大本彩乃はCDの発売日に店に現れた。ゆかが手を振ると気が付いて微笑みかけてくれて。なんだかすっかり仲良しになれた様な気分でかなりの優越感。しかも今日は苺パフェがいない。なぜか嬉しかった。

「研修生の樫野さん、」

しかも商品の棚を整理してたら向こうから声をかけられた。今日はいつもより気合いを入れて化粧をした。もしかしたら予約した商品を大本彩乃が取りにくるかもって思ったから。
ゆかが振り返ると、やっぱあの大迫力の目が輝いてて。相変わらず美人だなって確認すると同時に変な胸の高鳴りも確認した。迫力のある美人には弱い。美しさに嫉妬はするけど、大本彩乃は普通の美人と違ってたし。

「CD取りにきたん?」
「うんっ」

大本彩乃はポケットからクシャクシャになった予約カードを取り出した。ゆかがお客様控えと店舗控えを間違えたやつ。大本彩乃は意地悪そうな顔して笑うから、ゆかはそのお腹にパンチをした。
「お、やったなー」なんて言って笑いながらやり返してくる大本彩乃は、見た目とのギャップに笑ってしまうくらい幼い印象。可愛い。

「今持ってくるから、レジで待ってて」
「ねぇ研修生の樫野さん」
「長くて言いづらいでしょ?」
「かしゆかさん、」
「なんですかのっちさん」
「バイト何時に終わんの?」
「10時だけど」

10時かー、なんてのっちは腕を組んで考えるポーズ。何かを期待してしまうゆかは、きっとニヤニヤしちゃってるに違いない。

「かしゆかは一人暮らし?」
「うん」
「料理とか出来んの?」
「出来るよ」
「うわ、ちょっと意外」
「失礼じゃろ…」
「あはは、冗談だよ、かしゆかの手料理うまそう」
「美味しいよ?食べにくる?」
「今夜?」
「今夜」
「行くっ」

まさかの急展開、自分のお調子者加減にげんなり。そもそものっちが乗せるの上手な気がするんだよね。世話してあげたくなる様な、母性本能をくすぐる様な仕草をたまにするから。
店内の時計を確認すると9時半ちょうど。

「あと30分あるけど…」
「待ってるよ」
「良いの?」
「全然待つよ、CDショップに住みたいくらいだもん」
「あ、それ分かる」

彼女の予約していたCDは、何度も言うけどゆかの大好きなユニットの物で。やっぱりオシャレな音楽はオシャレな人が聞くんだ、なんて思いながら斬新なジャケットを眺めて頬が緩んだ。ゆかも女の子としてオシャレには興味あるからね。
包装して袋に入れて、彼女に渡した。珍しい変わったデザインの財布から一万円を取り出してカードと一緒に差し出す彼女を見て、普通の人が持ってたらちょっとビックリする様な財布もめちゃくちゃオシャレに見えて、さらに綺麗な一万円札にヤバイくらいテンションが上がった。この人どこまで格好良いんだろ。

「お釣りはもらって良い?」
「ダーメに決まってんじゃんー」
「今夜の食費だよー」
「あ、そっか、食費か」
「冗談だよ」

小さく笑う彼女を見て、ゆかも笑った。お釣りを渡す時に手が触れた、それすらなんだか嬉しくて。もっと仲良くなったら、もっとスキンシップも取れるかな、なんて。この美人の隣を歩いても恥ずかしくない女になれたら、きっとその時はゆかも格好良い女になれてんのかもしんない。そう思った。






のっちに似合う女にならなくちゃ。この顔でこのスタイルで抜群の姿勢で歩くのっちの隣を並んで歩けるだけのオシャレな女に。
そしてめちゃくちゃ仲良くなって、どこへ行くにも一緒みたいな、女子高生とかによくある大親友もといニコ一みたいな。とにかく周りにゆかの格好良い親友を見せびらかして誇れて、「あんな格好良い友達がいるかしゆか格好良い」くらいの、そーゆー関係よ。
aiko好きの苺パフェより、ゆかの方が音楽とかファッションとかの趣味も合うと思うんだ。だからね、これは大チャンスなんよ。のっちと超親友になれるなら、ゆかは何だってするよ。


「じゃあ、とりあえず店内うろついてるね」
「あ、ねぇねぇロックも聴く?」
「うん聴くけど」
「9mmの新しいアルバムあるけど、いる?」
「え、タダで?」
「うん、中古ってゆーか試聴用のだけどちゃんと歌詞カードも付いてるよ」
「欲しい欲しいっ、やった!」
「じゃ後で持ってくね」
「ありがとゆかちゃん!」

あと少し、あと少しだ。
良い感じだよゆか、上手い具合にのっちと仲良くなってきてんじゃん。若干物で釣ってる感もあるっちゃありますが。やっぱり趣味が合うんだよ!やっぱり9mm好きなんじゃん!苺パフェなんかより、ゆかのが隣を歩くのに相応しいよきっと!

