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ゆかの誕生日は江ノ島で二人で過ごす事になった。のっちが急に「江ノ島に行こう」なんて言いだしたから。前に行った時と違って日帰りだけど、それでものっちのご機嫌な運転に気分は軽い。

「かし、お腹空いた」
「お弁当作ったけど…まだ早くない?」
「サンドイッチ食べさせて」

餌を求める小鳥みたいに口をパクパクさせる間抜け面ののっち。ゆかは仕方なくお弁当を開いて一口サイズのサンドイッチをその口に入れてあげる。のっちのベロが指に触れた。のっちは気にせず前を走る遅い軽自動車を追い越した。



久しぶりの江ノ島だった。前より荷物が軽いから視野も広がった気がする。だけど師走の江ノ島の空は高くて思ってたより寒かった。

「さっぶいよー」
「うん…」
「水族館いこ」
「うん」

手は不思議なくらい自然と繋がれた。伸びてたのっちの爪は短く切り揃えられている。そういえば昨日ヤスリをかけてたっけ。
まぁそんな事はどうだって良くて、ゆかは水族館に到着するまでの道のりで何度ものっちの足を止めて何気ない景色をカメラにおさめた。その度に手は離れたけど、また歩きだす度に当たり前みたいに繋がれる手は温かくてゆかの頬は緩んだ。


クリスマスイブのイブ、昔はこんな中途半端な時に生まれたのが嫌だった。だってみんなにプレゼントはクリスマスと一緒にされちゃうし、ケーキだってクリスマスと兼用になっていたのが嫌で。それも今じゃ慣れたけど。

「ねぇのっち、イルカ触れるかな」
「触れんじゃろ、冬だもん」
「そっかー触りたかったなぁ」

何度も来たこの水族館、もうどこにどの水槽があるかなんてほとんど把握していたけど、のっちは凄く子供っぽい顔をしてたからゆかも新鮮で。何枚も写真を撮った。のっちとイルカとのツーショットもたくさん。
やっぱりのっちの空気感が好きだ。居るだけで、なんだか体が軽くなる。二年以上付き合ってるとドキドキとかそーゆーのは無くなるけど、それがなくたってゆかはのっちを大切に出来るし。
ゆか、変わったな。昔と全然違う。だけど今も昔も変わらないのは、全ての生活に現実味が無い事だ。それはまだ若いから許されるよね。今は今の事だけを考えていたい。現実を見て先の事なんて考えてたら頭がおかしくなっちゃいそうなんだもん。





海岸を見渡せる公園で食べようと思っていたお弁当は、結局移動中に全部食べちゃったし。しかも冬の海って寒すぎる。移動中に食べて正解だと思ったよ。

「かし見て、でっかい貝殻」
「……寒い」
「おわっ、もっとでかいのおった」

犬だ。まさに。
冷たい風が吹き付けるせいで髪がもうグッチャグチャ。ベンチに座ってゆかは冬の海ではしゃぐ犬を見つめて溜め息を吐いた。のっちは何かを拾ってはゆかに見せてくれた。ベンチのゆかの隣にはのっちのコレクションが増えていく。

「のっち、寒い」
「寒い?寒くないよ」
「さむいー」
「じゃあ…帰ろうか」
「うん…」

ゆかはコレクションの一つの綺麗な貝殻をポケットに放り込んで、立ち上がった。のっちが差し出してきた手を取ると、砂でザラザラしていた。




ご飯を食べてお腹いっぱい、ケーキも買って家へと帰宅する。のっちは少しお疲れモードだった。

「ただいま」
「ただいまー」

部屋の灯りを点ける。住み慣れたこの部屋には二人の匂いで溢れてる。のっちはコートとマフラーを脱ぎ捨てて、テーブルにケーキを拡げた。ロウソクを二本、笑顔でケーキに突き刺した。
去年の誕生日は一本だった。「同棲を始めて一回目だから」って理由で。だから今年は二回目だから二本。のっちはピンクのロウソクにライターで火を点けた。

「よし、オッケー」
「…」
「ハッピバースデートゥーユー♪」

のっちは笑顔で手拍子しながら歌った。ゆかも笑顔で手拍子する。色々あったけど結局ゆか達は一緒にいるんだ。のっちは自由に遊んでいれば良い、ずっと働かないまま遊んでいても別に良いと思う。
のっちは大人になんかならないで、ずっとずっとゆかに甘えていれば良いなんて、最近本気で考えてる自分はとことんバカなんだろうな。甘えているのはゆかの方だ。


ロウソクの火を吹き消すと、のっちはいつの間にやら用意していたクラッカーを派手に鳴らした。「めでたいねぇ」なんて言いながらのっちは缶ビールまで開けている。
二人でケーキを食べながら、漫画の話、テレビ番組の話、音楽の話、ファッションの話、色々話しながら「やっぱりヤスタカは神」って結論に至ったのは10時過ぎだった。久しぶりにのっちと好きな事の話をした気がする。やっぱりここまで気が合う人はなかなかいない。やっぱり運命なのかも、なんてガラにも無い事を言ってみたりする。


ケーキを綺麗に平らげると、お風呂を沸かしてゆかが先に入って、今はのっちが入ってる。ゆかが今日撮った画像を確認しようとパソコンを起動した時、携帯が鳴った。滅多に鳴らない着信音。ゆかは少しためらって、携帯を開いた。

