「はい、お茶」



熱いよと言葉を加えてカップを渡すと
ありがとうと呟いて受け取る。

窓の外は貼り付けたような暗闇。チョロもふーくんもすっかり夢の中。
いつもと変わらない部屋の中に
今夜はひとつだけ、一人だけ、居る筈のない人が座ってる。





 ——— 今日、ゆかちゃんち行っていい?

長い長い一日が終わって帰る準備をしていたら、後ろから尋ねられて。

 ——— え? うちって…これから?
もう遅いよ?明日も早いのに…? そう続けるつもりだった。
振り返って思い詰めたような彼女の顔を見るまでは。


 ——— …泊まっちゃ駄目?

着替えはあるし、ご飯は買うし、迷惑かけんようにするけぇ。
それだけの言葉を切れそうな糸の様にぽつりぽつりと話すから。

 ——— いいよ、おいで。





そうして部屋に来てから、もうどれくらい黙ったままでいるだろう。
俯いて、普段の彼女の弾けるような明るさは全く影を潜めてしまって…


「…ね、あ〜ちゃん」
「……」
何があったん? そんな遣り取りは必要ない。
いつも一緒だった私達にはただこれだけで通じるの。
三人のうち誰かが辛そうな時は他の誰かが側に、すぐ横に座って、
そっけなく、でも、そっと一言。
「話、聞くよ」
「…——」

それでも顔を上げる気配のないあ〜ちゃんの肩に手を回そうとしたのよりも



一瞬早く、彼女が私の手を握った。


「…… あ〜ちゃん?」
「…嫌だったじゃろ」
「え…」
「びっくりして、怖くて、腹が立って、すごく嫌な気持ちだったじゃろ、  …学校で写真撮られて」


ああ。
声が震えてる。


「… のっちも、あっな書かれっ、酷いけど…、っ教室で写真なんて、…どんなに、悲しかっ…」




「…泣かんで、あ〜ちゃん」
いつもそうだ。
この子はよく誰かの為に、誰かを想って涙を零す。
「大丈夫じゃよ」
「……」
だからせめて、私もそんな彼女を想って抱き寄せる。


「撮られたんがゆかだけでまだ良かったよ。もし二人にそこまでしよったら許さん」
「…ゆかちゃ…」
「ゆかは大丈夫。だって、あ〜ちゃんとのっちが居てくれるけぇ」

どうか涙が止まりますように。
頭を、髪を撫でながら言葉を続ける。

「何があっても二人が一緒に居てくれる。
 三人で居られるけぇ、Perfumeで居られるけぇ、それがゆかの幸せじゃけぇ…
 どんな人に何を言われたって、何を書かれたって怖くないんよ」
「…」
「もう泣かんで、ね」
「……たしも…」
「ん?」
「わたしも、同じ。一人じゃなかったから、今まで頑張れた…」
目に涙を溜めたまま、腕の中のあ〜ちゃんがそう言ってようやく顔をあげる。

「『いままで』?『これから』は違うの?」
「ううん、…『今まで』も、『これからも』!」
「ほうじゃね」
「ほうじゃよ」
向かい合い顔を寄せて、今日、はじめて二人で微笑む。



「でもあ〜ちゃんこそ、あんまり学校行っとらんて大丈夫なん?」
「え?あ、…ん?? … んん〜……なんのことでしょうか〜…」
「行けるうちになるべく行っときんさいよ、先の事は分からんけぇ」
「あ、あはは、はは、は……あ、折角のお茶が冷めてしもうた」

…聞いてるんだかどうなんだか。
私も飲もうと自分のカップに手を伸ばして、すぐ隣で光る携帯に気付く。
メールかな… え、うそ、着信4件て!!!! 
「電話?」
「うん、そうみたい」
こんな遅くに誰からだろう、履歴を調べようとした瞬間また携帯が震え出した。


液晶画面の文字に驚く。

「もしもし、…のっち?!」
『あ、かっしー?のっちのっちー。は〜、やっと繋がったよ〜』

深夜の部屋に響く間延びしたのっちの大声。
あ〜ちゃんがさっきまで泣いてたのが嘘みたいに声を殺して笑ってる。
『ずぅっと電話しとってもさ〜、出んからさ〜。
 かっしーいつもすぐ出るけぇ心配したわ〜』
…ていうか、そもそものっちから電話来ること自体珍しいけどね。

「ごめんね、ちょっと気付かんで…。どうしたん?」
『ん〜、あのね、実は今日、ちょっとかっしーん家寄ろうかと思って〜』
「え?!!!」
『でも思い付いたんが家着く直前だったけぇ、何度も電話したんじゃけど〜、
 出んかったけぇ、今、とりあえず荷物持って、そっち向かっとる』
「は??!!!!」
『泊まるの無理なら、全然タクシー使って帰るけぇ。
 遅くに悪いけど、一瞬だけ顔見たら帰るけぇ、
 んでもう、ほんと〜にすぐ着くけぇ、待っとって〜』
「ちょ、え? …え??待って、のっ…」


…切れた。
あ〜ちゃんがあまりにも笑い過ぎて、苦しそうに息を整えてる。
「まったくもう! 何なん?今からわざわざ来るなんて…
 突拍子もない事ばっかりじゃねぇあの子は」
「同じじゃよ」
「?」
「私と同じ。きっとゆかちゃんを心配したんよ」

電話に出んから、何かあったんじゃろうかとか色々考えて考え過ぎて
居ても立ってもいられなかったんじゃろ。
さらっとそんな風に言ってのけたあ〜ちゃんを、私はぽかんと見つめるばかり。
思ってもみなかった。 のっちもゆかを? そうなん…? 
「…… あ、また」
手の中の携帯が再度震える。今度はメールだ。
「のっちから?」
「うん、のっちから」

【着いたぁ\(゜□゜)/ ドアの前にいるぜィ!!!! fromのっち】
ほどなくしてドアの向こうからコンコン、と控え目なノック音。 
するとあ〜ちゃんは悪戯っぽく笑い、私の後ろに立って隠れる。
…ああ、そういうことね。

「ゆかちゃんの後ろから出てきたら、のっち、絶対びっくりするわ。
 『えぇ〜なんで〜?!』とか言うに決まっとる」
「…やってみよっか」
ゆっくり、静かに、ドアを開ける。



暗闇の中から帽子を深々と被ったのっちが現れた。
小声で喋りながらそろりと玄関に入る。
「おじゃましま〜す、すまんねぇ遅く…に…… …は??!!!あ〜ちゃん???!!!
 えええぇぇ〜なんで?!! 何でどうして先に居るん?!! なんでなんでなんで???」



予想以上の反応に、あ〜ちゃんも私も声をあげて笑った。






最終更新:2008年10月11日 14:51