妙な高揚感を隠しきれないまま、そんな感じで残りの30分、お客さんも少なくダラダラ予約受付の整理をしつつ、試聴コーナーでヘッドホンをかけてる後ろ姿に熱い眼差しを送ってた。




バイトが終わって更衣室でエプロンを外す。鏡で化粧と髪型をチェックして、なるだけ急いで待ってるのっちの所に向かった。

「お待たせ」
「お、ビックリしたー」

爆音で試聴していたであろうのっちは、ゆかが後ろから肩を叩くとビクッとなって振り返った。ヘッドホンを外して音楽を口ずさむ。それすらオシャレだ。

「はい9mm」
「ありがと!」
「この新曲のPV格好良いんよ」
「知っとる、前見たもん」

のっちはCDを受け取るとなんともご機嫌で。そんな風に喜ばれたら、もっとたくさん喜ぶ事がしたくなるじゃんか。のっちって誰にでもこうなのかな?だとしたら意味なんてないけど。

店を出てエレベーターで一階へ。その途中、彼女はCOACHのブラックのキーケースをポケットから取り出した。

「車持ってるんだ」
「うん」

消えかけの蛍光灯だけが、うっすらと湿ったカビ臭い駐車場を照らしている。一番奥の隅っこ、彼女の車と思われる真っ白なセダン。

「のっちこんな良い車乗ってんの!?学生の分際で!?」
「親が前乗ってたやつだよ、新車買ったからくれたの」
「え、でも凄い、かっこいい」
「古いし燃費も悪いよ」
「いやでも、かっこいいと思う」

のっちに似合うってゆーか、なんかさっきからゆかそれしか言ってない気がする。だってこんなの絶対ゆかには似合わないんだもん、苺パフェにも似合わないし、のっちくらいしか似合わない。
それはきっと憧れとか嫉妬とかでない何か。好奇心をくすぐられるというか、この一風変わった美人をゆかが頭のてっぺんから足の爪の先っちょまで理解出来たらどんなに凄いだろうか、っていう。だけどそれと同時に湧き出るのは「ゆかも理解して欲しい」という身勝手な欲望。恋人よりも両親よりも友達よりも、この人に理解して貰えたら凄い事だろうな。出会って僅かな人間とこれ程まで解り合いたいと思うなんて不思議でおかしな話だけど。彼女に解って貰えたら、自信に繋がる、もっと強くなれる、そんな気がして。






のっちは車を走らせる。慣れたハンドル捌き、周りの景色はいつもと違って新鮮で、その横顔はずっとさっきゆかがあげたCDを爆音で鳴らしてご機嫌だ。指でハンドルをトントンやってリズムを取ったり、頭を小さく上下に振ったり。
何をやるにも様になってて、思わず真似したくなって真似をすると、のっちは照れくさそうに笑った。

「確かこの辺りだったよねー?」
「何ー?」
「家この辺りでしょー?」
「そこ左曲がってー」
「はーい」

音楽に声を掻き消されない様に至近距離まで顔を近付けてきたのっちの左耳には二個のピアスがあった。香水の匂いとか、そういうのも余す事無く知っておきたい。
この人を一番語れるのが自分であれるように、全ての神経を集中させる。

「はい到着ー」
「あ、うん」
「突撃樫野さん家の晩ご飯ーいえー」


エレベーターに乗って三階に到着。ずっと落ち着かない様子でヘラヘラしてるのっちはやっぱりなかなか理解が難しい。ゆかの後ろを着いてくるのっちの目は見慣れない光景に目を輝かす少年そのものだった。


「どうぞ、狭くて散らかってるけど」
「お邪魔しまーす」

部屋に入った瞬間、のっちは部屋中を見渡してた。至ってシンプルな部屋だけど個性的かも。ゆかの趣味で撮った写真なんかが壁やらに貼られてるのをのっちは「すげー」って真剣に見つめてた。そんなのっちに安心して、ゆかはキッチンで調理を始める。
こんな夜遅くにご飯なんて作らないし食べないけど、とりあえずある物で簡単にパスタなんかで良いよね。

「のっち、パスタで良い?」
「うんパスタ大好き、何か手伝おうか?」
「うーん特にない、かなぁ」


この時、ゆかは気が付いたんだ。
この人が男っぽいんじゃなくて、ゆかがこの人の前で女なんだという事。自分の女らしさを誇張するみたいにキッチンに立って特に得意でもない料理を「慣れてます」って顔して平気でこなしたり。化粧に気合いを入れたりしたのもきっとそうだ。

おかしい、なんでだろう。
相手は普通でない女の子、ってだけでなんでゆかはこんなにも女らしくなるの。可愛いって思われたい訳じゃないはずなのに、彼女に似合う女になりたいだけなのに。
彼氏と一緒にいる時は女らしくある事が苦痛だったりした。男はいつだって彼女に「女らしさ」を求めたがるし、それに応えないとプライドが崩される様な変な不安があったりもした。

だけど大本彩乃は違う。
全く苦痛でない、むしろのびのびと女らしくいられる。料理ってこんなに楽しかったっけ、って自然と口元が緩んでく。そんな違和感ばかりを感じて、アルデンテを目標に鍋の中のパスタとにらめっこを続けた。

「ねぇねぇ、そういえばさ、彼氏と結局別れたの?」
「うーん…まだ」
「まだ言えてないんだ」
「昨日言おうと思ったんだけどタイミング逃しちゃったってゆーか、」
「てか昨日ヤったんだ」
「え?」
「ゴミ箱にコンドームの箱が捨ててあったから」

のっちはそう言って、ゆかを見つめる。責めるみたいな目で言うから、胸がおかしな鼓動を刻み始めた。
なんでこんなにも動揺してるんだろ自分。昨夜の彼の愛撫はうざくて何度も強く拳を握って耐えたっていうのに。のっちは好きでもない男に簡単に足を開くゆかを軽蔑するみたいに、冷たい視線を送ってきた。


「やっぱりかしゆかは冷酷だよ、彼氏が可哀想」


その言葉が深く胸に突き刺さって、茹で過ぎたパスタは柔らかくて美味しいとはとても思えなかったけど、のっちは「美味しい」と言ってしかもおかわりまで平らげた。
この夜は、ゆかが思っていたよりも彼女と解り合う事は難しい事なんだと実感し、苺パフェとはまた違う自分のとことん女な部分に嫌気がさした。まだゆかに彼女の隣に並ぶ資格はない。



◇0B:終◇







最終更新:2009年09月03日 20:48