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テレビ局を後にして、逃げ込むようにタクシーに乗り込んだ。
はやく一人になりたかった。

なんで、笑顔で返せなかったんだろう。
あんな奴、敵じゃないじゃん!
そう言って髪をぐしゃぐしゃにして触れてあげたら、
あ〜ちゃんはどれだけ安心しただろう。

私の中の黒い感情をすべて見抜いているわけじゃないと思う。
だけどあの包み込まれてしまうような笑顔は、
さっきの私にとっては苦痛でしかなかった。

どうして。
あんなことをされてるのにあんな顔ができるの。
一体どうしてもらったら、私は自分を抑えられたのだろう。


窓の外を流れていく夜の光は、簡単ににじんだりしない。
すべてが合理的で整然としているように見える。

これほどまでに恋しいあの人を、
どうして感情のままに乱暴に触れたんだと責められている気になる。


苦しまぎれに携帯を取り出した。
ゆかちゃんからのメール。

『のっち今どこ?これからうち来ん?』

最悪な夜を、数少ない友達に救われた気がして、
私は新しい行き先を運転手さんに告げた。



「…こんな遅くに、どうしたん?」
ゆかちゃんに突然呼び出されるなんていつぶりだろう。

「べつにー。ちょっと、ね」
ゆかちゃんは窓際にちょこんと三角座りをして、
マグカップを両手でもてあそんでいる。曖昧な表情だ。
聞いてほしい気もするし、聞いてあげたい気もする。

「ねえ、かっしーさあ」
「…東京タワーじゃね」
窓の向こう側に目を向けたままぽつりと言う。

私とあ〜ちゃんの間に何かがあったってこと、
私と同じように気づいてるんだと思う。
でもゆかちゃんも今は私を慰める気になれないのかな。


「ほうじゃね」
「私、東京タワー見ると、なんか身につまされる」

今日のゆかちゃんはいつになく感傷的な気がする。
このわけもなくやりきれないといった空気に同調して、
なんだか気分が落ち着く。

「何やってるんだしっかりしろって、言われてる気になるなあ」
透き通るような声。ようやくこっちを向いてニコっと笑った。

シリアスなときのゆかちゃんは、あ〜ちゃんとは喋る間もテンポも違う。
だけどなんかこのゆっくりした間が心地よかった。


「…なんか、あった?」
ステレオだ。
互いに同時に同じことを言って、二人とも笑いだした。

「好きな人のことを信じるって、むずかしーね」
「同じこと考えてた!」
私はびっくりして、少し気分が上向く。
膝を抱えて座るゆかちゃんのそばで、自分も同じように座ってみた。


「なんで、こんなに苦しいんじゃろ」
そう言って、ゆかちゃんは私の肩にもたれる。
そういやゆかちゃんのコイバナなんて全然聞いたことなかったな。
あ〜ちゃんはいろいろ聞いてるんだろうか。

ゆかちゃんの香りは、さっきまでのあ〜ちゃんの甘さとは違って、
さわやかで柑橘系の匂いがする。
髪はさらさらしていて、触れると指先が切れそうだ。


「…好きだって言ってるのに、なんで不安そうな顔をするの?」
突然、堰を切ったような、ダイレクトな言葉だった。
自分に言われているような気がして、私は思わず言葉を返してしまう。

「わかっとるよ。好きすぎて、取られたくなくて、苦しい」
あ〜ちゃん、そうだよ。苦しいよ。

すかさずゆかちゃんはその言葉にくいついてくる。
「結局、ぶつけることしかできんだけじゃろーが」
「ぶつけられる側の気持ち、考えたことあるん?」

ふざけているだけには見えない。
ゆかちゃんは、私に誰かを重ねているように見える。
やさしく寄り添っても、苦しい顔をされるだけなんて。
確かに、考えてなかった。

「苦しいのは自分だけじゃないって、気づいてほしいのに」
とどめを刺される。
鋭利な言葉ですっかり心をえぐられてしまった。


「…そんな顔せんでや」
「そういう顔をさせてる自分がつらくなるけぇ」
そこまで言って、ゆかちゃんはふと笑った。
普段のゆかちゃんに戻ってきたみたいだ。


「ねぇのっち」
「今日ばっかりは、うちらなんか似てるね。立場は逆みたいだけど」



たどたどしく話すゆかちゃんは、なんだか頼りない。
こんなときにどうしてほしいかは、よく知ってる。
私は黙って肩を抱いた。

「好きすぎてさ。ぶつけられる側の気持ち全然考えとらんかった」
「傷つけてしまったかもしれん。ごめんって言いたい」

うつむきながら出てくるのは、自分でも驚くくらい、
シンプルで素直な言葉だった。


私の手をとって、ゆかちゃんがさすりながら言った。
「のっちの手は震えとらんかった?」

包む手がやさしい。私の顔を見上げずに、ゆかちゃんは続けた。
「あ〜ちゃんはたぶんそれに気づいとらんよ」
「でも、自分なりにのっちのことを受け止めようと必死なんよ」

「本当は共感して分かり合いたいけど、相手の心が閉じてるのが見えるんよ。」
「そしたら、完璧に理解はできなくても、全て受け止めたいって思う。」
「あの子はそういう子じゃけぇね」

あ〜ちゃんの顔を思い出す。
たしかに、誰よりも相手の中に入っていくのが上手くて、分かり合いたいって思う子だ。
たぶん、ほんとは言いたいこととか聞きたいこととか、いっぱいあるんだろう。
それを抑えて、ただ私をなだめてくれてるんだろう。


