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電車は割れるような轟音で通過していく。冷たい水が数滴、あ〜ちゃんの頬にぶつかった。
過ぎ行く電車、ゆっくり上がる古びた遮断機。線路の上にはズタズタに引き裂かれたレジ袋と、ぐちゃぐちゃになったプリンとお菓子。あ〜ちゃんとのっちが、好きなヤツじゃんか。


「はぁ、はぁ…」


あ〜ちゃんは腰が抜けてしまって、そのまま力なく地面に座り込んだ。呼吸が荒くなる。恐怖で目が見えなくなる。

それでもゆっくりと手を伸ばす。腕の中で泣き叫ぶ少女を、抱き締めてあげたくて。


「やっぱり、死ねないっ、死ぬの、怖いよぉ、」
「はぁ…はぁ…なんで…」
「あ〜ちゃん、怖いよ、助けてあ〜ちゃんっ、あ〜ちゃん!」

どうすれば良いのかなんて分からない。本気で死のうとした大親友が、今は怖くて仕方がない。あ〜ちゃんが助けてあげられる訳ない、あ〜ちゃんは正義の味方でもスーパーマンでもない。
昔からそうだ、ゆかちゃんものっちも、あ〜ちゃんは凄い、あ〜ちゃんは特別だと言い張る。確かにそう言われる事は嬉しかったけど、そうでないと分かり切ってる自分にとってそれはプレッシャーであり恐怖でしかなかった。

「なんで…死のうと、したん…」
「生きてる意味…分かんなくなった、から、だからっ…」
「……バカっ」

震えながら抱きついてくるその力は、今までに感じたどの力よりも強かった。ゆかちゃんのこの体のどこに隠されてるのか分からない凄い力に、あ〜ちゃんの体は痛む。
声にならないくらい泣き叫んでる。あ〜ちゃんはどうする事も出来ない。弱すぎる力で、死のうとした彼女の生きてる体を抱き締めて確認する事しかできない。



覚えてる?ゆかちゃん、中学校の屋上で「生きてる意味が分かんないから早く死にたい」なんて言ってた君に泣きながら怒鳴り散らして叱ったの。恥ずかしいけど、あ〜ちゃんはよく覚えてる。
ゆかちゃんにとって死にたくないと思えるのは、あ〜ちゃんとのっちと三人でいる時なんだってさ。それを聞いて、あ〜ちゃんは、今思えば無茶苦茶だけど超本気の名案を導きだした。

「だったら、あ〜ちゃん達と一生一緒におれば良ぇじゃろ」

すごく簡単な事に思えた。そんな簡単に親友一人の命を救えるなら、人命救助なんて簡単なもんじゃと鼻で笑った。ゆかちゃんは数秒悩んだ後に、ゆっくり頷いた。
だからもう死にたいなんて思ったら、そこで絶交なんだと指きりげんまんもした。うちらはおばぁちゃんになるまで一生一緒なんだって。


それなのに、約束を破ったゆかちゃんが、憎くて憎くて仕方がないのに。


「絶交…だよ…ゆかちゃん…っ」
「ゆか、死にたくない、やだ、あ〜ちゃんっ、あ〜ちゃんっ」
「…もう、絶交じゃ…」

ゆかちゃんは指きりげんまんからたったの五年で約束を破った。長生きするつもりだったのに、背中が曲がって入れ歯を着けるようになっても、一緒にいるつもりだったのに。ゆかちゃんはそんな人生の半分の半分にも満たないような時に、約束を破ったんだ。
だけど、約束を破ったのは、もしかしたらあ〜ちゃんの方かもしれない。のっちとの関係を無に帰して突き放して、あ〜ちゃんはゆかちゃんからのっちを奪おうとした。あ〜ちゃんに恋するのっちと、そんなのっちに追い掛けられて幸せを感じるあ〜ちゃん、ゆかちゃんの欲しがった二人の形を無かった事にしようとした。


罰を受けなきゃならないのは、あ〜ちゃんの方だ。



「ゆかちゃん…ごめんね…」
「ゆか、幸せに、なんなきゃ、幸せに、」
「うん、そうだね…」
「まだ死ねないっ、死ぬの怖い、助けて、」


ゆかちゃんにとって生きる意味は、あ〜ちゃん達なんだ。あ〜ちゃん達の幸せって何?のっちとの恋愛の先に明るい未来はあるの?可能性なんて信じている余裕がない事くらい、今のあ〜ちゃんは分かってる。
大人になって生まれる余裕なんてない、あの頃みたいに「ずっと先の事だから」なんて遠ざけるから痛い目を見る事になったんだ。人が一人死にかけて、今さら冷静な判断なんて出来ないよ。


「ゆかちゃん…死なないで…絶対に、幸せにするけぇ…まだ死なんといてぇ…」
「あ〜ちゃん、あ〜ちゃんは、のっちと、」
「のっちと、じゃないの」


三人で幸せになるんだよ。
今やっと、はっきりと道が見えた気がする。力が衰えたなんて言わせない、今のあ〜ちゃんも十分最強なんよ。あの頃よりもっと、ナルシストには磨きがかかっとるけぇね。

あ〜ちゃんが本気になればね、何だって動作ないんよ。のっち一人を巻き込むくらい、なんともないんよ。


だからね、のっちもゆかちゃんも、ただあ〜ちゃんについてくれば良いんよ。あの頃みたいに訳も分からんまま、ただフラフラ金魚の糞になれば良い。
やれる、あ〜ちゃんなら、二人を幸せに出来る。絶対に、幸せにする。守ってみせる。

「ゆかちゃん、帰るよ」
「…ぅん…」


だから帰ろう、私達の家に。



膝小僧から血を流すゆかちゃんを背負って、あ〜ちゃんはぐちゃぐちゃになったプリンもお菓子もアイスも跨いで、線路を渡る。
まだ雨の匂いは強烈で不安になるけど、強くしがみつくゆかちゃんの腕があるから負けない。いつだってゆかちゃんはあ〜ちゃんを助けてくれた、守ってくれた、だから今度はあ〜ちゃんが守ってあげる番。


「ゆかちゃん…愛しとるけぇね」
「ゆかも…愛しとる」


だったらあ〜ちゃんの生きる意味は?将来は結婚して家庭に入って子供は三人産んで…なんて中学生の時は当たり前みたいに語ってた。それが自分に一番似合う幸せだと思ってたし、周りも「あ〜ちゃんっぽい」だなんて納得して超頷いてた。
それで良かった、なのにそうすれば二人が傷付く。あ〜ちゃんも二人に呪われながら生きてくなんてごめんだ。幸せになんてなれる気がしない。


絶交した親友の腕の力は強くて、一生あ〜ちゃんを離してくれそうにないから。
あ〜ちゃん達は歩いていく。
得体の知れない何かがそこに広がっているとしても、あ〜ちゃん達は突き進む。



◇24:終◇






最終更新:2009年10月22日 17:17