それからしばらくして。軽音同好会に所属してる友達に誘われてまたライブを見に行った。のっちのバンドが見たかった訳ではない。ただ、会いたくなっただけなんだ。
髪型が変わってたらどうしようとか、そんな些細な事ばかり毎日考えてる自分ってとことん暇人だな。別に変わってたってどうもしないのに。のっちが金髪になろうが丸坊主になろうが、今のゆかは彼女にずっと変わらない羨望の眼差しを送るんだ。
「あ、あの人」
客席の後ろの方、のっちの彼女がいた。彼女は気が付くとニコッと笑って頭を下げてきて…どこまでも感じの良い娘さんだこと。ゆかもニコッて満面の笑みを作ってみたら頬が吊りそうになった。
今日はのっちを見に来たんだ、あの人。由里ちゃん…だっけ、可愛い。のっち喜んで張り切っちゃうんだろうな。それでまた歌詞飛んじゃったりしたらウケるのに。
「ごめん、ちょっとゆかトイレ行ってくるね」
そう言って人混みを掻き分けて、ゆかは彼女に近寄った。前に言われた通り、今日はちゃんとスニーカーを履いてきたし足取りは軽かった。
「こんばんは、今日は見に来れたんですね」
「はい」
「のっちいつ出るか知ってます?」
「知らないんですよ、なんか教えてくれなくて…。あの人、恥ずかしがり屋だから」
「そうなんだ」
「かしゆかちゃんなら知ってると思ったんですけど、彩乃から聞いてないですか?」
「ううん聞いてない、ゆかはのっちだけ見に来た訳じゃないし」
うわー、自分ってばなんて刺のある言い方。そんなゆかの嫌味にも「そうですか」って彼女は笑顔だし。尚更惨めになって、ゆかは何がしたいんだろ。
「彩乃、かしゆかちゃんと一緒にいると楽しいっていつも言ってるんですよ」
「え、なんか意外!」
「好きな音楽とか、話が合うって言ってて……私、そういうのに無関心だから、全然話ついて行けなくて」
「そっかぁ…びっくりするくらい趣味は合うんだよね」
こんな話をして、優越感を感じていた。彼女とは出来ない話をゆかとは出来るんだ。それでものっちはこの子が良いんだ。もしかして体の相性とか、そっち系?こんな可愛い顔してむちゃくちゃエロいのかな。どうしよう、勝てる気しない。ゆか基本的にマグロだもん。そもそも女同士でセックスしたこと無いし。
「あの、こんな事、かしゆかちゃんに相談するのもどうかと思うんですが……」
「なんですか?」
「尊敬してる先輩に…付き合って欲しいって言われたんです、その人は男性で、プロの写真家で、ちょっぴり遊び人なんですけど…」
「へぇ、凄いじゃないですか」
「彼は私が女と付き合ってる事を知ってるんです、それで言うんです『お前は女が好きなんじゃなくて男を知らないだけだ』って」
「…なるほど」
「その人は凄く優しいんです、男性なのに、凄く優しい方なんです」
「当たり前じゃん」
ゆかは鼻で笑った。
彼女の横顔は、まさに恋する少女そのものだったから。超ウケる。のっちのヤツ、自分の女横取りされてやんの。
「男は女より優しいですよ、だって異性だもん」
「そうなんですか?」
「最初はね」
「……」
「自分の物になるまでは優しいですよ、だから昔から男は女を征服したがるの。それは男の本能だから仕方がないんだと思う。男女平等だとか言うけど、そんなの絶対に無理なんですよ。だって男と女の生殖器は機能が違うし」
「なるほど、」
「由里ちゃんは、男と付き合った事ないんですよね?」
「はい」
「だったら、一度付き合ってみたら良いと思いますよ、のっちには『女の本能だから』って言い訳すりゃそんなもんでしょ」
最低、最低だよゆか。
そうまでしてのっちを手に入れたいのかよ。ステージには、ちょうどのっち達が現れた。照明を浴びて白い肌がさらに白く輝いて、ゆかはこっそり携帯のカメラにその姿をおさめる。綺麗だ。
「かしゆかちゃんは、彩乃が言ってた通りの人ですね」
「そう?」
「強くて頭が良くて、彩乃に似てます」
「似てないよ」
全然似てないよ、ゆかはあんなに綺麗じゃないもん。のっちが綺麗に見える時、決まってゆかは自分の汚い部分を目の当たりにして惨めになるんだ。
どこが似てるっていうの、むしろ正反対だよ。のっちはゆかの憧れで、辿り着けないゴールでしかないのに。
「なんか、話聞いて下さって、ありがとうございました」
「あ、ゆかも由里ちゃんに聞きたい事があるんだけど」
「はい?」
ゆかは彼女の耳元に顔を近付けて、言った。
「女同士って、どうやってエッチすんの?」
彼女は真っ赤になって目を伏せた。ゆかは激しくギターを掻き鳴らすのっちを見つめる。今は服を着てるけど、皆の知らない所で二人は当たり前みたいにやらしい事してるんだもんな。
「 」
耳元でゆかにだけ聞こえる様に教えてくれた。想像した。想像してしまった。そうしたら下半身が熱くなって、濡れた。
