空は、真っ暗で、未来なんか見えなかった。見たくなかった。
:: ビター・ビター(3)
「お疲れ様です。」
ぺこりと丁寧にお辞儀をしながらあ〜ちゃんがスタッフの人に声をかける。そしてのっち、かしゆかと共にスタジオを後にした。エレベーターで降りる中、終始のっちは視線を泳がせて何だか落ち着かないようだった。あ〜ちゃんはそんなのっちをちらりと見るが理由がわからなかった。
(あ、目が合った。)
ふと気付けばのっちをじっと見ていた、そんなあ〜ちゃんの視線に気付いたのっちが驚いて大きな目を更に大きくした。目で、なんよ、って言われているようでつまらなくなったあ〜ちゃんは、同じく目で、なんでもない、って伝えるように視線を階を表示するランプに向けた。ドアが開くとあ〜ちゃん、かしゆか、の順にフロアへと抜け出た。すると、のっちが口を開いた。
「ねえ、早く撮影終わったし何か食べて帰らん?」
のっちの提案に2人は足を止めた。すると、かしゆかが先に答える。
「いいよ。」
「ほんと? 何食べよっか、あ〜ちゃんも行くやろ?」
ぱあっと表情を輝かせたのっちがそのイキイキとしたかおをあ〜ちゃんに向ける。あ〜ちゃんの答えを待っているのっちは、何だかとても嬉しそうに見えた。そのかおが何だかあ〜ちゃんは気に障った。
「…行かん。」
「えっ? 何で!」
またのっちは目を見開く。驚いたあとにすぐに眉を下げる。寂しそうなかおしてあ〜ちゃんを見る。あ〜ちゃんには何でのっちがそんな顔をするのかがわからない。
「かっしーがおるけえ、ええじゃろ。あ〜ちゃん用事があるんよ。」
そう言えばのっちは黙ってしまった。だからあ〜ちゃんは突き放すのではなく、にこりと笑って「じゃけえ、ふたりで楽しんできて。」と言った。あ〜ちゃんはのっちの性格をよくわかっている。だから笑顔で手を振る、楽しんできてほしいから。
「じゃあね。」
「うん、またね。」
あ〜ちゃんはのっちとかしゆかが並んで歩いていく背中を見送った。途中のっちが後ろを振り向いて明日にでもあ〜ちゃんがいなくなるみたいに、大きく手を振るものだから可笑しくなって思わず笑った。それがあまりにも長いから、また先ほどと同じように目で、はよ行きんさい、と訴えた。
(これで、よかったんよ。)
あ〜ちゃんは心の中で言い聞かせるように言った。
ひとり、2人とは逆方向に向かって歩いた。すれ違うカップル、会社帰りのOL、今から二次会だと思われるサラリーマン数人。急にひとりになって肌に感じる風が冷たく感じる。寂しさを紛らわす為にあ〜ちゃんは自然と早足になる。
のっちは最近あ〜ちゃんに妙にやさしい。心地よいやさしさで、自然で落ち着く。 甘えてしまうくらい、気持ちがいい。
(じゃけど、いかんのよ。甘えたら、繰り返すだけ、前と変わらん、けぇ…)
あ〜ちゃんの目頭が熱くなる。駆け出す、誤魔化すように、溢れるものは止まらないのに。
見上げた空は真っ暗で何も見えない。夜、ということ以上に視界がぼやけて見えない。見えない未来は、見飽きた。1年前、胸が痛くて押しつぶされそうだったあの頃、見えない未来を見なくては生きられなくて。もう、あんな想いしたくないから。
(ほんま、あ〜ちゃんは駄目な子じゃ、)
甘える場所は、のっちじゃないでしょう。
「綾香ちゃん。」
「あ、ごめん、待たせて。」
名前を呼んでくれるひとがいる。
すらっと伸びた程よく筋肉がついているその身体、低い声、大きな手。あ〜ちゃんは、その手に縋りたいって思ったんだ。
最終更新:2009年10月22日 18:29