなくなった。
話を、聞いてあげよう。
言いたくても言えないこと、溜めに溜めた想い。
きっと、沢山あるはず。
あたしは笑って、でも真剣に聞いてあげよう。
話を、してあげよう。
のっちがどうしてるか。
のっちが今どんな状態か。
きっと気になってるはず。
あたしは笑って、穏やかに話してあげよう。
代々木から渋谷に向かって、線路沿いの坂道を下る。
こんなに暑いのに、相変わらずこの辺は人が多い。
似合わないサングラスと深めの帽子。
涼しい店内でゆかちゃんとアイスコーヒーを飲む自分を想像して、喉が鳴る。
太陽は好調の様子。
アイツが調子良いと、あたしの調子も自然と上向いた。
これは、昔から変わらない。
side.K
今から会えない?
どうして?
会いたくない。
少しずつ気分が沈んでいく。なんなんだろう。
電話から聞こえる彼女の声は、明るいものだった。
そして、あたしの様子がおかしいことに彼女が気付いたことも、あたしには分かった。
あたしの頭が、彼是と余計な思考を開始する。
浮かんでくるのは、マイナスなことばかり。
大前提、なにを考えてるのか分からない。
あたしとは友達で……
あの子とも友達で……
でもあの子とあたしは恋人で……
それで? じゃあ彼女とあの子は?
まだ少し暑い中を走る。
あたしは嘘を吐いたから。
駅まで走ったら、すぐに渋谷に向かわなきゃ。
軽く走っただけなのに、体温はあっという間に上昇して、簡単に体は汗ばんだ。
眩しい太陽の光が、尚更暑く感じさせる。疎ましい。
ホントのこと言っちゃえば良かったかな。
あたし知ってるよ。
こうやってつまんない嘘を始めちゃうから、後々収拾付かなくなるんだ。
矛盾がない様に頭使って。
相手の顔色ばっか窺って。
吐きたくもない嘘も、積み木みたいにどんどん重ねて。
その度に自分に嫌気が差して。
そのうちグラグラ不安定になっていって、おっきな音立てて崩れ落ちるんだ。
高く積み上げれば積み上げた分だけ、叩き付けられる時の衝撃も比例するのに。
そんなん知ってるのに、あたしはすぐに逃げ道を選ぶ。
問題の先送りでしょ?
知ってるよ。さっさとホントのこと話して、本音ぶつけあって、そんですっきりしちゃえば良いんだ。
先送りしたって、ことは大きくなるばかり。そんなん、知ってるってば。
だけどね、あたしは意気地無しだから。
取り敢えず避けられるものは、避けてしまう。
いきなり目の前のものと戦う度胸がない。
だから、逃げる。
自分で自分の首を絞めちゃうんだよ。
結局あたしも傷付くし、誰かも傷付けるし、踏んだり蹴ったりで良いことなんて一つもない。
散々言うけど、わかってる。
でも、もしかしたらそのまま事なきを得るかもしれないじゃない。
誰も何にも気付かずに、問題なんて何も起こらずうまい事世界がまわるかもしれない。
そんな甘い事ばかり考えては、結局逃げる。
これは、昔から変わらない。
暫く電車に揺られると、相変わらず大きいサイズのドラマCMの看板が二枚見えた。
主題歌のタイトルのすぐ横には、西脇綾香と書いてあったけど特に近しい感情は湧かなかった。
時計を確認する。また余計な計算をしなくちゃならない。
電話を貰ってからすぐに電車に乗ったとなると、秋葉原から渋谷までじゃ時間がかかり過ぎだ。なんか言い訳を考えなくちゃ……
ホームに降りて溜め息を吐く。携帯を開き、画面を見つめてもなにも考えが浮かんでこない。
暫くすると、ライトが消えて画面は真っ暗になった。
ここのところ、散々濃き使ったから。なんだか面倒になってきたよ。
なんでこんなに苦しいんだろう。悩むんだろう。
好きになったから、いけなかったんだろうか。あたし達三人が収まるべき形って、どんな感じ?
それは、三人共が良い関係でいられる様には、用意されてないのかな。
歩き始めたあたしは、携帯の着信履歴からすぐに電話をかけた。
もういい、出たとこ勝負。なんか聞かれたら、そんときはそんときだ。
こんなくたびれた頭じゃ、頑張ったところで大した考えは浮かばない。
あ、コールした。そう思った瞬間には、すでに彼女の声が聞こえた。
『もしもし、ゆかちゃん?』
「うん。ごめん遅くなった」
『気にせんでええよ。いきなり呼んじゃったのあたしの方じゃけぇ』
「どこ?」
『スタバぁ』
「……スタバ? 珍しいね」
『昔は良く来たじゃん』
「確かに。すぐ行く」
『は〜い』
明るい。テンション高い。調子が狂う。
昔っから彼女が笑っていると、どうもあたしもつられそうになる。
気分じゃなかろうがなんだろうが。それが良いことなのかそうじゃないのか、今は良く分からなくなった。
昔ならそれは、只良いことなんだって信じて疑わなかったけど。
また、歩く。暑い暑い。緑の看板。早く早く。
通りに面したガラス張りの店内に、彼女の姿が見えた。
一歩店内に足を踏み入れると、涼くて煮えた頭まで冷めていく様だった。
昔は、良く言ったよね。『天国だぁ』って。
彼女を見ると、小さく手を振っている。振り返せないけど、話し掛ける。
「なに飲んでるの?」
「えへへ、キャラメルマキアート」
「甘っ。子供みたい」
「そうかな? こういうのには、子供も大人もないんよ」
「まぁそうだけどね」
「ホントはアイスコーヒーにしようと思ったけど、久々にせっかくのスタバじゃけぇ、やっぱ甘いの飲みたくなったんよ」
また彼女が笑う。
ほら、ね。あたしもきっと笑っちゃってる。
参ったな。
今あたし達が会話をしたら、きっとつまらない気持ちになっちゃうハズなのに。
〜続く〜
最終更新:2009年09月03日 20:34