《現在》
サイドN
『・・・あ、のさ?』
何から話せばいんだろうな。
体もまだムシムシ暑くて、気分も落ち着いてはいないけど、話さないことにも、余計気持ちが焦りだす。置かれたアイスコーヒーを一口だけ飲んで話を続けた。
『・・・うまく、いってる?』
『・・・うん。のっちは?』
『・・・うん。ま、相変わらずって感じ、かな』
急展開。
いきなりそこ聞いちゃう?自分。
『ねぇ、のっち?』
一人で焦っていたら、悲しいわけでも嬉しいわけでもなく、でも切ない顔したあ〜ちゃんと目があった。
『な、に?』
喉がやけに張りつく。
やっぱり九月はまだ夏だ。こんなに暑いもん。
Tシャツの下、背中に一筋汗がつたうのがわかった。
『あの時、ちゃんとあ〜ちゃんのこと、好きだった?』
何言ってんだよ、あ〜ちゃん。
『当たり前じゃん!』
そんなん当たり前すぎる。
だからあんなに苦しかったんだ。辛かったんだ。寂しかったんだ。
あんな想い、もうこりごりだ。そう思う程に、
『大好きだった』
大好きだから、大好きだからこそ、許せなかった。受けとめられなかった。現実を、受けとめたくなかったんだ。
優しい顔になって、あ〜ちゃんは笑った。
目を細めて、頬にえくぼを作って。
あの頃見ていた笑顔に、何一つ見劣りすることのない、あったかい笑顔だった。
安心したように頷いて、あったかい笑顔を振りまいて、あ〜ちゃんは口をひらいた。
『のっち、、』
『うん、』
『ごめんね?』
ううん、いんだよ。てか、違う。あ〜ちゃん先に謝らないでよ。
『のっちこそ!・・・ごめん、でも、、』
『うん?』
『すっごい感謝してる。ありがと』
そこまで言うと、あ〜ちゃんの目が少しだけ濡れたのがわかった。
『あ〜ちゃんも、ありがとう。のっちと、うん。のっちのこと、好きになってよかった』
『うん、のっちもだよ』
『あ〜ちゃんね、、』
『うん?』
あの頃のキラキラで眩しい笑顔が少し大人びて見えた。
あ〜ちゃんの声が心地良すぎて、意識が飛びそうだ。
『結婚、するんよ』
『へっ!?』
はっ?えっ?けっこん?
けっこんって、あの結婚ですか?
『ま、ま、ま、じ?』
『・・・うん、まじ』
『いつよ!?』
ふにゃって柔らかい笑顔になった。
まだプロポーズされただけじゃけぇそんなんわからん、ってドヤ顔。
懐かしいな、ドヤ顔。
てか、ま、じ、か、、。
『・・・じゃあ、、、』
『ん?』
『幸せ、なんだね?』
あ〜ちゃんの顔が、みるみる神妙になっていくから、不安でしょうがないよ。
ねぇ、あ〜ちゃん。笑っててほしいんだ。
『・・・幸せ?・・・わかんない』
『ちょっ!なんでよ!?』
『だって誰が決めるん?』
ま、そりゃそうだけど、、。
そんなこと言ってていいのかな?
『まだ誰にも言ってないんだ、このこと』
『えっ?お母さんとか、にも?』
『うん、』
『なんで?まさか、なんか、、』
『一番にのっちに聞いてほしかったの』
『一番に言いたかった』
な、んでだよ、、。
なんで、そんなに、、
『のっちに祝福されて、幸せになりたいの』
そんなの、、
そんなの祝福するに決まってんじゃん!
こんなめでたいことってないでしょ?
あ〜ちゃん、何言ってんのさ。そんな薄情じゃないよ、のっちは。
『祝福するよ!何言ってんの!!』
まさか、のっちがひがむとでも思った?
そんな風に思われたら、それ程悲しいことってないよ。
『違う、違うんよ!』
あ〜ちゃんは慌てて言葉を紡いだ。
『ちゃんと、ね?のっちを、、うん、、』
あ、そっか。おんなじだ。
そりゃ、そうだ。
あの頃の当事者は、間違いなくのっちとあ〜ちゃんで、あのままのっちは宙ぶらりんなんだから、もちろん相手だってそうだ。
あ〜ちゃんも、次に、進みたがってる。ちゃんと、完結させたがってるんだ。
『うん。ごめん、そうだね。あ〜ちゃん、のっち達、ちゃんと終わりにしよう?』
いつの間にか体の熱はひいて、背中をつたっていた一筋の汗も気にならなくなった。
やけに扇風機の音が耳につく。あ〜ちゃんが、笑わないからだ。
『のっちもね、そろそろ、うん。次に、、うん。ちゃんと完結させたかった』
あ〜ちゃんが何も言わないから、のっちは面白いくらいにベラベラ話してる。
何が本当に伝えたいことなのか、頭の中できちんと整理ができてないけど。
そこは、あ〜ちゃんだもん。わかってくれる、よね?
