アットウィキロゴ
ライブハウスは結構混んでいた。やっぱり一人で来るんじゃなかったな、なんて後悔して出口に足を向けたら声をかけられた。

「やっぱりかしゆかだ!」
「わ、なんでいんの!?」
「サークルだよサークル」
「そういえば軽音だっけ」
「あたしはやんないけど先輩達が出るからさ」
「へー」

同じ学校の仲の良い友達だ。良かった、こんな異国のこんな場所にたった一人で、ぶっちゃけ死ぬんじゃないかってくらい不安だったから。

「ゆかさ、こーゆー所来るの初めてなんだよね、だからちょっと怖いってゆうか」
「かしゆか可愛いー守ってあげたくなっちゃうね、おいでおいで、ドリンク貰ってこよ」
「うんっ」

それからは、トイレに行くにもどこへ行くにもその子に手を引いてもらった。こんな時に色々知ってる人がいるとやっぱり心強い。それでものっちを探してゆかの視線は泳ぎっぱなしで、ステージの上にすぐに辿り着く。

「かしゆかは誰見にきたの?なんてバンド?」
「バンド名は知らないんだけど、大本彩乃って人がいるヤツ」
「え、大本さんと知り合いなの?めちゃくちゃ格好良いんだよ、あたし普通にファンなんだけど」
「よく分かんないけどチケット貰ったから」
「えー良いなー!多分この次にやるはずだよ」
「え」

この次って、もうすぐじゃん。ゆかはその子の手を引いた。ドリンクを零しそうになりながら、出来るだけ見やすい場所に…

「そんな慌てる事ないって」

そう言われてハッと我に返った。今、自分てばすっごく恥ずかしかったかも。ここでの立ち振舞いとか初心者だからさ、何も分からないからさ。体温が上昇すんのが分かる。


「とりあえずかしゆか、ヒールは危ないから、出来れば今度からスニーカーが良いと思う」
「…はい」




ステージの上にのっちが姿を現した。Tシャツにデニムっていうラフな格好で、ギターを持ってる姿はなんか少年みたいだった。なんかよく分かんない、分かんないけど格好良い。
よく分かんないけどみんな盛り上がってるし、よく分かんないけどのっち以外のバンドメンバーはそこまで格好良くない男が二人で、よく分かんないけどのっちは凄いんだ、よく分かんないけど感動した、よく分かんないけど、うまく言葉に出来ないけど、歌詞の意味は分かんないけど、ふと目が合った時に微笑んでくれた気がして胸が大きく弾んだ。


ゆかの中で冷たい何かが温かい何かに飲み込まれていく感じ。演奏が終わると同時にゆかは外に飛び出して、星のない夜空を見上げながら電話をかけた。


「もしもし、ゆかだけど」


広島は星が綺麗だった。空が近くて手を伸ばしたら星を掴める気すらしてた。それに比べて東京の星はちっとも姿を現さない。
だから探しに行こうと思う。ちょっと遠い所まで。


「あのね、別れて欲しいんだ」





「かしゆかー!帰ったのかと思って焦ったっ」


汗だくののっちが抱き付いてきた。ギターを背負って、ずっしりとしたその重みをゆかは受け止めた。少し前とキャラと違う様に感じたけど、あのライブの後じゃ誰だってこうなっちゃうよね。そんなのっちの汗の匂いを吸い込んで、ゆかは興奮しながら感想を伝える。バカみたいに「カッコ良かった!」を繰り返すゆかに、のっちはだらしのない笑みを浮かべた。

「おつかれー」
「誰その美少女!大本の新しい彼女!?」

そこに現れたのはのっちのバンドでベースとドラムしてた二人。ベースは太ってて眼鏡かけててサン〇マスターの人に似てる…ドラムは背が高くて目付きが悪い。
だけどのっちと凄く仲が良いのが分かる。二人とも、きっとゆかなら第一印象で仲良くなれないなって思っちゃうタイプだけど、のっちはそんな仲間達とあんなに楽しそうに演奏してた。だからきっと悪い人ではないんだ。

「ちげーよバーカ」
「あの俺、岸本っす!良かったらメアド交換を…ぐへっ!」
「うっせデーブ!お前彼女いんだろ!」

すっごい笑ってる、のっちが、すっごい笑ってる。ベースの人のお尻を蹴って、お腹抱えて笑ってる。のっちがゆかに新しい一面を見せてくれる度に、変な焦燥に駆られるのはなんでなんだろ。
男の子みたいにはしゃいで、笑って、のっちはこんなにも生き生きとしてて。

「よっしゃ今から飲みに行くかー」
「かしゆかも来る?」
「どうしよ…かな」
「大丈夫だよ、こいつらキモいけど良い奴らだし」
「じゃあ、行こうかな」


三人とも笑ってたから、ゆかも笑った。ずっと敬語で喋ってたけど本当は男性陣は二人とも同い年だったらしい。
小さな居酒屋で飲んで騒いで、ベースの人の彼女が来て、その人は普通に美人だったから驚いて、しばらくするともう一人女性がやってきて、ドラムの人の彼女かな、よく分かんなくて「どうも」って頭を下げるとすんごい透明感の溢れる笑顔で「こんばんは」って。

「やっと来た由里ちゃん」
「みんなお疲れ様」

その人が現れた瞬間、のっちの空気が変わった気がした。一番隅っこに座るのっちの隣に当たり前みたいに着席するその人に違和感を覚えた。

「お疲れ」
「課題終わったん?」
「うん、…本当はライブ見に来たかったんだけど」
「良いよ良いよ、途中歌詞飛んで酷かったから」

雰囲気とか空気ですぐに分かった。あ、のっちの彼女なんだ、って。今まで見た事のない様なのっちの優しい顔は苺パフェといる時とはまた違う表情。
ここにいる人達もみんな知ってて仲良しで、そんな彼女は悔しいけど可愛くてのっちにはお似合いだった。酔っ払ったのっちは彼女の膝枕で爆睡し始めて、ゆかは適当に理由をつけて家に帰った。みんな引き止めてくれて、ベース担当の彼女さんとはメアド交換までしたし。


だけど一番精神的にキたのは、ゆかが帰ろうとする時にのっちの彼女が「以前は彩乃が急に泊まりに行ったみたいで、なんかご飯とか色々、ありがとうございました」って、まるでのっちの保護者みたいに言ったことかな。
ゆかは独りだけど、のっちは違うんだね。何も心細い事なんてないのに、不幸みたいな悲しい表情をしてたら罰が当たるよ。

彼氏と別れたんだって伝えたかっただけなのに、失敗だったな。
そしてゆかは、また独りぼっちになった。



◇0D:終◇





最終更新:2009年10月22日 17:18