−A-side
目が覚めると、いつもと変わらない天井がそこにあった。
少し寝たぐらいじゃ気持ちなんて簡単に晴れないってことくらい、
よくわかっているけど。
ラグの上にぺたっと座ってぼんやりとしてみる。
あれから家に帰って眠るまでの間の記憶が曖昧だ。
ただ覚えているのは、かけられない携帯を握りしめていたことだけだった。
結局、のっちからの連絡はなかった。
手首に触れてみる。まだ少し痛い。
引っ張られた強さとかきつく抱きしめられた感覚だけがよみがえってくる。
いつもののっちは。
おずおずと触れてくるくせに、私を手に入れたらちょっと強引になる。
でも何か言うとすぐに慌てて、我に返って顔を真っ赤にしたりする。
私の温度に合わせようとするのに、
次第に抑えられなくなる感じが、とてもいとしい。
でも昨夜は違った。
手首を強引につかむその手は、決して私を逃がそうとはしなかった。
私の中に何かを刻み込もうとしていた。
果てしない場所へ連れていかれる気がして、すこしこわかった。
でも強く抱かれて求められるのが嫌なわけない。
ドキドキは高揚となり、どうにかなってしまいそうだった。
なのにどうして、途中で止めてしまったんだろう。
私の何がいけなかったんだろう。
最後に見たのっちの顔を思い出す。
やりきれなくてすこし傷ついたみたいな、でも甘えているような顔だった。
受け入れたくて待っているけど、それだけじゃ足りないんだろうか。
胸の辺りが何かに吸い込まれてしまいそうに痛い。
左手をあててみると気づかされる。
ああ、心はたしかにここにあって、
だから今は張り裂けてしまいそうに痛いんだ。
朝なのに、のっちはここにいない。
赤ちゃんみたいにぐーぐー寝るあの顔が、今は隣にいない。
いつのまにか視界までぼやけてくる。
−N-side
「ちゃんとあ〜ちゃんに連絡せんといけんよ」
目が覚めたとき、隣にいたのはあ〜ちゃんじゃなかった。
一瞬パニックになって慌てた私を、ゆかちゃんは笑って送り出した。
何してるんだろう。
大好きな人を傷つけて、それを別の女の子に慰められて。
昼の光がまぶしくて、それすら今はなんか痛い。
「あーあ、なにやってんだろ」
鍵を開けて、自分の部屋に入る。
あれ。電気ついてる。消し忘れたんかな。
「…ほんと、なにやってたんじゃろね」
え。聞き覚えのある声。
「あ〜ちゃん?」
靴を脱ぎ散らかしてリビングを覗くと、あ〜ちゃんの後姿が見えた。
床にちょこんと座り込んで、私のゲームをしてる。
こっちに振り向かないで喋り続ける。
「どこいっとったん」
「…ゆかちゃんとこ。うち来んかって言われたけぇ」
あ〜ちゃんの肩がピクリとした。
「あ〜ちゃんは誘われとらん」
「いや、その、まあ」
「…あんた、ゆかちゃんはPerfumeの宝じゃ。変なことしよらんじゃろうね」
「な、なんもしとらん、しとらん!」
昨夜のことを思い出して、かあっとする。
この顔を見られなかくてよかった。。
「ふーん」
ゲームなんてできないくせに、コントローラーをガチャガチャいじっている。
とても後ろめたいけど、別に心を移したわけじゃない。
あ〜ちゃんだって、あの企画を内緒にしてたわけだし。
私はかばんを持って突っ立ったままだ。
「のっちは、あ〜ちゃんのどこが好きなん」
少し固めの声であ〜ちゃんが聞く。
まだ振り向いてくれない。
あんなに冷たい態度をとったことを心の中で詫びながら、
コントローラーを持つ手を後ろから包んだ。
「周りへの気配りがすごいところとか、誰にでもやさしいところとか」
「やさしくなんかないもん」
「えーじゃあ、かわいいところ」
「かわいくないもん」
あ〜ちゃんはまだこっちを見てくれない。
手を重ねられたまま、まだゲームをしてる。
あーあ、まるで下手くそで見てられない。
すぐ死んでしまうキャラがかわいそうだよ。。
心に余裕が出てくるのが自分でもわかった。
「じゃあ、のっちのどこが好きなん」
「そんなんわからん」
「まじで。」
がっかりして、おでこをあ〜ちゃんの背中に置いた。
わからんて。もっと他に言いようあるじゃろ。。
私のしょげかえった様子に気づいたのか、
あ〜ちゃんは突然くるっと体をこっちに向けた。
目を見つめながら、私の頬を両手ではさむ。
「…のっち」
「よーく聞きんさい」
何かを決断するときみたいな真顔で、あ〜ちゃんは続けた。
「もうどこが好きかなんてわからんくらい」
「あ〜ちゃんはのっちと、めっちゃキスしたい」
「いっぱいいっぱい抱きしめてほしいし、抱きしめたい」
「他の人にはそんなこと思わん」
えーえー。そういう展開?
