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サイドN


『・・・かぎ?』
『うん。鍵。』
後ろから抱き締めた彼女の目の前。
手の平に乗せたそれを見せた。


『戻るんだ。』
でもね、のっち淋しかったんだ。
思ってたよりも、もっとずっと淋しかった。
勝手なのはわかってる。
無理なことかもしれないのも、わかってる。


でも、、、


『ゆかが、、、大事な大事な忘れもの。』


ねぇ?ずーっと待ってなくていいから、
ずーっと傍にいてくれないかな?


なんて、、
そう言えたら、、


『それってさ、、、』
『ん?』
久しぶりに口を開いた彼女が発した声は、
少し震えていたけど、何かを確信してるみたいに、しっかりしてた。


『一緒に来てって意味?』



“うん。”
ここで、そう言えたら、どれだけ楽なんだろう。
今すぐにでも彼女の手を取って、“一緒に行こう”って言えたら、、。


だけど、、


『違うでしょ?のっち。』
何も言えない時間をさえぎったのは彼女の震えた声だった。


『そうじゃないんでしょ?』
二年も離れていたのに、
どうしてこうも、お見通しなのかな?
のっちの思考回路は、全部ゆかに筒抜けだ。


『うん。違う。そうじゃない。』


頬に伝う涙を、そっと撫でてやると、
すんって鼻をすすって、彼女は笑った。
その優しい笑顔のままで、のっちの言葉の続きを待ってる。


『これ。』
手の平を目の前に差し出すと、少し驚いた顔をして、それを取った。



『鍵?』
うん。鍵。
『それ、あげる。』
そう言うと彼女は首を傾げて、また少し笑った。


『ついてこい。なんて言わない。ゆかはゆかのやりたいこと、したほうがいい。
そのほうがいい。』
『うん。』
就職決まったよ?メールしたでしょ?あ、見てないか?
早口で言って、また笑う。
大好きな口角がニュッてあがる。


『思い出さない日なんてない。
淋しくないなんて言ったら嘘になる。
だけど、ゆかも頑張ってる。
そう思うと、繋がってられる。
離れてても、ね。』
笑顔で『うん。』って頷いて、
『ゆかは、のっちがいるって思うと頑張れる。
離れてても、大丈夫だって。』
そう言って、また優しく笑った。


『だけど、のっちね?
やっぱり淋しくて、、離れてるから不安にもなるし、心配もする。』
『うん。』
『だから何か、繋ぎ止めるような、なんてゆーか、、、』
『カタチ?』
『うん。そう。カタチがほしくて、、。』




『カタチになれない関係だから、、なんか、うん。やっぱり不安で、、』
『ゆかはのっちだけだよ?どこにも行かない。』
『うん。わかってる。のっちもだよ。』
優しく諭すように言う言葉がやけに胸に染みて、涙が出そうになった。
でもここで泣いたら、淋しい話になっちゃうから、
絶対泣かないって決めた。

『・・・で、まぁ、なんか、、色々考えたんだけど、、、これ。持ってて。』
『うん?』
『のっちも、ここの鍵、ずっと持ったまま。』
『うん。』
わけわかんない。って顔に書いてあるよ、ゆかちゃん?
でも、ごめん。
のっちの説明不足か?



『この鍵、のっちのアメリカの部屋の。』
『あ、そうなんだ。』
うん。そうなの。
気付いてたでしょ?
でも意味わからないもんね。


『うん。アイカギ。』


すっと腕を伸ばして、
ぎゅっと抱き締めてみたら、
ぴったりくっついて離れなくなった。
背中にまわる彼女の腕は少したどたどしかったけど、
シャツを掴む手の平は力強かった。


『持ってて?アイカギ。いつでも帰ってこれる場所があるって。
忘れないで?離れてても一緒なんだって。』
シャツを掴んだ手の平が、どんどん強くなって、
彼女の顔が埋もれた左肩が、湿っていくのがわかった。
それはそれは小さな声で、
『うん。』
って呟いたのが聞こえた。


『持ってて?アイカギ、のっちも持ってる。
待ってて?アイカギ、のっち絶対なくさない。』
涙を拭いて、顔をあげた彼女は、とびっきりの笑顔で頷いた。




合鍵。
どんなに離れていても、
同じ場所に辿り着ける合鍵。
愛鍵。
どんなに離れていても、
二人の心の中には、二人しか入ってこれない愛の鍵。




『ゆか、今幸せだよ?』
何年か前にも聞いた台詞。
あの時だって、今だって。
のっちの心の扉をあける愛鍵は、ゆかしか持ってないよ。


『もっと幸せにするよ。』


私たちの離れた共同生活。
だけど、
“二人は一緒なんだ”
って。
いつだって、
その心にアイカギを。




END






最終更新:2009年10月22日 16:57