冷たくなっていくゆかちゃんの掌を強く握り締めて、私は嗚咽を止める事ができないでいる。
眠ってるみたいに穏やかな顔してるのは安心したから?
『のっちに逢えて良かったよ…』
そんな最後の言葉ってないよ。
このタイミングで聞きたくなかった。
真っ白な部屋で、透き通る程白いゆかちゃんがベッドに横になっている。
ゆかちゃんに繋がっている色んな物が邪魔でしかたない。
私の後ろで同じように嗚咽を漏らしてるあ〜ちゃん。
現実って残酷だよ。
私の大切な物を奪ってく。
運命とかくそくらえだ!
握り締めてるのに一向に温まらないゆかちゃんの掌が私の心を締め付ける。
冷たいゆかちゃんの手を頬に寄せて、口付けた。
「置いてかないでよ…のっちを置いてかないで…」
私が呟いた瞬間、後ろに立っていたあ〜ちゃんが崩れ落ちる音が聞こえた。
どれだけ私が愛しても、永遠なんてないんだね。
「のっちを置いてかないって約束したじゃん!!」
叶わない約束だってお互い知ってた。
祈りのような約束だった。
約束を交わしたあの日、あの時のゆかちゃんの顔を忘れられない。
泣きたくなるほど優しい笑顔で私を見つめてた。
あの時にはもう、覚悟を決めていたんだね。
約束を繰り返しながら口付けた、ゆかちゃんの唇の感触がよみがえる。
温かかった唇。
柔らかかった唇。
目の前にいるゆかちゃんはもう私に口付けてはくれないんだよね。
やっぱり残酷だよ。
あんな約束しなければよかった。
奥歯を噛み締めて、漏れる嗚咽を堪えようとする。
止めようとすればするほど、嗚咽は大きくなるばかり。
その声を聞いて、あ〜ちゃんの声も大きくなる。
どれだけ愛しても、ゆかちゃんの運命を変えるような力は無かったんだ…。
無力な自分が不甲斐なくてしかたがない。
ゆかちゃんに私が出来たこと…何も無いよ。
「ゆかちゃんがおらんと…のっち困るんよ」
ずっと側で甘えさせてよ。
しょうがないなって言って甘えさせてよ。
その大きな手で頭を撫でてよ。
なんで動いてくれんの。
なんで目を開けてくれんの。
私を見てよ、笑ってよ。
「ゆかちゃ…ん…の…っち…」
あ〜ちゃんが繰り返し名前を呼んでいる。
私はそっと立ち上がり、ゆかちゃんの顔を覗き込んだ。
繋いだ掌に力を込めながら、ゆかちゃんの顔を睨みつけるように見つめた。
ゆっくりとでいいから、その瞳に私を映してよ…。
「アイシテル…」
小さく呟いた。
今までゆかちゃんがいくら強請っても言えなかった言葉。
こんなタイミングで言うことになるなんて。
ゆかちゃんの頬に雫が落ちた。
私の涙。
その後を追うように、ゆかちゃんの頬に唇を寄せる。
唇に触れた冷たい感触。
ゆっくりと繰り返し口付けながら、徐々に場所を移してく。
目、額、鼻、どの場所も何度も触れたよね。
少し顔を離して見つめる先、薄っすらと紅い色をした唇。
何度も繰り返した行為なのに、壊れ物を扱うように、そっと。
触れた先から伝わるのはやっぱり冷たさだけ。
また込み上げてくる苦しさを押し込めながら、口付ける。
「アイシテル…アイシテル…」
繰り返すたびに呟く。
遅くなってゴメン。
言いたかった、ずっとずっと伝えたかった。
ゆかちゃんが好きで、好きで、好き過ぎて伝えられなかった言葉。
どれだけ繰り返しても、どれだけ伝えても、ゆかちゃんからは何の反応も返ってこない。
悲しいよ。
辛いよ。
苦しいよ。
こんなに悲しいキスがあるなんて知りたくなかったよ。
ゆかちゃんを見つめながらキスを繰り返した。
「愛してた…」
アイシテルじゃない言葉。
呟いて、ひとつため息。
「ゆかちゃん…これが最後のキス…だよ」
終止符を打つのは私の仕事。
今までで一番長いキス。
止まらない涙はそのままにして、ゆかちゃんの頬を濡らす。
全然甘くないよ…このキスは…。
ゆっくりと離れていくゆかちゃん。
あぁ、違うや…私が離れているんだ。
もう…ゆかちゃんは動けないんだったね。
「バイバイ…」
この掌を放したら、本当に最後だね。
ゆかちゃんがいた記憶だけになっちゃうんだよね。
ヤダな…そんな事考えたら放せないよ。
視線を繋いだその手に落として、ゆっくりと指を解いてく。
震えてる。
