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「あ〜ちゃん。おはよう」
「あっ、おはよう」
山ちゃんだ。

「ひとり?大本さんは?」
「あー・・・まだ寝てんじゃない?」

のっちは夜遊びのせいでまだあたしのアパートで寝ている。
夜遊びが再開してから大学はほとんど来てない。
昼間は何をしているんだか・・・。
てか、夜も何してるんだかわからんけど。
携帯に電話してもメールしても返ってこないから、わからんのよね。

「今日、学校終わったら空いてる?映画のチケットもらったんだよね。もしよかったら一緒に行かない?」
山ちゃんが見せてきたのは、前からのっちと一緒に見に行こうねって言っていた映画の前売り券だった。

「あー・・・それすごく見たかったやつじゃけぇ」
「ほんとに!?じゃあ丁度よかったじゃん!行こうよ」
「んー・・・でも・・・」

「あ〜ちゃん、よかったじゃん!!」
あたしがのっちと一緒に行く予定だから行けないって断ろうとしたら、背後から声が聞こえた。
振り返るとのっちがいた。

なんで?ここにいるのよ?
あんた、アパートで寝てたんじゃないの?

「これ見たかったやつじゃん。タダで見れるなんてラッキーでしょ!」
のっちはあたしの肩をポンポン叩いて楽しそうに言う。
「だって、この映画一緒に・・・」
『一緒に見ようって約束したじゃろ?』って、言おうとしたら「山ちゃんと見てきなよ」と言われた。
それはそれは怖いくらいまっすぐな眼差しで。

「のっち・・・」
「そういう事で、あ〜ちゃんの事よろしく!」
山ちゃんの肩を両手でバンバンと叩いて、のっちはまたひとりでどこかに行ってしまった。

「痛てっ。なんか大本さんのキャラってわかんないんだけどw」
山ちゃんはのっちに叩かれた肩を擦りながら、妙に嬉しそうに呟いた。
「うん。あ〜ちゃんも、わからんけん・・・」





仕方なく山ちゃんとその映画を見に行く事にした。
のっちのあの態度を見たら、もう一度誘っても一緒に行ってくれなさそうだから。

映画は酷すぎるくらいつまんなかった。
こんな映画、のっちと一緒に見なくてよかった。
でもひょっとしたらのっちと見たなら、少しはおもしろく感じたかもしれないとも思った。

映画の終わった時間が丁度、夕飯の時間だったから山ちゃんと居酒屋へ行った。
本当はすぐにでもアパートに帰りたかったけど、山ちゃんがどうしてもって言ったから仕方なく一緒にご飯を食べた。
ご飯を食べている間も、あたしの頭の中はのっちの事でいっぱい。
さっき見た酷すぎるくらいつまらなかった映画の内容なんて忘れるくらい、のっちの事を考えてる。

「あ〜ちゃん?もしかして、つまらない?」
「えっ?そんなことないけぇw」
あらら、どうやら顔に出てしまったみたい。

「ごめん。僕だけしゃべってるもんね」
「ううん。山ちゃんの話聞くの好きだからジャンジャン、トークしてw」
本当は、話なんて右から左に華麗にスルー。
自分から話すのはめんどくさいから、ずっと聞いているフリしてるだけ。

のっちといる時はあたしは、自分の話を聞いてほしくて一人で喋ってるんだよね。
のっちはあたしの隣で、うんうんって相槌をしながら、話が終わるまで必ず聞いてくれてたんだよね。

今思うと、それってのっちにとってすごくつまらない事だったのかも。
だって、たいして好きでもない人の話を延々と聞くってかなりシンドイし、つまらんもん。

あーあ・・・あたしそんな事も気付かずにひとりで浮かれて喋ってたんだ。
のっちはそれが嫌で、疲れて、あたしに素っ気無くなっちゃったのかな?

そうだ。
きっとそれが原因でのっちがまた夜遊びに行っちゃったんだ。
謝ろう。
もう、自分の話を長々と聞かせるのは止めるから、って言おう。

そう思ったら、急にのっちに会いたくなった。
時間を見ると21時。
この時間ならまた遊びに行ってない可能性が高い。
早く、アパートに帰らなきゃ。




「ごめん、山ちゃん!!あ〜ちゃん、帰えらんと・・・」
「えっ!!も、もう帰るの?」
「うん。今、帰らんといけない気がするんよ」
「・・・わかった。送ってくよ」
あたしたちは慌てて居酒屋を出た。

