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あれから、しばらくのっちとは会わなかった。恋人がいるって分かった途端に手を引く辺りが完全に自分がおかしいんだけど。だけどなんだかショックを受けたのは、きっと似た者同士だと思い込んでたのっちは本当にあの可愛い彼女を愛しているんだと確信したから。
今まで本気で人を好きになった事がないんだよゆかは。だけど、のっちは違った。のっちは本気であの子の事が好きなんだ。悔しいな、なんでかな。なんでこんなに悔しいんだろ。


今日もいつもと変わらずCDショップのレジに立つ。今流れてるJポップは、あんまり好きじゃないから少し耳障り。こんな感じであと30分もだらだらしたら家に帰って学校の課題しなくちゃ。来週までに提出のレポート、まだ全然やってない。
だけど帰ったらなんだかんだでドラマを見たりして結局は全く勉強もはかどらないんだろうな。昔から両親は勉強しろとは言わないけど成績には結構うるさくて。だから塾に通う代わりに日頃ちゃんと自習はしてた。それが習慣になっていたのに、念願の一人暮らしを始めた途端にこれだ。なんかだらけちゃって、ダメになってる気がする。
ゆかダメになってんだ。高校生の時より、中学生の時より。あの頃は周りがしなければならない事を示してくれたからちゃんと目標は持てた。習い事にしたって、勉強にしたって。全部そうだ。だから周りが無くなった途端に自分がしなければならない事が分からなくなってしまった。今は「出来るだけ有給休暇が多くて給料の良い会社に就職する」だなんて自堕落な人間の欲望丸出しの目標しか持てない様になっている。
それを目標と呼んで良いのだろうか。自分にとってプラスになるのかな。なる訳ないよね。そもそも楽して生活しようって考えてる時点でダメなんだって、そんなの。結局は楽して生きていきたいだけなんだ。それって生きる意味あんの?



「はぁ…」

ため息ばっかりだ。
ゆかこんなんで二年後、社会人としてやっていけんのかなぁ。格好良い大人の女になれんのかなぁ。目標も何もない、夢中になれる何か…写真、くらいなのかな。夢中って程でもなくただの気休め程度のお遊びに過ぎない訳だけど。
ライブの時ののっちの写真、撮りたかったな。東京に来て初めてあんなにも人間が輝いて見えたんだ。何かに夢中になってる姿、ただそれだけの事なのに、ゆかにはどんな宝石よりも光って見えた。


だから悔しくて、のっちが羨ましかったんだ。
自分のやりたい事があって、それに夢中で取り組んで、上手に恋愛までして。「のっち不器用なんだよね」とか言ってたけど、どこが不器用なの。めちゃくちゃ器用に今を生きてるんじゃん。ただの嫉妬だ。間違いない。
のっちに似合う女になりたい……そう思ってだけど今は違う。のっちみたく、自由になりたい。器用で自由に、社会に入るまでの短い期間だけで良い。社会に入ったら自由なんて無いんだし。今の内にやりたい事したいのに、それすら見つからないんだ。


「研修卒業、おめでとう」

ゆかの好きなアーティストのニューシングル。顔を上げると、そこには憧れの人がいた。

「あ、のっち」
「大丈夫?死にそうな顔してたけど」
「大丈夫じゃないかも」
「え、まじか」

避けてたの、気付かれたかな。そうでもないか。そもそもメアドも番号もお互い知らないし。友達でもなんでもない、ゆかが勝手に仲良くなりたいと思っただけなんだから。



「どうしたん、悩み事?」
「…うん」


悩みの種はアンタだけど。

本当は会いたくなかった。彼女の魅力に嫉妬してる醜い自分が情けなくて。だけどのっちをもっと知りたいっていう好奇心はまだ衰える事はない。ぶつけたい質問は一週間前よりもたくさん増えた。
彼女の名前は?彼女の職業は?彼女の血液型は?彼女と付き合ったきっかけは?彼女と付き合ってどのくらい?のっちの彼女、彼女の魅力を全部教えてよ。のっちが好きになるくらいだもん、絶対すんごい魅力があるんだよ。


あれ、のっちじゃないじゃん。

なんでのっちの彼女の事ばかりなの?


「そういう時はさ、誰かに言うとすっきりすんだよ」

CDの入った袋を受け取ったのっちのあの大きな吸い込まれそうな目が細くなって。のっちに言ったらすっきりすんの?だったらさ、


「どうして彼女と付き合ってるの?」

これ、真剣な悩み、というか気になって眠れない事。悩みは眠れない事だ。この事ばっかり考えてると眠れなくなる。
のっちは一瞬驚いた顔をして、すぐに笑った。

「分かんないよ、そんなの」
「分かんないのに付き合ってんの?」

この間までのゆかと一緒じゃん、好きでもない相手と付き合って。キスをして、好きでもないセックスをして。のっちはそんなゆかの彼氏が可哀想だと言ったんだ。だから別れたのに。

「なんでだろ、のっちを好きになってくれたのが嬉しかったからかな?昔からお願いとかされると断れない人なんだよね、のっちって。何も出来ない自分なんかに頼ってくれんのが嬉しくて、期待のはるか上の結果を出して喜ばせてあげたくなっちゃう…だけど上手くいった例し無いんだけど」
「……」
「多分ね、人に頼られんの、意外と好きなんだよ。かと言って大き過ぎる問題に立ち向かうまでの勇気はないんだけど、たった一人の悩みやお願い程度だったら、何がなんでも応えてあげたくなる。まぁ、つまりはそんな理由なんだけど……あれ、全然まとまってないや、ごめんね口下手で。意味分からんでしょ」


なんて言ってのっちは恥ずかしそうに笑った。
分かんない、さっぱり分かんないよ。頼られるのが好きで、じゃあなんで付き合うの。恋人になって欲しいってお願いされたから?ただ押しに弱いだけじゃん、そんなの。
だけどそれにはゆかとは全く違う特徴がある。ゆかみたく「まぁ良っか」で付き合うんではなくて、全ては相手の事を考えて、って事なんだとしたら。それって優しいなんて表現とはまた違った、何か別ののっちの愛。

「あの子はね、誰かに頼りたかったんだよ、誰かに頼りたくて仕方がなくて、もっと頼りがいのある人にすりゃあ良いのにのっちを選んでくれたんだ。性格も何も知らない喋った事もないのっちをだよ?それって凄くない?」


のっちは興奮しながら喋ってる。ゆかは面白くない。聞きたくない。あれ、おかしいな。凄く知りたがってたはずなのに。夜も眠れないくらい気になってたはずなのに。


「…あれ?かしゆか?」
「……聞きたくない」

ゆかは耳を塞いだ。
聞かなきゃ良かった、知りたくなかった。ゆかだって頼りたいよ、誰かに優しくして欲しいよ、出来る事ならのっちが良いよ。のっち、のっち、のっち。


どうしてこんなにゆかの中はのっちでいっぱいなの。

「彼氏と別れた」

声を振り絞ってそう言った。
それからのっちは、何も言わずにゆかを家まで送ってくれた。「今は焦らなくても、きっとこれから本気で愛する人は現れるから」なんて下手に励ましてくれたけど、そんなのどうでも良くて。

結局学校の課題に手は付けず、朝までベランダで見えない星を眺めてた。ゆかの辿り着きたい場所、何一つ見えなくて怖くなって怯えてばかり。ただ前を見る事すら、今は怖くてしょうがないって言うのに。

いつかは辿り着けんのかな。

そうだと良いな。



◇0E:終◇






最終更新:2009年10月22日 20:37