仕事を終えて帰宅すると、玄関には男物のスニーカーが二組。部屋からは下品な笑い声が聞こえてきて、すぐにあの人達だと分かった。なんで、どうして、ゆかの胸は高鳴る。
部屋に飛び込むと、そこにはやっぱり懐かしい光景。
「あ、おかえりー」
「かしゆかちゃん!うわっ、かしゆかちゃんだ!スーツ萌え!」
のっちの元バンドメンバー達。解散してからもたまに遊んだりはしてたみたいだけど、ゆかが会うのは、ホント、一年ぶりくらい。二人とも何も変わってない。
「ただいま」
なんで急にこんな所に集まってんだろ。のっち、そのギター後輩にあげたんじゃなかったっけ?てかなんでなんで?またバンドするの?
「とりあえず、今日はここまでって事で、はいはい撤収〜部屋が臭くなるから早く帰って撤収〜」
「か、かしゆかちゃんのパンツとか干してあったりとか…」
「ないっつーの!」
「このベッドでかしゆかちゃんが寝て…ハァハァ」
「ベッド触んな!早く帰れデブ!」
ベースの岸本君は相変わらずだ。ドラムの川島君も相変わらず無口で目付きが悪いし。色々と話したい事とかあったのに、のっちはさっさと部屋から追い出してしまった。部屋にはビールの空き缶が散乱。お酒が好きなのも、相変わらずだ。
「ビックリしたー、なんでまた急に?」
「うーん……ノリ?」
「ふぅん」
ちょっと前まで落ち込んでたのっちも、これで元気が出るんなら良いか。のっちはベッドに座ってギターを手に持つ。本当に懐かしい。昔はのっちがこうやってギターの練習をしてる音と、ぶつぶつ言ってる独り言だけ聞きながら、ゆかは雑誌読んだりしてたっけ。
のっちがやってるのが楽しそうで、何回か教えてもらって弾いた事もあったけど、ゆかにはコードとやらがさっぱり分かんなくてすぐに妥協した。
「あんま見ないでよ」
「いや、やっぱその格好似合うわ」
「YUIみたい?」
「なんか違うけど、そんな感じ」
「うぃー燃えてきたぜー」
のっち少年みたいだ。本当に楽しそうでキラキラしてんだもん、そんなのっちを見てるとゆかも何かしたくなる。明日晴れたら、カメラ持って自転車で出掛けようかな。
「ねぇ明日さぁ、後輩達がライブするらしいんだけど夜見に行かない?」
「うん良いけど」
「卒業した先輩達も見に行くみたいだから、楽しみだな」
ゆかは単純にのっちと出掛ける事が出来るのが楽しみなんだけどね。それからまたのっちはギターに集中。聴いた事の無い曲だ。緩急が激しいな、のっちが好きそうだ。
ゆかが目を閉じて聴き入ろうとした瞬間、のっちは鼻歌を歌い始める。小さな頃は歌手になりたかったらしい。小学校の卒業文集にそう書いたんだってさ。だからか分かんないけど、やっぱり歌は上手い。
「……」
真剣にやれば良いのに、音楽。
なんて言ったら笑うんだろうな。だけど、本当にそう思ってるよ。のっち才能あるもん。そっか、真剣にやったら趣味じゃなくなるもんね。気休め程度だから楽しいのか。音楽だけで生活していける訳ないもんね、売れない限りは。
そんなリスクを負う度胸、のっちにある訳ないか。
「のっち先輩だ!」
「あ、彼女さんも一緒すか」
「つーかまたバンドするって本当ですか?」
のっちは我が家の様に裏口から中に入っていって、後輩達に早速ちょっかいをかけていた。ゆかはその一歩後ろで楽しそうに話すのっちの横顔を眺めてたんだけど。
のっちに関わる人達は皆、少し変わってる。ゆかを彼女だと紹介しても偏見とか全然ないんだもん。ゆかの高校時代じゃ考えらんないよ。あの子達だったら絶対「レズとかキモい」とか言うんだ。だから、のっちの周りの人達は安心出来たし温かくて大好き。
「きゃー!のっち先輩だ!」
「ライブ見にきてくれたんですか!?」
しかもこの人気。結構カリスマ的な存在だったらしい。調子に乗るのっちは、なんか可愛いから別に良いんだけどさ。
「終わったら飲みに行くんですよ、先輩も来てくださいよー」
「黒田の奢りですよ、あいつパチで当てたみたいなんで」
「のっちも一昨日二万勝った」
「マジすか!?つーかのっち先輩昔から負け無しっすよね!?」
「のっちスロットしかやんないけど、あれにはコツがあるんよコツが」
「マジすか、今度教えて下さいよ」
あぁ、やっぱ生き生きしてるよなぁ。あんなに笑ってるのっちを見るのは久しぶりだ。てか、ゆかに内緒でまたパチスロしてるし…。なるほど、誕生日の自転車が買えたのはそれでか。
ゆかは放置されてるけど、横で笑ってるだけで空気だけど楽しいし。何よりこの雰囲気を壊したくないし、のっちを立ててあげたいし、って……夫婦みたいだホント。他愛もない話を繰り返して、皆は同じ質問ばかり。「先輩バンドまたやるんですか?」って、そればかり。
きっと皆も同じなんだろうな。ゆかと同じで、またのっちの歌を聴きたいんだ。正直なところ、ゆかとしては毎日家でだらだらしてるよりかは、そっちの方が活動的で健康的だから良いよ、って思ったりなんかもするだけなんだけど。
「でも一年以上ブランクあったらさすがののっち先輩でもすぐにはキツいですよねー」
あ、やっぱりそうなのかな、って思った時、のっちは言った。
「のっち天才だから」
天才だから、別にブランクなんてどうって事ないって意味なのかな。バーカ、格好付けちゃって。前より全然弾けなくなってたくせに。
のっちはゆかの腰を抱いて煙草の煙が充満するそこから出ると、冷たい風が吹き付けた。ゆかに顔を見せないのっちの手は、強くゆかのコートの裾を握っていた。
「天才、なんでしょ?」
そう言うとのっちは俯いて、小さく息を吐いた。うん、て蚊の鳴く様な声で呟いて、ゆかを強く抱き締めた。のっちはゆかの頬に頬擦りする。その背中に手を回してあげると、のっちの手にはさらに力がこもった。痛いよ、のっち。
ステージではトップバッターが演奏を始めたみたいだ。音漏れしてるから外にいても普通に聞こえてくる。
「…帰ろうか」
「…うん」
「帰ったら、一緒にお風呂入ろ」
「…ゆかちゃん大好き」
ゆかも大好きだよ。
段々と弱くなっていくのはゆかのせいなのに、ゆかはそれを喜んでる。ずるい人間なんですゆか。どうしようもなくずるくて卑怯なんです。利用されながら利用するくらい、なんの動作もないんだから。
◇11:終◇
最終更新:2009年10月22日 20:48