てっきり頬のひとつでもひっぱたかれるかと思っていた私は、
率直でストレートなその告白に、あまりの驚きで言葉が出なかった。
どや顔でこっちを見てるけどさ。
あ〜ちゃん、顔が真っ赤だよ。
−A-side
ちゃんと言おうと思ってた。昨夜からずっとのっちのことばかり考えてた。
どうしてのっちがあんな態度をとったのか、
私はどうすればのっちの苦しみを取り除いてあげられるのか、
結局答えは出なかった。
でもひとつだけわかったこと。
私はのっちが好きで、それをちゃんと伝えたいということ。
今それを果たして、妙にすっきりしてる。
…のに、のっちは一瞬ニヤっとしたものの、すぐまたあの顔になった。
こうなったらまた昨夜の繰り返しになるの?
「まーた、そんな顔してから」
とりあえずそう言って、のっちのほっぺたを両手でつねってみる。
逆効果かな。でもどうすればいいのかわからない。
「あ〜ちゃんのふぉと、ふぅきすぎてくるふぃい。」
頬をつねられたまま、のっちが言う。
私は思わず手を離してのっちをじっと見て、次の言葉を待った。
「それで…気持ちぶつけられる側のこと、全然考えとらんかった」
「だから、いろいろごめんなさい」
伏せ目がちにただそう話すだけ。
謝ってうなだれるのっちは、叱られた子犬のようだ。
なんていとしいんだろう。
久しぶりに本音を聞けた気がして、安心で全身の力が抜ける。
何も言わない私を上目遣いで見上げる。
しょげかえった情けない顔。
…のっち、何も言えなくてごめん。
でも、何も口にできないのは、
泣き出しそうになるのをこらえてるからなんだよ。
ベッドに寝転んで、のっちを呼ぶ。
激しい嫉妬で狂った昨日ののっちのことを考えたら、胸が痛い。
のっちはすごすごと私の手招きに応じる。
「…さっきの話じゃけど、あ〜ちゃんこそごめん」
「のっちの苦しいんを知っとったけど、どうしていいんかわからんくて」
形のいい頭をなでながら、つぶやく。
申し訳ないという気持ちを込めて。
のっちは、何て言うかな。
でも今はその前に、思い切り抱きしめてほしいな。
…私の思いが届いたのか、のっちは私の胸に埋めた顔を上げた。
来るな、と思った瞬間ぎゅっとされる。
抱きしめられた腕から気持ちが伝わってくる。
「あ〜ちゃん」
「うん?」
甘えたときの声が頭上で響く。この声で呼ばれるのが一番好きだ。
「…やばい、すき、だいすき」
「すき、かわいい、ほんとだいすき!!」
少年みたいにはしゃいで私を抱きしめてくる。
その言い方があまりにもかわいくて。
「あ〜ちゃんも、すきよ」
私はそう言って、のっちの唇に軽くキスをした。
なんでもっと前から素直にこうできなかったんだろう。
こみあげてくるいとしさで、もう待てない。
のっち、早くやさしいキスが欲しいよ。
でものっちは目をかっと見開いてこう言った。
「何で、もっと早うにしてくれんかったん!」
「ほっぺにも、ちゅーして!」
…のっち。
リクエストに応えて頬にキスをした。
のっちは目をうるうるさせて、とてもうれしそうだ。
目を合わせたまま、近づいてくる。
私はこの時間が好きだ。
少しためらったり、顔を真っ赤にさせたり、にやけた顔だったり。
でもどんなときでも、重ねる瞬間は真剣な目をしてくれる。
好きだよって言葉が聞こえてくるみたいな気がして、ドキドキしてしまう。
だんだん近づいてくるなあ。
ふわっとした空気が鼻をかすめる。
…いつもと違う匂い。さっきは気づかなかったけど。
のっちがいつもつけてるすっきりしたあの匂いと違う。
私の甘いのとも違う。柑橘系の、あの香りだった。
体は固くなっていくのに、
いつものやさしい感触が、いつもどおり私の唇を覆う。
私は目を閉じて、のっちの唇にだけ集中することにした。
何があったかはわからない。
でも何よりも、昨夜一緒にいられなかった。
今はこの飢えの方が切実だった。
好きすぎて苦しいって、のっちは言った。
あの目に嘘はなかったから。
(つづく)
最終更新:2008年10月11日 15:10