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—あの日の電話—


歩きだした背後から、ズズッと鼻をすする音が聞こえる。耳はいい方だ。今、この瞬間のために、その全神経を集中させた。結果、のっちの足音はまだ、しない。
何を想っているんだろう?
何を見ているんだろう?
今すぐ問いたいけれど、それは、もう、できない。
笑顔が好きだったけれど、これからもう、泣き顔さえ、見れないんだね。
そう思うと、決めた、はずなのに、歩幅が狭くなった。


だめだ、、。これじゃ、迷路に迷いっぱなしだ。
やっと抜け出すカギを伝えたはずなのに。


自分の気持ちが脈にのって、ドクドク動きだす。
だめ。いけない。そんなんじゃ、、幸せに、なれない。
私は。私は、、
幸せに、なりたかっただけ、なのに、、。


のっち、早く、帰って?動きだしてよ。
あ〜ちゃん、振り返っちゃうじゃない。
そんなの、誰も、望んでないのに。
そんな想いも振り切るために、震える指で、電話をかけた。
心の中で“出ませんように、、出ませんように、、”何度も念じながら。
10コール、いや、8、、7コールまでは、我慢しよう。
最初の2コールくらいは、どうせ鳴らないんだから。
どうか、出ませんように、、出ませんように、、、。



『もしもし?』
やっぱりこんな時は、運が悪い。
5コールも待たずして、電話の先から声が運ばれてくる。
『ん?あ〜ちゃん?』
おずおずと、心配した声が脳内に警告音を知らせる。
だめだ、、。やっぱ、だめ。
無理じゃろ。こんなん。勝手にもほどがある。
『ゆ、かちゃ、、っつ、』
『どしたんっ!?』
声を出してみたら、止まっていたはずの涙がこぼれた。
泣きたいわけじゃない。
慰めてほしかったわけじゃない。
電話の先で、かしゆかが慌ててる。
簡単にその姿が想像できるけと、それに笑えるほどの余裕は、ない。
『っつ、ごめ、ん、ゆかちゃん・・・』
いったい何が“ごめん”なんだろう。
のっちのこと好きになって、ごめん?
かしゆかも好きだったのに、ごめん?
先に手を出したのはそっちだったのに、ごめん?
泣いて電話をかけて、ごめん?
不自然なほどに甘えて、ごめん?


『・・・いんよ、あ〜ちゃん。』
多分きっとかしゆかは、その全てを汲み取った。
その上で“いんよ”って言ってくれた。
ごめん。でも、、
本当のごめんは、電話をしたくせに100%素直な気持ちで譲ることはできない、こと。
やっぱり、だめだ、あ〜ちゃん。ごめん、やっぱり、、、


『ごめん、あ〜ちゃん』



謝ろうとしたら、先に聞こえてきた、電話の先の“ごめん”
何が、“ごめん”なの、かしゆか?
のっちのこと好きになって、ごめん?
あ〜ちゃんも好きだったのに、ごめん?
浮気させて、ごめん?
電話に出て、ごめん?
不思議なほど優しくして、ごめん?


『ゆか、本気だった。ずっと前から。』


あぁ、そっか。
本気なくせして強がって、試して、無理して、辛くなって、やっぱり本気だって気付いて、ごめん。ってこと?
長いよ、かしゆか。長すぎるよ。
どんだけ、、どんだけ我慢してんのよ、、。
『・・・うん。知っとる、よ、、、。』
ごめん、かしゆか。
あ〜ちゃん、二人の中の一番にこだわってたのかもしれないな。
小さなプライドだよ。ごめん。
そんなもので、大切な親友、二人も傷つけちゃったね。



『あ〜ちゃん』
『うん?』
電話の先の倍音が、心地よく響いた。


『幸せに、なってね。』
瞬間、春の風が舞った。


こんな日に、同じ台詞を、同じくらい大切で、大好きな人、二人に言われるなんて。
声にならないくらいの小さな声で頷いた。
それでもきっと、かしゆかには届いてる。


『・・・のっちのことは、、』
今日の倍音は、なんだかやたらと頼もしいな。
振動が脳を揺さ振って、“泣け”って言われてるみたい。


『ゆかが幸せにするから。』




春の風が舞った。
振り返ると、のっちの姿は、もう、なかった。




END







最終更新:2009年10月22日 18:44