《過去》
サイドN
重い足取り。
向かった先は、白と赤の可愛くてお洒落な部屋。
この部屋にくるのは何年ぶりだろうか。
最近までは白で統一されていたという部屋。
何があって、そこに赤を足したんだろう?
そんなこと、知るわけもないし、そもそもそんなこと、考えもしなかったのは、
あれからプライベートで会うことがなかったから。
そうしたのはのっちなのに、文句のひとつも言わないで、するりと腕から消えていった。
泣き顔だけ残して。
多分誰だって臆病だから。
誰かを大切に想っていても、一緒にいたいって思っていても、
傍にいられない時だってある。
手すら、握れない時だってあるんだと思う。
でも、理由はそれ以外にも、君が、その両手いっぱいに何かいろんなものを抱えているからなんじゃないかな?
って、のっち思うんだ。
その大きな手に、持ちきれないほどの荷物を持って、沢山の落とし物をしてきたこと、気付いてないのかな?
それとも急いでた?
のっち、その時大声で叫んで呼び止めたつもりだったんだよ。
でも、かしゆか、振り向きもしないでいっちゃった。
でもでも、向かった先だって、これからすることだって、すぐにわかったよ。
そんでね、今になって思ったんだけど、
あの時、かしゆかが抱えていた荷物、のっちがちょっと持てばよかったな、って。
そうすれば片手があいて、握れたかもしれないのに。
だからね、これからは、そんな時はあの優しく甘い声で“半分持って”って言ってくれたら嬉しいな、って思うよ。
かしゆかの落とし物のひとつは、綺麗な大粒の涙だった。
あの時すくえなくて、こぼれ落ちた涙も、
無駄にしないように、って思うから、伝わると、いいな。
部屋のドアを開けると、いつものかしゆかがそこにいた。
大きな手のひらを広げて、長い腕を伸ばして、変わらない笑顔で言ったんだ。
『おかえり』
いつだって半歩先にいるかしゆかは、こんな時でも、そう、だった。
だから、のっちは素直に甘えた。
だから、馬鹿みたいに、わんわん泣いたんだ。
《現在》
サイドN
『ゆーかーちゃん』
『なんよ?』
『大好き』
『どしたんっ!?』
急にそんなこと言い出したのっちに、目をキョロキョロさせて、かしゆかは驚いた。
ただ言いたくなっただけ。
ただわかっててほしかっただけ。
今、のっちが好きなのは、ゆかちゃんだけだよ、って。
あの時、あの別れの日。
ゆかちゃんからの連絡に心底救われて、それに迷うことなくすがったのっちの情けなさ。
ゆかちゃんの胸でわんわん泣いて、ゆかちゃんは何も言わないで、ずっと抱き締めてくれて、背中を優しくポンポンってしてくれて。
あ〜ちゃんへの想いも、のっちの情けない姿も、全部バレてるから隠しようがないけど、
全部隠さず伝えてあるからこそ、こうやって今でも一緒にいられるのかな?
だとすれば、その行動は正しかったのかな?
疑うことがないくらい、かしゆかはのっちのことをわかってる。
『連絡、、してみようと、思って・・・』
主語がなくてもわかるだろう。
言葉に出さなくても、ずっとひっかかってたことを、気にしてたのはのっちだけじゃなかったんだから。
『うん。待ってるよ?』
“あ〜ちゃんも”
笑顔で優しくそう言って、のっちの頭を撫でた。
ねぇ、あ〜ちゃん?
かしゆかの言う通り、あ〜ちゃんも待っててくれてる?
ごめんね。のっち、やっと決心がついたよ。
やっと言葉にして伝えられる日がきたよ。
遅くなって、ごめんね。
でも、考えた年数の長さは、愛情の深さだよ。
忘れたことなんて、なかったもん。
携帯をいじる指先が、少しだけ震えてダサかった。
それを見てかしゆかは
“むこう、いってるね?”
そう言って、笑って部屋を出ようとした。
あ、ごめん。のっちが出るべきだよね。
『あっ、のっちが、、、
次を言い掛けて声はとまった。
『・・・も、しもし?』
聞こえた声に、慌ててベランダに出た。
後ろでゆかちゃんがクスッて笑った。
最終更新:2009年10月22日 19:18