心も一緒に離れていく気がして、体が拒否してるんだ。
私より大きなその掌が握り返してくれることはない。
放れてく私の掌を止めることもない。
スローモーションのように触れていた最後の指が離れてく。
本当に…もうゆかちゃんに触れる事はないんだね。
一歩後ろに下がって、ゆかちゃんから距離をとった。
足が震えてる。
上手く立ってられない。
あ〜ちゃんの側まで下がった瞬間、足の力が抜けた。
「ゆか…ちゃ…ん…うっ、う…うぅあぁぁぁぁぁ!!!」
私の中で留まっていた最後の感情が押し寄せる。
あ〜ちゃんがそんな私を抱きしめてくれる。
ゆかちゃんが眠るベッドを見上げながら、私は泣き叫んだ。
これが最後なんだ。
ゆかちゃんの事を想って泣くのは…。
だからごめんなさい。
今だけは誰も私を止めないで…。
㊖㊖㊖㊖㊖㊖㊖㊖㊖㊖
「のっち、大丈夫?」
霞んでる視界に心配そうな顔したゆかちゃんが映った。
「うなされてたけど…」
そう言われて、頬に違和感を感じた。
指でそっと触れると濡れてる。
「泣いて…た…よ?」
心配そうに覗き込んでるゆかちゃんを見て、無意識にゆかちゃんの腕を引っ張った。
「きゃっ!」
私の上に覆いかぶさるように乗っかったゆかちゃんをきつく抱きしめる。
鼓動がありえないくらい早くなってる。
「の…っち?」
「このままで…このままでいて」
「う、うん」
確かめるようにゆかちゃんの体をなぞる。
「ちょ…ちょっと!のっち?」
ゆかちゃんの体が跳ねる。
確かに私の腕の中にゆかちゃんがいる。
夢じゃない、これは現実。
よかったぁ…。
「ねぇ、ちょっとのっち!!」
「ん?」
「いい加減放してよ…」
「…やだ」
「やだって…」
「ゆかちゃん…」
「な、なに?」
仰向けになっていた体をゴロンと横に向けて、ゆかちゃんの顔を見れるように抱きしめていた力を緩めた。
「のっち、大丈夫?」
名前を呼んでから何も言わない私を心配そうに見つめてくる。
そんなゆかちゃんの瞳を見つめ返す。
夢の中で後悔したことを思い出す。
私がしなきゃいけないこと、ようやく分かった気がする。
「ゆかちゃん」
「はい…」
私の真剣な顔に戸惑っているゆかちゃん。
伝えなきゃ…、ちゃんとこの気持ちを伝えないと。
あんな思いをするのは絶対に嫌だから。
「…いしてます」
「えっ?」
緊張して最初の言葉が言えなかった。
大切な言葉なのに、ちゃんと言わないと。
「愛してます…。のっちはゆかちゃんを愛してます」
「!!」
「ちゃんと伝えたかったんよ。ずっとずっと想ってた」
驚いた顔して動きを止めたゆかちゃんに、私は構わず話しかける。
「好き過ぎて言えなかった、恥ずかしいって思ってて。でも夢でね、ありえんのじゃけど…ゆかちゃんが…おらんくなる夢を見て…」
ゆかちゃんが死ぬ夢を見たなんて絶対に言いたくなかった。
言葉にしたら、夢の中で感じたあの気持ちがぶり返してきて泣いてしまいそうになるから。
「言えなかった言葉があったのに、ちゃんと伝えられなくて本当に後悔して苦しくて…」
そこまで言ったとき、ゆかちゃんが私の服をギュッと握り締めてきた。
「だからちゃんと言おうと思ったんだ。大切だから…」
私を見つめたままのゆかちゃんの瞳からゆっくりと零れる涙。
その涙にゆっくりと口付ける。
愛してるって呟きながら。
「…ゆかも」
「ん?」
繰り返し口付けていたのを止めて、ゆかちゃんを見つめる。
「ゆかものっちを愛してる」
そう言ってくれたゆかちゃんが嬉しくて、引き寄せられるように唇を奪った。
深く…長く…。
あの夢とは違う温かな唇。
私を求め返してくれるゆかちゃん。
幸せすぎて泣けてくる。
「愛してる…愛してる…」
出来なくて後悔しないように何度も繰り返し伝えたい。
これからはちゃんと気持ちを伝えるから、ずっと側にいて…ずっと私の隣で笑ってください。
そして素敵なキスをしようよ。
悲しいキスじゃなくて幸せなキスをしよう。
最後のキスなんて望まないよ…そんなものいらない。
ゆかちゃんとはずっと終わらないキスをしていきたいから。
「愛してる」
あの夢が教えてくれたこと、私はずっと忘れない。
〜end〜
最終更新:2009年10月22日 18:15