「もしもし…お母さん?」
『あ、ゆかーお誕生日おめでとう』
「うん、ありがとう」
『元気にやってる?無理してない?』
「大丈夫だよ、心配しないで」

声を聞くのは何ヵ月振りだろう。何も変わらない声に安心感を覚える。離れていても家族は家族なんだな、ってこんな時ばかり思い知らされるんだ。

『大晦日には帰ってこれそう?おばあちゃん達もゆかに会いたがってるから』
「うん、大晦日には一回帰るつもり。でもそんなに長くはいられないと思う」
『じゃあ大晦日に待ってるから、気を付けてきなさいね』
「うん」
『それと、たまにはお父さんにも声聞かせてあげてね』
「今いないの?」
『会社の人達と飲んできて、そのまま寝ちゃった』
「そっか、」
『恥ずかしがり屋だから自分から電話できんのよ』
「あはは、そうだね」

大晦日には会えるのか、楽しみだけどなんか緊張するな。お父さんは相変わらずなんだろうな。おばあちゃんはいつになってもお年玉をくれるし。みんなに東京ばなな買っていこ。

「電話、ありがとね」
『いえいえ』
「お母さんも元気でね、おやすみ」
『うん、おやすみ』

静かに電話を切ると、後ろから肩をそっと抱き締められた。濡れた冷たい髪が首筋に当たって体が震えた。ポタリと一滴、携帯の画面に落ちて弾ける。


「…のっち…?」
「…お母さんから?」
「うん…」
「…そっか」

のっちは何かを言いかけてやめた。他に特に何も言わず、のっちはゆかに何かを握らせた。




「鍵…?」

自転車用みたいな鍵だ。のっちが昼間江ノ島の水族館で買っていたイルカのキーホルダーが付いている。


「誕生日プレゼント」
「鍵?なんの?」
「車のトランクに積んである」

立ち上がろうとするゆかを引き止めて、のっちはそのままベッドにゆかを押し倒した。手から鍵がこぼれ落ちる。

「明日、ちゃんと見せるから」
「やだ今見たい」
「ダメだよ、あと五分で23日終わっちゃうもん」

のっちはどうしても行かせてくれない。変な焦りの様なものが濡れた前髪の隙間から見て取れた。ゆかはそんなのっちを見上げながら、久しぶりの欲を受け止める準備を密かに始める。
あの頃と違って高鳴りはしない胸を撫でられると、今さらながら恥ずかしくなってきた。のっちは部屋の灯りを消すのに立ち上がった。その時に、ゆかは落とした鍵を静かにテーブルの上に置いた。まさかプレゼントなんて用意してると思ってなかったから、ビックリしたよホント。


すぐにのっちはゆかの手を取って強く握る。しばらく見つめ合ってキスを何度も繰り返すと、じんわり内股が熱くなっていくのが分かった。あれだけ色々あって一度は「もうのっちとヤる事はないのかも」なんて諦めてた時期もあったけど、こんなにもすんなりのっちの愛撫はゆかの肌に馴染んでく。

「は、ぁ…」
「なんか…前より感じやすくなってない?」
「ん、そんなことない」

ゆかの乳首を唇で挟みながら、のっちは笑ってゆかを見上げた。ゆかも笑って首を横に振る。「そっか」なんて言って、のっちは愛撫を再開する。
さっきから熱い、ゆかの内股。じんじんと痛みにも似た熱さだ。のっちは服を脱いで裸になる。ゆかも自分で脱いで裸になる。のっちはまじまじとゆかの体を見つめて、目を細めて小さく笑った。

「…ゆかちゃん」
「ん?」
「すげぇ、好き」


その一言にゆかの理性はゆっくりと溶けていく。涙腺は崩壊して、声を殺して泣いた。のっちは短く熱い息を吐いた。のっちが興奮しているのが分かって、ゆかは数ヶ月振りに胸が大きく弾んだ。
のっちの指が中に入る、「超濡れてる」とか「中あっつい」とかっていうのっちの報告に、ゆかは何度も頷いた。今のゆかはそれで正しいんだもん。泣きながらいっぱい頷いて、いっぱい声を出して、溢れた水分は全てベッドシーツに吸い込まれていく。
右の耳にはのっちの乱れた熱い息と低めの声、左の耳にはぐちゃぐちゃ言ってる自分の音が響いた。ずっと止めて欲しくなくて、その肩にしがみ付く。「好き」だとか「大好き」だとか、のっちの口から溢れるみたいな低めの声が何度も頭に突き刺さった。
「気持ち良い」「ゆかも大好き」って声を振り絞る度にのっちはゆかの唇を貪った。この二人の体に一ミリの隙間も無いくらい、一つになっちゃうんじゃないかってくらい、全身でお互いを感じ合って求め合ったら、ビックリするくらい早く夜が明けた。







「じゃじゃーん!」
「可愛いー!」

のっちが車のトランクを開けると現れたソイツに、ゆかは絶叫して抱き付いた。前に欲しいって言ってた折り畳み自転車がそこにはあった。しかもサドルにピンクのリボン付き。だけどゆかの声はちょっぴり枯れていた。

「乗りたいっ、早速乗ってみたいっ」
「どうぞどうぞ」


それからゆかは一時間もそいつを乗り回して、見た事のない景色をたくさん見た。都心を離れたらそれほどまでクリスマスモードは漂っていなかっだし。
寒空の向こう側には新しい何かがありそうで、あの大きな木の所まで、その次はあの公園まで、って自転車を漕いでる内に本当に知らない場所に辿り着いてしまって、仕方なく電話で迎えに来て欲しいってお願いすると数十分後に来てくれたのっちは低いテンションで再びトランクにソイツを乗せるのであった。



◇07:終◇






最終更新:2009年10月22日 16:41