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「あけおめー」
「あけおめ」

実家から帰ってきたゆか達はこんな様子。特に変化がある訳でもなく、実家での事はこれといって話もせず、ごくごく普通の日常が戻ってきたといった感じだ。
そしてこれからあ〜ちゃんと三人で初詣に行く。あ〜ちゃんにもらったコートを身にまとうと、のっちは大きな目でじっと見つめてきた。

「そのコート、可愛いね」
「あ〜ちゃんに貰ったの、誕生日プレゼントに」
「あ〜ちゃんに会ったんだ」
「わざわざプレゼント届ける為だけに来てくれたの、のっちが行っちゃった次の日に」


ふーん、とのっちはなんだか腑に落ちない表情。そんなのっちの腕に抱き付いて、ゆかは寝癖ではねた前髪を気にしているのっちを急かした。
きっとあ〜ちゃんはもう待ってるから、待たせちゃ悪いでしょ。それにね、広島のゆかの好きな雑貨屋さんであ〜ちゃんに遅いクリスマスプレゼントも買ったんだ。コートのお礼、って程の物でもないけど、可愛いバッグ。あ〜ちゃんのいつもの服装に合うと思って。

「かしテンション高くね?」
「そう?」
「てかチーク濃すぎ」


のっちは何が気に入らないのだろう。
ゆかの頬っぺたを親指でゴシゴシ擦って、のっちは「こんくらい薄い方が良い」だなんて言うし。今まで人の化粧に文句なんてつけてこなかったのに。だけどなんだか、それでものっちが気に掛けてくれたみたいで嬉しくなった。ゆかはのっちの乾燥した唇にキスをする。

「ん…べとべとする…」
「グロスのお裾分け」
「なんなんソレ」

のっちは鼻で笑ったけど、ゆかは人差し指でのっちの唇全体にそれを塗ってあげた。のっちは何も言わずに窓の外を眺めてる。雪が降ってる。積もってはないけど、ヒラヒラ舞ってる粉雪は綺麗だ。

「のっち、早く行こ、あ〜ちゃん待ってるよ」
「……」


のっちは黙ったまま頷いて、キーケースをポケットに突っ込んだ。そんなのっちにちょっかいをかけたくなってしまう、ゆかはかなりテンションが高いのかもしんない。








あ〜ちゃんが後部座席に乗り込むと、ゆかはさらにテンションが上がった。早くプレゼントを渡したくて仕方なかったし、それになんだかあれからあ〜ちゃんを見る目が変わったというか、勝手に苦手だとか思ってだけど、なんだかんだ仲良くなれそうだなって思えたし。

「あけおめー!二人ともどうだったん、久しぶりの実家は!」
「のっちお餅喉に詰まらせて死ぬかと思った」
「ゆかは…なんか普通だったかな」
「そっかーいやー紅白は今年も白組が優勝じゃったねぇ、もう紅組が勝つことってないのかもねー」

なんて話している時、あ〜ちゃんはよく後部座席から運転席と助手席の隙間に身を乗り出すもんだから、なんだかそれだけで面白くなっちゃって。あ〜ちゃんの話はいつも面白いし、のっちなんかはあ〜ちゃんの話が大好きで、お笑い番組を見てる時よりも面白そうに笑ってるんだ。

「あ、あ〜ちゃんコレ」
「何?これ」
「遅くなったけどクリスマスプレゼント?コートのお礼も兼ねて」
「え、うそっ!嬉しい!ありがとうっ!」



素直に喜んでくれるあ〜ちゃんに、自然と笑顔になったゆか。のっちはその様子を横目で見ながら、無表情になる。のっちも少しは見習ったら?あ〜ちゃんのこういった所。昔は素直だったのに、最近じゃ変に意地張ってばっか。

「可愛い!茶色いバッグ欲しかったんよ!」
「それね、紐をかえたらショルダーにもなるんよ」
「うわほんまじゃ、ありがとう!いっぱい使うね」


あ〜ちゃんはニコニコと笑ってくれた。それだけで一生懸命選んだ甲斐があったってもんだ。それからあ〜ちゃんと服やらの話をして。「あのブランドの福袋を買った」だとか「初売り行ったけどサイズがほとんど売れちゃってて」とか、女の子特有の。
のっちはずっと前だけ見て車を運転していた。途中、信号待ちをしている時に、手の甲で唇をゴシゴシ拭っていたのが見えて、ゆかは少しだけ頭がカッとなった。


駐車場に車を止めて、のっちが乱暴にドアを閉めるから、あ〜ちゃんがビクッてなったのをゆかは見逃さなかった。ゆか達を置いて先に歩いて行こうとするのっちを追いかけて、強く肩を掴んだ。

「ったいな…なんなん」
「なんなんってなんなん、何あの態度、あ〜ちゃんビックリしてたじゃん」
「…あっそう」
「何が嫌なんよ、言いたいことあるんならハッキリ言いんさいや、新年早々こんな所で喧嘩なんてゆかしたくない」
「どうしたん?なんでそんなムキになってんの?」

のっちはゆかを見下したみたいに笑った。頭に血が昇った。恥ずかしくて、馬鹿にされたみたいで、あ〜ちゃんは気まずそうにずっと20メートルくらい遠くからゆか達の様子を伺ってるし。
確かに朝から変なのはゆかの方だった。だけどそれはあ〜ちゃんにプレゼントを渡したくてウズウズしてたからであって。だけどちょっとくらいゆかのテンションがおかしいからって、のっちがそんな風にイライラすんのは意味が分かんない。ゆかが悪いの?違うでしょ。


