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side.K


只でさえ寒い冬が、今年は尚更寒い。
友達の誘いも、実家からの希望も、全部断った。
なんとなく点けていたテレビでは、昔からの馴染みの芸人が極寒の真冬の空の下、裸になって氷の浮かんだプールに突き落とされている。
あたしの事なんか忘れたみたいに、呆気なく年が変わる。
年が明けると同時に、あ〜ちゃんの方からメールが入った。
悔しかった。やっぱり、って。

なんでそんなこと知ってんの?
ここんところ、ずっと二人でいたんでしょ。
好き勝手してくれちゃってさ。
信じられない。なに考えてるのよ。

頭に血が昇って、体の芯がジリジリ熱くなる。
全部本音だったけど、それでも返信はしなかった。
なんの意味もないし、自分が惨めになるだけだって、分かってたから。

いつその時が来てもいいように、ずっと部屋にいたんだ。
もしかしたら、連絡が入るかもしれない。
もしかしたら、ひょっこりあたしの部屋に顔を出すかもしれない。
そんな、現実離れしたような期待を胸に、ずっと待ってたんだ。
結局、それは期待通りではなかったけど……
でも、その為に待ってたのも嘘ではないから、あたしはコートとマフラーを乱暴に身に付け、部屋を飛び出した。


彼女のもとへ走る、走る。
吐き出される息は、真っ白。走る体は、熱い。
通りに出てタクシーを捕まえる頃には、厚く着込んだ洋服の中が汗ばんでいるのが分かった。
窓の外では、真夜中にも関わらず、沢山の人が行き交う。
腕をくんで幸せそうに歩く恋人。
仲間で集まって騒いでるんだろう、男女混合のグループ。
ぼんやりと眺めていると、段々と胸が高鳴っていることに気付く。
そうだ。あたしだって会いに行くんだ。大好きな人に。
久しぶりで緊張するし。
でもちょっとの不満もあるし。
聞きたい事だって山程ある。
だけど、ずっとずっと会いたかった。
胸が高鳴って当然だ。
「おつりいらないです!」
目的地まであたしを運んでくれたタクシーを、乱暴に五千円札を置いて飛び出した。
もうこんなに近くまで来たのに。今まで散々我慢してたのに。
もう会えるのに。
分かってるのに、自然とまた走り始める。
彼女はどう迎えてくれるだろう……
走って乱れた呼吸も相まって、また緊張感が胸を締める。不安だ。
どうなっても良いし、何言われたって良い。
覚悟なんてとっくに出来てるし、只なにも分からず待ってる方がよっぽど辛い。
第一に、あたしは彼女らしく生きる彼女が好きなんだ。
だから、せめて最初くらいは笑っていて欲しい。



side.A


澄んだ空気、真っ白な吐息。冬に沢山のイルミネーションで街を飾るのは、もしかしたらみんな寂しいのかもしれない。
草木は耐え、いきものはお休みしている冬が。


「年末年始は、まとまった休みがとれたから」
そういうマネージャーは、なんだか嬉しそうだった。
それもそうだ。毎日あたしなんかの顔を見てるより、想う人と年を越したいに決まってる。
「じゃあね、良いお年を」
勿論、あたしだって嬉しい。今年の活動はライブハウスでのツアーが主で、ドラマの主題歌を一つリリースしただけのあたしなんか、年末年始の特番は御呼びでない。
タイミングだな。そう思った。そう思ったら、簡単に涙が流れた。
彼女のことを考えて。
あの子のことも考えて。
自分のことを考えて。
随分長い間の思い出も溢れて来て。
強情っ張りなあたしの、多分人生で一番長い片思い。
違うかな……
結ばれないのが分かってる、人生で一番悲しい両思いかな。
それももう、おしまいにする覚悟ができた。
だから今くらい泣いておこう。心配症な彼女の前で、もうあたしが涙を流すことは許されないから……
上を向いて涙を流せば、すぐにそれは耳まで伝う。
流れた涙はすぐに冬の風に吹き付けられ、冷たくなって痛くなる。
おかしいな……
なんでこんなに悲しいんだろう……
これはそんなに悪い涙じゃないはずなのに。
もっとあったかくたって良いはずなのに。
右手の甲を噛んで堪えてみても、漏れだす声は抑えられなかった。
もういいや。出るだけ出そう。こんな風に泣けるのも、今年が最後だ。
そう思ったら、一際涙は溢れた。
あたしは、彼女と年を越す訳には行かないから。


泣きながら歩いていると、いつの間にか彼女の住むマンションの前に着いた。
全くあたしの頭ってのは、彼女のことを考えていると、時間も忘れてしまうらしい。
歩いてくるには、決して近い距離ではないのに。
バックから鏡を取り出し覗いて見れば、ひどい顔してる。
エントランスでメイクを軽く直し、エレベーターに乗る。
今度は鏡で笑顔の練習。
最後くらいは、かっこよく終わらせたい。
部屋の前、一度深呼吸をして、彼女に来客を告げた。



side.N


仕事を始めた。
必死になって探してみれば、やりたいことなんて案外すぐに見つかった。
憧れかもしれないな。人として、なにより余裕が欲しかったのかもしれない。
暇を潰す為と言ったら怒られるかもしれないけど、只待つよりも、早く少しでもいいから自信みたいなものが欲しかった。
そしてまた、待つ。ひたすら待つ。
なんてことはない。彼女はこんな時間の何十倍もの時間を待ち続けていたんだろう。
頑固と言うか意地っ張りと言うか……
あたし達がPerfumeとしてあそこまで夢を見れたのも、きっと彼女のその、意地なりなんなり有りきだったのかな、なんて最近は思う様になった。
今度はあたしが待つ番だ。
たったそれだけの為に、今まで一人でいたんだろう。
堪らない夜も、あたしを想っていてくれたのかと思うと、胸が痛くなった。
覚悟は出来てる。忙しい彼女のことだ、今と決めるのは、いつになるか分からない。
ひたすら待とう。あたしの方から、彼女を迎えに行くことは許されないから。
気掛かりはひとつ。あたしが待つ時間は、そのままそっくりもう一人が待っていなきゃならない時間。
調子良いこと言ってしまって申し訳ないが、できれば待っていて欲しい。
あたしが帰る場所は、もう一つしかないから。


待ちながら、待たせる。
そんな如何とも言い難い時間をどれ程か過ごし、季節はすっかり冬になった。
今年は東京にも雪が積もったけど、不思議とそんなに心は寒くなかった。
明け方に帰宅した12月30日。
「年末年始くらい、誰かと過ごしてあげて下さい」
どっちともつかない計らい。
きっと彼女は忙しいんだろうなと、目を覚ました夕方にシャワーを浴びながら思う。
持久戦は覚悟の上。
少し伸びた髪から滴る、透明な水滴。
あたたかいシャワーとは真逆の環境を自ら作ってしまった自身の両手。
浴室を出て、ドライヤーを手にリビングに戻る。
相変わらず殺風景な室内。彼女が喜ぶ様な、洒落たインテリアの一つでも買っておこうか。
働き始めても、結局給料には殆ど手をつけなかった。


会話は苦手だけど、笑顔は絶やさない様にいよう。
最後くらいは、彼女の瞳にかっこよく写りたい。
ドライヤーのスイッチを入れると同時に、インターフォンが鳴った。
早かったな。そう思ったけど、焦りは無かった。
誰かなんて確認するまでもない。
どうやら今年の終わりを選んだ彼女との、最後の時間が始まるらしい。
ドライヤーをソファに置いて、濡れたままの髪を一度撫で玄関に向かう。


〜続く〜





最終更新:2009年10月22日 20:36