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見つめているだけがこんなに苦しい、なんて。



::ビター・ビター







「…可愛い。」

きっとそれは無意識だろう。
隣から聞こえてきた今にも消えそうな、でもしっかり感情のこもった声はかしゆかの耳にしっかり届いた。当の本人であるのっちは気付いてないと思う。自分が今「可愛い」と言ったこと。その視線の先を辿ると、ふわふわのパーマが目に入った。ふわふわパーマで、生成りのワンピースを身にまとったあ〜ちゃんが楽しそうにスタッフと談話していた。

(ああ、そういうことですか。)

かしゆかはつまらなそうに、手に持っていた携帯電話の画面に視線を落とす。先ほどまで打っていたメールの内容も、今のかしゆかにはどうでもいい。そんなことよりも、のっちに腹が立っていた。のっちはテーブルにべたーっと頬をつけて、けしてかしゆかの方を見ることはなく、ずっとあ〜ちゃんを眺めていた。穴が開きそうなのっちの視線に、一向にあ〜ちゃんは気づくことがない。

(…つまらん、つまらん、つまらん!)

スッと立ち上がるとかしゆかは、その場を離れた。動くモノに気をとられてしまう子どものようなのっちが「どしたん、ゆかちゃん。」と、かしゆかの背中に問いかけるが、かしゆかは聞こえていないふりをした。
そんなの、今のゆかには何の慰めにもならんのじゃけえ!

携帯片手にずんずん歩き進んで、かしゆかは非常階段の扉を開けて外に出た。外は真っ暗で、暗闇の中に少しだけ灰色の雲が見えた。その雲のせいで、今夜は星が見えない。

「ゆかの、心の中みたいだな…。」

柵に手をかけてかしゆかが呟くと、先ほどかしゆかの隣でうっとりと声をもらしていたやつの声がした。



「かっしーの心はこんなんじゃなかろ。」
「何で、そんなんのっちにわかるんよ。」
「わかるよ。」
「のっちはゆかのこと何もわかってない、」

柵を持つ左手が震えた。後ろにのっちがいる。そう思うだけでかしゆかの背中は、なぜか温まった。心はこんなにも冷え切っているのに、いつもあ〜ちゃんにやきもちばかりしてしまう大人気ないゆかなのに、かしゆかの視界がぼやけた。
のっちは何もわかってない、ほらそうやってまたゆかに優しくする。ゆかはのっちのそのやさしさが辛いんだよ、何でわかんないの、考えれば考えるほどさっきのうっとりしたのっちの声がかしゆかの脳裏を過ぎり、のっちのあ〜ちゃんをみるやさしそうな表情が浮かぶ。考えたくない、と思えば思うほど涙が零れた。

「…ゆか、泣きよん?」

強がりのかしゆかは、首をぶんぶんと左右に振った。泣いていることがバレたりなんかしたらプライドが傷つく。しかもその原因が今後ろにいるのっちだなんて知れたら。

「…泣いて、な、い…。」

今のかしゆかには、それしか言えなかった。

「…そっか。」

のっちのやさしい声が背後から聞こえてかしゆかの涙腺はまた崩れそうになる。声色で、のっちの表情がわかる、それくらいゆかはのっち中毒だったみたいだ。
かしゆかがのっちの声に、こくん、と頷くとふさっとカーディガンが肩にかかった。

「風邪引かんでね。」

ぱたん、と非常扉の閉まる音が聞こえた。ばっと後ろを振り返ると、ガラス越しにのっちの寂しそうな背中がぼやけた視界の中でも確認出来た。

「のっちの、バカ…やさしすぎる、け…。」

かしゆかのほっそりとした声はどんよりした闇空に消えていった。






最終更新:2009年10月22日 17:28