「なんなんアンタ、むかつく」
「本当はあ〜ちゃんと二人で来たかったんでしょ?のっちただの足でしょ」
「誰がそんなこと言うたんよ」
「東京に帰って来たと思ったら、あ〜ちゃんあ〜ちゃんあ〜ちゃんあ〜ちゃんって、あ〜ちゃんの事ばっかり、そんなにあ〜ちゃんが好きなら付き合えや」


ぷちん、て切れた。
振り上げられたゆかの手は、のっちの頬を叩いた。冷たい空に渇いた音が響く。
むかつく、なんなんコイツ、めっちゃむかつく。「はは、平手打ちとかー」って笑って、なんなんコイツ。あ〜ちゃんと付き合え?そこにあ〜ちゃん居るんよ、聞かれてたらどうするんよ。せっかくあ〜ちゃんと仲良くなれると思ってたのに。腹割って色々話せるような、そんな親友みたいな関係になれると思ってたのに。

「はぁ…はぁ…、」
「…痛いっつーの」
「…なんで、そんなこと言うんよぉ……」


せっかく掴めそうだったんだ。のっちが大好きな女の子、あ〜ちゃんを。あ〜ちゃんと仲良くなったら世界も広がる気がした。ゆかの知らない事、もっとたくさん知って、もっとのっちを理解して、もっと良い関係になれる、そんな気がしてたのに。

涙は止まんなくなった。
結局、初詣は中止。
のっちがずっとあ〜ちゃんに手を合わせて謝ってたのが印象的だった。



「…ごめん言い過ぎた」
「…こっちこそごめん…」
「…痛かった…?」
「ちょっとだけ、ね」

ベッドの中で行き場のなかった手は自然と繋がれて、天井を同じ様に見上げるゆか達は、あ〜ちゃんに格好悪い所を見せちゃったっていう後悔の波に襲われていた。
少なからず周りに人もいたのに、なんであんな事になっちゃったんだろ。終わった事を考えても仕方がないのに、あの後あ〜ちゃんが「なんか、ごめんね」って言った時の今にも泣き出しそうな顔を忘れられないでいた。


「のっちがあんなこと言うなんて、珍しいね」
「なんか頭イっちゃってた……本心からじゃないよ」
「うん、分かってるよ」
「……ごめんね…」

なんで気が付かなかったんだろ。
東京に帰って来てからおかしかったのはのっちも同じだったんだ。ゆかとは違う、心境の変化。気が付いてあげられなかったゆかは、正月ボケをしていたに違いない。二年も付き合ってて、一年以上も同棲していれば朝起きた時の部屋の空気なんかで相手の体調の善し悪しもすぐ気付いてあげられるはずなのに。
それにのっちは楽天的に見えて意外と打たれ弱い、心の優しい人だから。朝のニュースで殺人やら外国での戦争やらの不幸な話題を見ると、その日一日に影響しちゃったりする様な人で。そしてゆかはそんなのっちの儚い所が好きだったりなんかもして。


「…広島で、何かあったん?」
「……うん」
「…ゆかに言いたくない?」
「…うん…」
「そっか、じゃあ聞かん」

別に突き放してる訳じゃないよ。ちゃんと聞いて欲しい事なら、のっちはちゃんと自分から言うから。
それでもなんとかしてあげたいって思う。自分に出来る事はないか、学校で勉強した事なんて今となっちゃほとんど覚えてもいないけど、それでも頭を使って色んな事を考えて。だけど結局は考えるより本能で行動してしまう。のっちの頭を撫でて、優しくしてあげる。


「ゆかちゃん…」
「うん?」
「ゆかちゃんに頭撫でられると安心する…安心するけど、それってやっぱり甘えてるだけで自分が弱くなってる証拠なんだよね」
「…どうして?そんな事ないよ」
「ゆかちゃんが優しいと、甘えたくなる。嫌な事から逃げ出して、そこでゆかちゃんに優しくされるなんて、あまりにも贅沢すぎるよ」

のっちの言ってる事は理解が出来なかった。そんな言葉とは裏腹に、のっちはゆかの首筋に顔を埋めてそっと吸い付く。のっちが何を求めているのか分からなくて、ゆかは天井を見上げてのっちの体温と舌のぬくもりだけを感じてた。

「…ゆかはのっちの恋人だよ?恋人に甘えるって悪い事なの?ゆかは、いつだってのっちには自分の味方でいて欲しいし、のっちがいるから仕事だって頑張れるし、嫌な事だって」

のっちはゆかに最後まで言わせてくれなかった。全て塞ぎ込む様なキスをして、ゆかの視界から天井は見えなくなって代わりに真っ暗なのっちの影が広がった。


恋人って何。
のっちの言う通り、それは逃げ場でしかないの?結局はただお互いが寂しさを紛らわして自分の存在を裏付ける為の道具として利用してるだけなの?

もしそうだとしても惹かれ合って求め合ったのがのっちとゆかだったのなら、そこには特別な何かがあったんだって思うよ。恋愛ってそもそも、目的が有って無い様なもんなんだし。
だけど目的が無いんだったら、どうしてゆか達は付き合っているんだろ。


「は、あ、のっちっ…」
「…ゆか…好きだよ」
「あ、ぁ、ん…う」
「大好き」


どうしてこんなに、愛しいと思うんだろ。




◇09:終◇








最終更新:2009年10月22日 20:03