あたしは急ぎ足で駅に向かう。
「そんな急がなくてもまだ電車あるよw」
そう言って山ちゃんはあたしの手を握ってきた。

「!?」
あたしは手を握られて、ビックリして思わず足が止まった。
「こっちの道の方が駅から、近いからこっちから行こう」
山ちゃんはあたしの手を握ったまま、路地裏に歩いた。
あたしは手を放すタイミングを完全に失って、山ちゃんにされるがままの状態。

路地裏はホテル街になっていた。
ホテルといってもビジネスホテルとかじゃなくて、ラブホテル。

「や、山ちゃん?ほんまここ、近道なん?」
山ちゃんは答えない。
しかも妙に早足だ。
それに息が少し上がってるみたい。

なんか・・・ヤバくない?って、思った瞬間。
「あ〜ちゃん!!」
いきなり山ちゃんに抱きつかれた。
荒い息遣いが耳に当たって気持ち悪い。
体が硬直する。
それになにより、すごく怖い。

「僕と付き合おうよ。いいでしょ?これからホテル行こう?」
山ちゃんが何言っているんだか、今のあたしの頭の中では理解不能。
一旦体が離された。
あたしは怖くなって足が震えてきた。
だって目の前にいるのはいつもの山ちゃんじゃなくて、欲望に塗れた獣みたいだから。

怖い、怖いよ・・・のっち。
のっち、助けて・・・。

あ・・・ヤバい、キスされる!
そう思って顔を背けた時、後ろから誰かに引き寄せられた。
引き寄せられた瞬間、顔は見れなかったけど誰だかすぐわかった。
だってこの香水の香りはあの人しないから。




「テメー!!あ〜ちゃんに、何しようとしてんだよ!!」
すごい怒号だ。
あぁ、やっぱりのっちだ。
この人はあたしがピンチの時に必ず助けてくれるスーパーマンなの?

「お、大本さん!?」
山ちゃんは完全に動揺してる。
「てか、なんかしたのかよ!!」
のっちはすごい剣幕で山ちゃんの胸倉を掴みかかった。
山ちゃんは完全にビビッてる。
「のっち!!大丈夫!!あ〜ちゃん、何もされてないけぇ!!」
のっちが今にも山ちゃんに殴りかかりそうな勢いだったから、あたしはのっちの腕にしがみ付いて必死に止めた。

のっちのいつもハノ字に垂れる眉は今日はつり上がっていた。
「ほんまに?何もされてないの?」
「うん・・・」

「もう二度とあ〜ちゃんに近付くな!!近付いたら、今度はマジで容赦しないから!!」
「・・・はい。もうしません」
山ちゃんをホテル街に残し、のっちはあたしの手を取ってズンズンと歩き出した。

繋がれたのっちの手は熱かった。
今は冬なのに、すごく熱かった。
これはのっちの今の感情を表しているの?
だから痛かった。
握られた手が熱かったし痛かった。

「のっち、痛い。手、痛い」
少し先に歩いてたのっちが立ち止まって、クルっとこっちを向いた。
いつものハノ字眉をした顔に戻ってる。
いや・・・いつもの顔じゃない。
なんだか泣きそうな顔だよ?

「のっちぃ・・・」
そんなのっちの顔を見てあたしも緊張の糸が切れた。
ブワっと涙が溢れ出てきた。
「怖かったよぉ。ヒック、のっちぃ・・・ヒック」
あたしは小さい子供の様に泣きじゃくった。

のっちは「もう大丈夫だよ」って、すごく優しく囁いてあたしを抱き締めてくれた。
ギュって音が出るくらい強く抱き締めてくれた。
のっちの腕の中に包まれたら、不思議と涙が止まった。

「ありがとう。助けてくれて・・・」
あたしがお礼を言うと、息だけの声で微かに「んっ」って答えてくれた。
のっちの体が震えてる気がした。
その震えを止めてあげようとそっと背中に腕を回した。
抱き締めるとあたしのスーパーマンは華奢で、この体で男の人に立ち向かってくれたと思うと愛おしく感じた。

あたしたちはどれくらい抱き合ってたんだろ?
それからの記憶は曖昧。
たぶんお互いあんまり喋らないで、手を繋いだまま帰ったかな。
でもこれだけはハッキリ覚えてる。
この日だけはのっちは夜遊びにいかなかった。
あたしが寝付くまで手を繋いでてくれたんだ。
何も言わず、ただ手を繋いでくれた。

ずっとこの日が続けばいいのにって。
のっちがあたしの傍にいてくれる日が続けばいいのにって。
心の底から願った。







最終更新:2009年09月03日 20:44