アットウィキロゴ
《過去》


サイドN


気持ちがいいはずの春の風が、頬を刺したように感じたのは、伝う涙のせいだろうな。泣いてなんか、いないけどさ。そんなの認めたくないんだけどさ。
頬を伝う液体なんか、涙か雨くらいしかないんだから。雨も降らない、こんな春の日。嫌ってほどに気付かされたよ。泣いてんだ、のっちはさ。
いくら心構えが出来ていたとはいえ、いくら気持ちがなくなったとはいえ。こんな衝撃、辛くならないほうが、おかしいよね。のっちはなんも、おかしくない、よね。


気持ちがいいはずの春の風が頬を刺して、冷たいそれは鋭く尖って、次第に心臓を突き破る勢いだ。誰か、助けてよ。このままじゃ、のっち死んじゃう。


馬鹿なことを考えていたら、ポケットの携帯が震えた。
何だよ、あ〜ちゃん。そんなすぐ電話なんかしちゃ、ダメ、だよ。
何、あ〜ちゃん?前言撤回!とか言うオチ、付き?


確認したポケットの中身は、ただの無機質な物体で、まるで震える気すらなかった。
なんだ。馬鹿じゃん。のっち、やっぱり馬鹿だ。鳴るわけないよ、こんなもの。
またポケットの中に押し戻されたそれは、それからしばらく動こうとしなかった。




言葉にならない気持ちが、春の風に押し出されて口から出た。
『わけわかんない。』
本当はわかってることを、わかりたくないと思ってたら、いつの間にか本音のように呟いた独り言。
誰も聞いちゃくれないだろう。
でも、それでよかったのかもしれない。
そのほうが、よかったのかもしれない。
だって、これ以上弱い自分をのっちは見たくない。知りたくない。
わけなんか、嫌ってほどにわかってる。わかってるから、こう、なった。もうそれは、受け入れる、しか、ないんだ。


またポケットが震えた気がした。
弱い。こんなふうに思ってしまう自分は、嫌いだ。電話なんか、鳴ってない。
そもそも、あれからあ〜ちゃん以外から連絡なんか、こない。そんなあ〜ちゃんさえもいなくなった今、電話が動きだすことなんて、ない。
震えた気がした。だから、確認した。それで、また、ガッカリしたくない。
でも、思った以上に長く続くその振動は、リアルなものに変わった。だからのっちは電話を見た。
まさか、とは思うけど。こんな発達した技術の中で、着信元の表示が間違うなんて、ない、よね。




—着信かしゆか—


はは。何かの間違いか?
それとものっちは夢の中?
震える指でボタンを押す。耳につけたそれから聞こえてきたのは、間違いでも夢でもなくて、あの頃と変わらない優しくて甘い倍音。
『のっち?』
名前を呼ぶ声が、切ないくらいに優しい。
『大丈夫?』
なんで?ゆかちゃん、どっかで見てたん?


堪えきれない涙が春の風に吹かれて、さっき見たあ〜ちゃんのホッペみたいにカサカサしだした。
我慢もしないで子供みたいに泣いて。気付いたら言葉にならない気持ちが、溢れだした。


『・・・っつ、、も、わけ、わかんない、、』


誰も聞いちゃくれないはずなのに。
そのほうが、よかったはずなのに。
だって、やっぱりのっちは、すごく弱い。
そんな自分を見たくないのに。知りたくないのに。
それでも変わらず、かしゆかだけは、そこに、いた。






最終更新:2009年10月22日 18:12