「…でも」
黙って聞く私の腕からするりと抜けて、人差し指で私の頬をつっつく。
「のっちはのっちで、そんな弱い自分を見せたくないんじゃろ?」

なんでそんなによくわかるんだろうな。
感心して深いため息をつく。

「全部、お見通しなんじゃねえ。女の子は。」
「のっちだって女の子じゃん!」
「はは、そうじゃった」

核心を突く言葉と他愛のない会話に心を救われた気がして。
心がほどけていくのがわかった。


感情が妙にシンクロして、頬をつっついてくる手をつかむ。
見つめると目をそらす。ゆかちゃんにしてはめずらしい。

ゆかちゃんを感傷的にさせている人は、どんな人なのかな。
でもきっと私みたいなかんじで今ごろ悩んでるんだろう。

「…なんか目についとるよ」
つかまれた手を振り払って、ゆかちゃんは鼻にかかった声を出した。
不意に手を差し出されて目をつむった。

次に目を開けたときには唇にやさしい感触が残っていた。
キスされた、そう思ったら腰が抜けるかと思った。


「…久しぶりのちゅーじゃねぇ」
あっけにとられた顔を見てくすくす笑う。

「あ〜ちゃんの前でだけは、強い自分でいたいんじゃもんね」
「恋してる男の子みたいじゃ。かーわいい」

思わず抱きしめると、ゆかちゃんの体は冷たかった。
か細くて、強く抱いたら折れてしまいそうだ。

肩越しに小さな声で呟く。
「のっちぃ」
「うん?」
「…浮気じゃね、これは」

一瞬あ〜ちゃんの顔が頭をよぎった。
きっと今頃は私からの連絡を待ってるに違いない。

触れる髪はもっとふわっとしているべきで。
抱く肩も違うのかもしれない。

そう思ったけど。
今はこの空気に甘えていたかった。


「傷舐め合ってるだけじゃよ」
罪悪感を打ち消すように、抱きしめる腕を強めた。
ゆかちゃんの吐く息が耳にあたる。少し熱くなった気がした。

「ゆかもいろいろあったけぇ、なんか変じゃ」

いつも私を手のひらで転がして遊んでる子が、そんなことを言う。
今まで、何度となく救われてきたことを思い出した。
涙が出そうになるくらい、感謝している。

「今日ぐらいはさ、甘えてよ」
「…いいの?」
体を離してさらさらの髪をなでる。
目を潤ませたゆかちゃんは、せつないくらいに小さい。

「なんか、ドキドキする…」
下を向いて言うから、前髪で小さな目が見えなくなる。
魔力のかかった言葉。
理性が吹き飛びそうになるくらい、かわいい声だった。

私は黙って、さっきやさしさを分け合ってくれた唇に、自分の唇を重ねた。



−K-side

なんでかわからないけど、私は今のっちの腕の中にいる。
のっちの手は空へ伸びてるみたいに、自由だ。

私の全身をなでて、そこへ連れていこうとする。
やさしい触り方。

「…んっ」
耳の後ろあたりにキスされて、思わず声が漏れる。
のっちの唇が急に強引になった。
欲情されているんだと思うと、体が少しずつしびれていく。

入ってきた舌が気持ちよくて、拒むことができない。
私の唇を含んでさらに勢いを増してくる。


…押し倒されたときの真剣な目には、
好きな気持ちはないはずなのに、わりとどきどきしてしまった。
あ〜ちゃんはいつもあの目で見つめられているのかな。

いろいろあったって言ったって。
あ〜ちゃんを抱きしめるためにあるその腕に包まれていることは、
少し抵抗と罪悪感を感じる。

でものっち湿り気を帯びた右手が、そこに触れようとしたとき。
だめだ。もう抗えない。


「…イヤ?」
思考が伝わったのか、のっちが体を起こして聞いてくる。
困惑と心配で、眉がハの字になってる。なんだかかわいい。

ううん、大丈夫。
嫌じゃないよ。ダメだとは思うけど、嫌じゃない。


あ〜ちゃん、ごめんね。ちょっとだけ借りるね。
そう思いながら背中に手を回して、私は続きをねだった。


初めて触れたその体は、すぐに私を受け入れた。
後ろから抱きかかえるのは、まだ少し罪悪感が消えないから。

包み込まれるのとは少し違って、
触れれば触れるほど、乱れて私の欲望をかきてたる。
でもしがみついてはこない。

その態度が少し癪にさわって、ついいじわるな気持ちになる。
「…気持ちいい?」

征服欲に近い感情。
いやらしくて、どうしようもない。
ねえ、なんて答える?

「う…んっ…おかしくなりそうなくらい…」

想像を超えた言葉に、私の心臓は高鳴って、
もう何もかもがどうでもよくなった。

人差し指でその声に答える。何度か繰り返したとき。
白い肌が揺れたと思った瞬間、背中がきれいにしなって。
ゆかちゃんは私の胸に倒れこんだ。


…ゆかちゃんは頬を紅潮させながら、息を整えてる。

左腕の中で、目を閉じてじっとしてると思ったら、
不意に体を起こして首筋にキスをしてきた。
思った以上に吸われているみたいに強くて、熱い。

「…つけようとしてるの?」
おずおずと聞くと、すかさず次の言葉を発してくる。

「つけてほしい?」
耳に唇をつけたまま言う。腰が砕けそうになる。
でも。それはちょっと、まずいかも。

「大丈夫、つかない方法知ってるから」
わかってるよと言っているような軽いキスをして、くすりと笑った。


「ねぇのっち」
「うん」
「あたしはお姫様じゃないから」

ちょっと思い出した罪悪感を吹き消すように、
キラキラした目で小悪魔がささやく。


「…もっと、わるいことしよ?」



(つづく)






最終更新:2008年10月11日 14:59