フラッシュバック、フラッシュバック、フラッシュ、、、
ビター・ビター(13)
甘い香りに、薄い桃色のカーテンはあ〜ちゃんを落ち着かせてくれるはずなのに、あ〜ちゃんの心はちっとも落ち着かなかった。せかせかと何かに追われているような感覚に陥る。そして、今隣りにいる彼こそがあ〜ちゃんを最も落ち着かせてくれる存在であるはずなのに、今日は無理だった。
そんなあ〜ちゃんに気付いてか、彼は観ていたDVDを止めた。あ〜ちゃんはさっきから映画の内容なんてこれっぽっちも頭に入ってなかったけれど、それを悟られまいとしていたのに。罰が悪そうに彼を見ると、彼はにこりといつもの優しい笑顔をあ〜ちゃんに向ける。安心した。
先ほど、のっちとかしゆかの背中を睨むように見つめていると、彼から電話がかかってきた。今、綾香ちゃん家の近くまで来てるんだ、会える?と。あ〜ちゃんはすぐに返事をした、会えるよ、すぐに帰るね、と。のっちの為に空けていた予定、恋人と過ごせるようになったのは嬉しいことだが、何だかむしゃくしゃしていてのっちに対する当てつけのような感じもしてきて、彼の顔を見た途端、何だか申し訳なく思ってしまった。
そもそも、いつもあ〜ちゃんはのっちに追いかけられて甘えられてきた。なのに、そんなのっちは、今はあ〜ちゃんよりもゆかちゃんを必要としていて、2人が以前より仲良さげに見えて寄り添って歩く姿はまるで恋人同士のようだった。2人が急に遠くなった。
「何かあった?」
彼はソファーに並んで腰掛けるあ〜ちゃんの顔を覗き込んで聞いた。その顔は心配そのもので、自分自身の心情を考えるとあ〜ちゃんは彼にどう答えていいのかわからなくなって、黙り込んでしまった。
言えない、原因が、のっちとゆかちゃんだなんて。深く自分を追求していけば答えなんてすぐ見つかる、だけど見つけてしまうのが怖い。
「ううん、何もないけえ。」
作り笑顔だった。
あ〜ちゃんはいてもたってもいられなくなり、ソファーから立ち上がる。逃げたい。すると彼に手首を捉まれた。
「綾香、俺ら、付き合ってるんだろ? ちゃんと全部話して。」
彼は、あ〜ちゃんのことをとても大事にしてくれる。とにかくやさしいし、あ〜ちゃんを思う気持ちはいちばんだと。だけど、彼に愛されながらもあ〜ちゃんの心に空いた穴はこの1年間埋まることはなかった。
「……。」
あ〜ちゃんは黙った。何も言えなかった。
掴まれた手首は温かくてやさしい。彼の目もやさしい。このやさしさに包まれて生きることが何よりもあ〜ちゃんを幸せにするのだと思う。
なら、何故だろう。
付き合っているのに、愛されているのに、こんなにも孤独なのは。
「俺のこと、好き?」
「…好きよ。」
なら、何故だろう。
嘘をついている気分になるのは。
「綾香、座って。」
あ〜ちゃんはゆっくりとまたソファーに腰掛けた。彼の目をじっと見た。彼の顔がゆっくりと近づいて来て、あ〜ちゃんの唇に重なる。温かくてやさしいキスだった。
唇が離れて閉じていた瞼を開けると、彼の手があ〜ちゃんの柔らかい胸に触れた。やさしく、労わるように、彼の手はあ〜ちゃんの身体に触る。くすぐったいけれど、心地よい。あ〜ちゃんは、彼の胸へと飛び込んだ。
久しぶりのセックスは何もかも忘れさせてくれた。
快楽に溺れることで、のっちとかしゆかの背中は消えた。
目が覚めてベッドから重い身体をむくりと起こすと何かを見る彼の背中が目に入った。寝起きの働ききらない思考のあ〜ちゃんには彼が見ているものが何かわからない、ただ薄い紙を見ていた。
あ〜ちゃんが起きたことに気付いた彼がびくりと肩を揺らして後ろを振り向いた。その表情は少し強張っていた。
「綾香ちゃん、これ…なに?」
差し出された紙切れは、1年前、あ〜ちゃんが渡せなかった手紙だった。
1年越しに見たそれは、少し黄ばんでいてそれを見ると、一瞬で空気が凍りついた。
震える手で受け取ると、しっかりと自分の字で書いてあった。
ゆかちゃんが、好きなんよ、と。
最終更新:2009年10月22日 20:40