休みだっていうのに、空は曇ってるし、部屋に君はいない。
飲んだままのペットボトルがたくさん並んでるし、
脱いだシャツもそのまま散らばってる。
私はかれこれ4時間近くベッドに横になったままだ。
ぼんやりと昨夜の夢を思い出す。
「のっちのこと、すごい好き。
じゃけど、それはのっちの思うような恋愛感情じゃないかもしれん」
「ほんまに好きやけぇ、友達としての好きとも違うんよ。
キスしたり抱き合ったりしたいと思う。他の友達にはそんなことは思わんもん」
二つの矛盾したセリフを突きつけられて、
目の前が真っ暗になって目が覚めた。
悪い夢だ。
…ファイナルが終わってから、私は何度もあ〜ちゃんを抱いた。
私の刺激に素直に反応するしなやかな体を、熱を帯びて漏れる息を求めた。
抱きしめ返してくれるその手を、信じてないわけじゃないのに。
もしかしたら。
あ〜ちゃんは関係維持のために、私とつき合うことを選んだとしたら。
好きだと言われて、私を手放したくないという気持ちだったとしたら。
自分を大事にしてもらう手段のひとつとして、
あの時断らなかったんだとしたら。
今はきっと、普通の恋人のようなつき合いなんだろうと思うけれど。
別に不満なんて全然ない。でも不安はいっぱいだ。
二人の関係を、あ〜ちゃんはどうとらえているんだろう。
白い天井を見上げて目を閉じると、着信が鳴った。
『今日ネイルしてもらってきた!!今度一緒にいこーね』
キラキラの写メつきメール。
このどうでもいい思考から脱するきっかけを与えられ、
私はすこし気が楽になって、携帯を閉じた。
そういや、最近は二人でいても、
ずっと部屋で過ごしてて、どこにも行ってなかったな。
−A-side
「じゃけぇ、うちの学校でね…」
あれあれ。かっしーの声が聞こえてこない。
ちょっと、疲れてるのかな。
声は遠のいてるけど、笑顔のかっしーを見て、すこし癒される。
横に目をやると、のっちは事務所のソファでぐーぐー寝てる。
あーあー。またよだれつけちゃうよ。
赤ちゃんみたいに寝てる。かわいいなあ。ほっとけないよ。
ソファからはみだしてだらりと垂れたその手足を見る。
最初こわごわ伸ばしてきたその腕は、
いつのまにかたくましくて力強いものへと変化した。
どんな些細なことからも私を守ろうとしてくれる。
でも最近、それはなんだか苦しい。
会うたびに抱かれているけど、何かを埋めるような。
「信じてないわけじゃないけど」
ゆかちゃんには聞こえないように、のっちの方を見て呟いてみる。
のっちが考えてることくらいわかる。きっと不安なんだ。
私に対する思いとか、この関係とか。
のっちはその気持ちを私にぶつけてくる。
やりきれなさを脱がす手に、抑えきれない焦燥を唇の荒い動きに変えて。
でものっち、考えても仕方ない。
自分たちで選んだことなんだから、
自分たちで背負わない限りは、何かにぶつけたって仕方ない。
私はそれを知ってる。
だから、少々乱暴に求められても、すがるような目をされても、
私はのっちの求めるままに応じてるつもりだった。
傷ついた子供みたいな顔をしてるのっちに、ただ抱きしめられるしかない。
…でも。
私じゃのっちの不安は取り除いてあげられないのだろうか。
あの大きくて真剣な目の中に、ちゃんと私は映っているのだろうか。
覚悟なんて、私はとっくにできてるのに。
脳を貫くような知らせがあったのは、
私がソファでうっかり寝入ってしまった頃だった。
「今日の企画、あ〜ちゃん初恋の人登場!で行くことになったよ」
さんざん事務所で待たされて、
もっさんが持ってきたのは三冊の台本だった。
さっきまで寝てたのに、急に頭が冴えてくる。
いつかこういう日は、なんらかの形で来ると思ってたけど。
「すごーい!!」
かっしーの叫び声が聞こえた。
「ほんまじゃったんか!めっちゃドキドキする!!」
あ〜ちゃんもいつもの調子だ。
薄目を開けて見ると、二人で盛り上がってきゃーきゃー言っている。
握りしめた手に力が入ってしまう。
とりあえず、私は寝てるふりをすることにした。
…初恋のひと、か。そんなのいない方がおかしいし。
今関係ないから出ても問題ないってことに違いない。
気にする方がおかしい。
そう思って目を開けようとしたとき。ふと頭をよぎった。
ほんまじゃったんか…?
そうか。あ〜ちゃんは知ってたんだ。この企画を。
知ってて、私に言わなかった。
「まあ、いつもどおり楽しんでおいで。」
さらりと言ってもっさんは部屋を出ていった。
みぞおちを殴られたようにな苦しさが、胸を支配する。
私は結局、そのまま目を開けることができなかった。
−A-side
初恋の人との再会後、緊張と興奮はなかなか覚めなかった。
その頃の自分が思い出されてなんだか懐かしい気もしたし、
何よりテレビであんな企画をしてもらえるようになったことが誇らしかった。
でも。ちょっと、のっちのことがひっかかる。
のっちの些細なやきもちは、今までも何度かあった。
ラジオやテレビで芸人さんと絡んだときとか、
雑誌で他のアーティストさんと対談したときとか。
だいたい後で機嫌が悪くなる。
仕事人だから、収録の間は全然心配なかったし、
彼女はちゃんと責任を果たしてたと思う。
ゆかちゃんは急ぎの用事があるとかでもう帰ったし。
すこし、甘えさせてあげんとね。
いつもみたいに頭をなでてあげたら、きっと機嫌くらいすぐに直してくれる。
楽屋のドアを開け、こっそり鍵をかけた。
のっちは楽屋のすみっこで背中を丸めて横になってる。
投げ出された手足が何か言いたげ。やっぱり。
「のっち」
返事がない。でもこういときは、きっかけはこっちから作るしかない。
のっちはヘタレじゃけぇ。
「なーんもやましいことはないけぇ」
近づいてしゃがみこんでみる。黒い髪がぴくりとも動かない。
まさか寝とるん?
