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side.K


アイスコーヒーを買って席に戻る。
自分でカウンターに行って自分でミルクやらストローやら用意して、自分で受け取ったコーヒーを席まで運ぶ。
面倒だなと思った。
昔はこんなことでいちいち不満なんて持たなかった。
むしろ楽しんでた気がする。
最近はダメだ。
あたしは気分じゃなくても誰かに誘われれば付き合ってしまうし、自分の思い通りになにかを行うことも得意じゃない。
自分が周りからどう見えるか。気になる。別に自己愛者な訳じゃなくて、きっと誰よりも自分に自信がないから。間違ったことをしてないか、周りから浮いていないか。全力でその場に溶け込む。
目立たない様に。それは、良い意味でも悪い意味でも。そのどちらでもないのなら、あたしは普通だ。
きっと芯の強い自分をしっかり持った人なら、こんな下らないこと考えることはないんだろうな。
人にどう映ろうが、あたしはあたし。きっと、あたしには生涯言えないセリフ。


目の前にいる女の子を見つめる。
あたしだって、ホントは甘いのが飲みたかった。
おやつにクッキーだって食べたかった。
そうしたなら、きっと『あたしにも一つ頂戴』って、言ってくれただろうな。
人のこと、悪く言ったりなんてしない子だもん。ううん、きっとそんな風にすら考えない。他を尊重することを自然に行えてるんだ。
きっと自然で楽しい空気を作り上げてくれたハズ。
それが分かってるから、昔はこの子と一緒の時はあたしだって自由にした。
やりたいことやって、食べたいもの食べて、言いたいこと言った。
きっとあの自分が、一番自分らしい自分だったんだろうな。
今となっては、それもできなくなってしまったけど。
自分に自信がないそのくせ、誰より自分がかわいい。本当にどうしようもない。


あたしがアイスコーヒーを手に席に戻った時の彼女の反応は「ゆかちゃんおっとな〜」だそうで。
それに対するあたしの応えは「普通だよ」とかいうつまらないもの。
違うでしょ。こんな内容もない受け答え必要ないでしょ。
頼むから勘弁して欲しい。いい歳していつまでもそんな子供みたいなテンションでいるのは、見ていてなんだか滑稽だ。
彼女が子供だと言ってるんじゃない。勿論、敢えてそう振る舞ってることは分かってる。まだ一人で大変な世界に身を置いているんだ、辛い思いだって苦しい思いだっていくらでもあるだろう。
本当はあたしなんかより、もしかしたらずっと大人なのかもしれない。
ただ、今あたしが感じた気持ちを言わせて貰えば、天真爛漫な彼女は時にウザったい。



side.A


目論みが違う。
見当外れ。
彼女の反応は、ひどく薄く冷たい。そりゃそうだ。
本当に自分の思考の浅はかさに嫌気がさす。
何年付き合ってるんだよ。彼女はこんな状況で軽々しく笑ってられる子じゃないでしょ。
それでも、あたしはこんな時どう振る舞えば良いのか分からない。長年かけて培った一番無難なあたしの姿。良くも悪くも、大時化を生まない。
生きてきた時間の分だけ、自分のことを嫌いになる。どうしてこうあたしっていうのは、応用が利かないんだろう。この子もあの子も、あんなにも器用に立ち振る舞うのに。『そこがあなたの良いところよ』在り来たりな慰め。そんなもんは求めてない。
いつまでもあっけらかんとしたラッキーガールじゃいられない。そんなの、とっくの昔に気付いてるよ。


平日の夕方。街行く人はみんな、なんだか急いでいる様に見える。
自分だって仕事帰りと言えばそうだけど、ゆっくりと時間を使うことを許されてる時に限って、なんだか過ぎて行く時間に焦ったりする。
みんなどんどん進んで行くのに、あたしだけ置いて行かれてしまう様な、そんな感覚。
大体さ、本音で生きるのと建て前で生きるのと。どっちが正しいとかどっちの方が良いとか、そんなんあるの?
もしあったとしたら、それは誰が決めてるの?

人それぞれでしょって言われたら、それまでだけど。
きっと今彼女にこの疑問を投げ掛ければ、そう答えられそうだけど。


「ねぇゆかちゃん」
「うん?」
「あたしは進んでるかな?」
「……どうだろうね。少なくともあたしよりは進んでるんじゃない?」

彼女も通りを眺めていた。
なるほど。自分以外を見りゃそうなるか。まぁ、それもそうだけどね。


二人して通りを眺める。
なにかの準備をしてるみたいに、会話はない。
カップに口をつけると、氷ばっか入ったキャラメルマキアートが薄くなって、なんともはっきりしない味に変わっていた。


「昨日さ、のっちのとこ行ってきた」



side.K


いきなりだな。そう思った。
特別意識してたからかもしれない。
普段の他愛もない会話だって、話始めはどうだったかなんて聞かれても、そりゃまぁいちいち憶えちゃいない。
そんなもんなのかもね、会話なんて。


『のっちのとこ行ってきた』
知ってるよ。知ってるけど、それをあたしに言うの?
なに考えてるかは分からないけど、自分の中で静かに覚悟ができて、冷静になって行くのが分かった。


「でもね、のっちおらんかったんよ。また夜遊びしとるんかね、まったく」
「え……」


おらんかった?
だって昨日……
あぁ、そっか。知らないんだ、あ〜ちゃんは。昨日あたしものっちの部屋に行ったこと。
だから、あたしが知ってることも知らないんだね。
それで、うそついた。


カップの氷をストローで弄っている彼女を見て、自分の口元が弛んでいくのを感じた。
なんだ、お互い様じゃん。
一転彼女を責めるって訳にもいかないけど、自分ばかり責める必要はなくなった。
そして、彼女はあたしからなにも奪う気がないことも分かった。
あたしを傷付けない様に、水面下で動いてるつもりなんだろう。
気付かれなければ、そうしたいと思ってる。それなら、のっちの口止めしとかなきゃ……言わないと思ったのかな。まぁ、普通は言わないだろうけど……


「そうなんだ。じゃあ、会えなかったんだ」
「うん。ゆかちゃんも心配じゃろ?」


全部知ってますって言ったら、彼女はどんな顔するだろう。どんな事を話すだろう。それも、見てみたい気がした。
しかしのっちのことだ、昨日今日のことは、次にあ〜ちゃんに会った時に話してしまうだろう。口止めするのもおかしな話だし。
心の中が驚く程落ち着いた。頭がクルクル回転する。

また一つ増えた知識は、悲哀よりも憎悪の方が強い感情であるということ。

現段階あたしよりあ〜ちゃんの方が、今ののっちには近しいだろう。気に入らない。


ねぇ。そう話し掛けようとした瞬間、殆ど同時に携帯が二つ鳴った。
一つはあたしの。このメロディはのっちからのメールの着信だ。
そして彼女の携帯も、恐らく送信者は同じだろう。
メールを確認する。 —暫く会いに来ないで下さい— たった一行。
あたしは考える。どうして? またくるねって、言ったのに……
彼女を見ると、携帯に向かって柔らかに微笑んでいた。訳知り顔。


益々、気に入らない。


〜続く〜






最終更新:2009年10月22日 16:37