のっちがあの顔で、あの体でやってんだ。由里ちゃんがこの顔で、この体でのっちとそんな事してんだ。なんか綺麗だな、女同士って。ただ羨ましくなって、初めて自分が性的な興奮をしてるんだと思うと動物みたいで嫌になった。
「まぁ、…そんな感じです」
「…なるほどねー」
英語の歌詞はさっぱり意味が分かんないけど、のっちは楽しそうにキラキラしてて、こちらを気にしてるみたいに何度も目が合った。汗の飛沫が飛び散って、のっちのあの黒髪が首に張り付いてしまってる。
セクシーだなぁ。あれだけ色気もあるのに、女の子を抱いてるんだもんなぁ。ゆかが男だったら無茶苦茶抱きたいよ、あんな綺麗な子。女のゆかは、無茶苦茶抱かれたいって思ってる訳だけど。
「今日も打ち上げするんですか?」
「きっとすると思いますよ、かしゆかちゃんも、良かったら」
「由里ちゃんは?」
「私はこれが終わったら…先輩に食事に誘われてるんで」
「さっき言ってた人?」
「はい」
「そっか」
じゃあ、のっちが良いって言ってくれたら行こうかな打ち上げ。
どうせまたあのお店で飲んで騒ぐだけでしょ。ベースの人の彼女も途中から来てさ、漫画や映画やらの他愛のない話でワーワー騒いで。
由里ちゃんがいないのなら、のっちの隣はゆかで良いでしょ。
「彩乃、酔うと迷惑かけちゃうと思うので…」
「任せて任せて」
「はい、よろしくお願いしますね」
それからゆか達は何も喋らなかった。二人の目に映っているのは同じ、この瞬間ののっちなのだと思うと、なぜか吐き気がした。
「お疲れさま」
「あれ?かしゆかだけ?」
「由里ちゃんなら用事があるって、帰っちゃった」
「ふーん…打ち上げ来るよね?」
「行って良いの?」
「うん、おいで」
そう言ってのっちはゆかの肩を抱く。意味のない行為だって分かってんなら高鳴るな、ゆかの心臓。馬鹿になるな、ゆかの思考。
それから飲んで騒いで、ゆかは飲めないって言ってんのに、のっちに無理矢理飲まされて。
彼女がいないってだけでゆかは気分が良かった。のっちを独占出来るだなんて、キモい女みたいな事を考えてしまって。自分てばなんて情けない。こんなつもりじゃなかったのに、のっちは簡単にゆかを女にしてしまう。
お開きは深夜の二時過ぎ。
肌寒い東京の空の下、ゆかとのっちは手を繋いでいた。このままゆかの家に来て、少し眠ったら帰るんだって。ゆかはのっちの便利な友達だね。
「ライブん時、何ひそひそ話してたの?由里子と」
「えー内緒ー」
「つーかアイツさー、今好きな男いるんだよ、のっちに内緒でコソコソ会ってんだよ、有り得んわ」
「…ちょっとのっち!」
「くそっ」
のっちはギターを地面に叩きつけた。バキッて木が折れるみたいな音がした。薄っぺらいケースに入っていたけど、今の音は確実にいった。
「ムカつく、なんなんだよ!のっちが良いって言ったくせに!」
「ちょっとのっち、やめてよ」
「……う」
喚き散らしたかと思えば、次は吐いた。ゆかはどうして良いか分からずに、その背中をさすってあげるけど、のっちはその手を振り払う。
「……結局、依存してたのはのっちの方だったんだ」
「…」
「あの子が心を許せるのがのっちだけって思い込んでんのが幸せだったんだよ…最初は絶対に、あの子のがのっちがいなきゃダメだったのに、いつの間にかのっちがあの子に依存してた…」
「…そう」
「のっち…カッコわりぃなぁ」
小さく笑って、のっちは泣いた。そのまま家に連れて帰って、弱りきってしまった細い体を抱き締めてあげる事すら今のゆかには出来なくて。自殺しない様に見張る事くらいしか、出来なかった。
依存してたなんて、可愛いじゃんか。ゆかは全然良いと思う。格好良くはないけど可愛いなって思うよ。
こんなのっちの弱い部分を目の当たりにして、ゆかはなんとも落ち着いた気分になれた。冷静だけど、怖いくらい残酷に時計の針は進んでいく。のっちの涙が枯れたのは夜明け前。ベランダからまだ見えない太陽を探すみたいに東の空を見つめるのっちの背中にそっと抱きついた。
「ゆか…のっちが好きだよ」
何も言わなくて良い、今度はゆかが泣く番だから、もう少しだけこのままでいさせて。
生まれて初めて愛しいと思えた人の体温を忘れない様にこの体に匂いも全部染み込ませるまで。人間なんて弱い生き物は、結局は他人に生かされてるんだから、死のうなんて思わないで。ゆかを生かす為に生きてよ。
「……」
カチカチカチ、
カッターの刃が限界まで伸ばされて、静かにそれはのっちの手から零れ落ちた。
こんな異国みたいな東京って地で、ゆかはようやく光を見つけたんだ。お願いだからゆかを照らし続けてよ。掴めなくたって良いから。自分のものにしたいだなんて願わないから。
のっちは何も言わずにゆかの手を握った。ビルとビルの隙間から零れた朝日はゆか達を照らす。
◇0F:終◇
最終更新:2009年10月22日 20:38