「まーた、妬いとるんじゃろー」
背中をツンツンして、甘めの声で言ってみた次の瞬間。
のっちが急に起き上がって、私をあっさり畳の上に押し倒した。
「もー痛いってば」
そう苦笑いで言えば、のっちはきっと照れながらこう言う。
『ごめん!我慢できんかった!!』って。
…でも今日は私の想像を超えていた。
眉が八の字になるどころか、彼女は冷たく言い放った。
「うるさい」
笑顔が疲れた。早く帰りたかった。
すべての収録が終わり、緊張と嫉妬で私はくたくたになっていた。
…あ〜ちゃんはスタジオでうれしそうに笑ってた。
その頬を、今は数10cmの距離で見下ろしている。ひっぱたきたい衝動にかられる。
自分でも怒ってるのか悲しいのかよくわからないけど、
ひとつだけはっきりした感情がある。
目の前のこの子をなんとかして支配したい。
耳の下あたりにキスをする。今ここに唇を寄せられるのは自分だけだ。
鎖骨の上も。肩も。自分だけだ。
「そんな顔してから。ここどこじゃと思っとるん?」
胸にうずめようとする私の顔をぐいと両手でつかんで、
あ〜ちゃんはさっきから何度も困った顔をする。やさしく笑いさえする。
そんな顔をされてしまうと、全てを見透かされている気がして、
なんだか余計に腹が立つ。少しは動揺してほしいのに。
両手首をつかんで畳におしつけた。この手もこの髪も、すべて私のものだ。
「…痛い」
小さな声が聞こえる。
私の心の方がずっと痛い。わかってない。
長い間その唇をふさぐ。あ〜ちゃんは抵抗しない。
私の動きを読み取って、受け入れる。
その唇のやわらかさとたどたどしい動きから、やさしさが伝わってくるけれど。
息を漏らしながら、あ〜ちゃんが何か言う。
「のっち…」
「息が…できんよ」
やさしさだとか愛情だとか。今はそんなものがほしいわけじゃなかった。
ただわからせたい。誰が一番かを。
「じゃあ、しなくていい」
ふわっとした空気と匂い。誰だってその甘い香りに酔ってしまう。
それを自分だけにひきつけておくことなんて、できるんだろうか。
左手で肩を抱きながら、小さくないその胸に右手をあてる。
何度もこうしてきたはずなのに。全然足りない。
「んっ…」
舌先を首筋に這わせながら、いろんなスイッチを押していく。
「なんでっ…んっ…こんなこと…するんっ」
あ〜ちゃんの体は素直だ。
何か言いながら、きれいな曲線を描いて波を打っていく。
「もっと声出してよ」
嫉妬と愛情で心の中が黒く淀んでいくのがわかる。
もっと困らせたい。
「…そんなこと…ん…っ」
耳や首の周りで声を出すと、びくっとするのを知ってる。
囁きながらそっと触れると、Tシャツ越しに背中に爪を立てられるのがわかる。
君が一瞬にして甘くなるところで、私が得意とするところ。
「いいからいうことききなよ」
「…んっ」
声が大きくなった気がした。
満たされていく支配欲に、脳がとろけそうになる。
自制なんか利かない。
「…ここ?」
すこし止めて、わかってるのに聞く。
あ〜ちゃんは何も言わないで、私の腕にしがみつきながらうなずく。
それでいい。でもまだ足りない。
「ちゃんと言わなきゃわかんないって」
増長していく激しさで、肩を抱く力が強くなっていく。
「…どうしてほしいの?」
顔をぐっと近づける。すべての動きを止めて、次の言葉を待つ間。
なんともいえないいとしい顔を歪めて、あ〜ちゃんは何か言おうとしてる。
見下ろした先には、伏せられた目。
ゆるやかなカーブで描き出される奇跡的なライン。
一瞬でも気を抜いたら、心がほだされてしまいそうだ。
でもその目が開かれた時、あっさりとその一瞬はおとずれた。
「…のっちの、好きにしていいよ」
気づかないふりはできなかった。
愛されてる、そう思えるほどの。やさしい目だった。
あ〜ちゃんはその華奢な体で、
あまりにも一方的で稚拙な私を受け入れようとしている。
「…もう、いい」
こんなときにまで、気を遣わせて甘やかされて、
そんな自分がくやしくてくやしくて仕方がなかった。
体を離して起き上がる。
一切嫌がらずに私を受け止めた結果、残ったもの。
強くつかまれて赤くなった手首。
はだけてしまった胸元と、裾がめくれてのぞかせた白い肌。
「そんな顔してから。」
起き上がって私の髪に触れようとするあ〜ちゃんの手を振り払う。
「のっち、どこいくん?」
背中から声が聞こえたけど、振り返れない。
行く場所なんてない。
あ〜ちゃんに返す言葉を必死で探す。
傷つけてしまったかもしれない。
何か言葉が出るようにと、祈るようにドアノブを回した。
でも私は最後まで、何ひとつやさしい言葉をかけることができなかった。
(つづく)
最終更新:2008年10月11日 14:44