『あ〜ちゃん、のっち本当に大好きだったよ』
今でもすっごい感謝してるし、すっごい思い出すし、忘れようなんて、もう思わない。
それ程あ〜ちゃんが濃すぎて、忘れ方すら、わかんない。
『あの時のっちは引き止められなかった。それなのに綺麗に手放すこともできなくて、、』
今の今まで、本当ついさっきくらいまで、頭の中はグダグダしていたし。だけど、
『でも、、きちんと、さよなら言いたかった』
それでね?出来ればでいいから、また一緒に笑い合いたいよ。
たまにでいいから、こうやってお洒落なカフェでお喋りしたりしてさ。
かしゆかもつれてきていいかな?あ〜ちゃんに会いたがってるよ。
『あ〜ちゃん、本当にありがと』
感謝しても、したりない。
言葉にしたら、たった一言で物足りない。
だけど、それ以上の言葉、本当にないもんだね。あ〜ちゃん正しかった。ありがとう以上はないね。
だからのっちも、そう言うよ。
『今まで、ありがとう』
それでね、あの時無理して言った言葉も、今なら素直な気持ちで、本当に心からそう願えるよ。ねぇ、あ〜ちゃん、
『幸せに、なってね』
あ〜ちゃんは泣かなかった。
変わりに眩しい程の笑顔を見せてくれた。
あれからのっちも少し強くなったけど、あ〜ちゃんも強くなったんだね。
だって、昔のあ〜ちゃんなら、とっくに泣いてた。
そっか。これから家庭をつくる人は、こんくらいじゃ泣かないな。
いずれはママにでもなるんだろうな。そりゃ強くもなるよ。
『・・・のっち?』
《現在》
サイドA
本当に大好きだったと伝えてくれたのっちの真剣な顔。久しぶりに見た。
あ〜ちゃんの心を掴んで離さない、その顔。
正式には、離さなかった、その顔。
今、その強くて綺麗な顔を見ても、正直胸はときめかなかった。
うん。これでいい。私はもう、間違いたくない。
だけど、胸はときめかなくても、この真剣な顔で、今でも見つめられている彼女は幸せだろうな。なんて、少し羨ましくはあった。
ありがとう、とのっちは言った。
あ〜ちゃんの台詞だよ。ありがと、のっち。
そして、もう一度聞こえてきた言葉。
『幸せに、なってね』
うん。なる。あ〜ちゃん幸せになる。
生涯一愛したのっちを完結させて、
生涯一愛したのっちに祝福されて、
あ〜ちゃん、幸せになるから。だから、
『・・・のっち?』
『ん?』
『のっちも、、幸せになって?』
真剣な表情を崩して、のっちは優しく笑った。
目を細めて、八重歯を見せて、優しく優しく笑った。
なだめるようなその表情に、今度は少し、ときめいてしまった。
あぁ、この人のこと、好きだったな。大好きだった。
再確認して、変わらず綺麗なのっちを見て、自分のセンスは間違ってなかった、とも思った。
『うん。なるよ。ありがと』
そう言ってニカッと笑う。
一気に人懐っこさを出して、もう随分会ってなかったのを忘れさせてくれる。
のっちのことが大好きだった。
大好きで大好きで、それはいつか憎しみに変わりそうな熱を持っていた。
だけど、愛の逆は憎しみじゃないこと、のっちから教わった。
のっちは私を責めなかった。嫌わなかった。
そんなのっちのことが、大好きで、どうしようもなかった。
完結させてしまったら、
さよならをきちんと伝えてしまったら、
もう、会えなくなる?
のっちの中の私は、単なる一つの思い出になって、ちょっと邪魔者扱いされて、次に進むために必要ないと、どっか奥の方に閉じ込めて蓋をしてしまう?
『また、会える、よね?』
もう会わない、なんて言わないで?
そんな台詞、世界が終わっても聞きたくないよ。
『会えるよ!』
そんな心配必要ないよ、って言わんばかり。
のっちの声は、真っすぐだった。
『そんな寂しいこと、言わんでよ、、』
のっちは少し寂しそうに眉を垂らして笑ってみせた。
『ごめん、そんなつもりじゃ、、』
『うん、わかってる。また、会おう?』
優しく笑って、テーブルの上に投げ出されている私の手を撫でた。
久しぶりの感触と温度で、また一つ胸がドキッと鳴った。
『・・・かしゆかも、会いたいって、、』
ちょっとバツが悪そうに、撫でた手を引っ込めて、恐る恐る聞いてきた。
『うん。あ〜ちゃんも、会いたい』
素直な気持ち。
もちろん、ゆかちゃんにだって、あれから会ってない。
会いたいよ。
それに、言いたいことだってある。
ちゃんと伝えなくちゃ。
ありがとう、って。
のっちのそばに、いてくれたこと。
のっちのこと、支え続けてくれたこと。
有言実行、のっちのこと、幸せにしてくれたこと。
本当は、どれも自分がする、って思っていたけれど、今はそんなことに躊躇いも後悔もない。
自由で気ままなこの人には、なんでもお見通しで頭のいい彼女でなくちゃいけない。
今は、そんな風に思う。
きっと、二人が一緒に並ぶ姿は、私がずっと描いていた理想の恋人像なんだろうな。
そんな風にすら、思う。
一通りそんな風に思って、少しだけ嫉妬したりなんかもした。
だけど、生涯一愛したのっちのこと、私よりも愛せるのは、かしゆかしかいないこともわかってるつもり。
『あ〜ちゃん、のっちね?』
『うん。なに?』
唾をゴクッと飲み込んで、のっちはまた強くて真っすぐな瞳をこちらにむけた。
ときめかないけど、やっぱりちょっと羨ましいな。
『あの頃、あ〜ちゃんのこと大好きでさ』
『・・・うん』
『本当に大好きで、ちょっと怖かった』
『え?』
『頭の中、あ〜ちゃんばかりでさ。今にも自分を見失うくらいあ〜ちゃんばかりでさ。もう、なんか、、うん』
少し気まずそうに目を逸らして、残りのアイスコーヒーを飲んだ。
のっち?あ〜ちゃんだって、のっちばかり見ていたよ。頭の中、のっちばかりだった。
『だから、なんか、冷静を取り戻す、、ってか、まぁ、言い訳だね。ごめん、聞かなかったことにして』
一人で納得したみたいに、うんうんって頷いて。
でも、のっち、うん、わかるよ。
あ〜ちゃんも、そう。
本当、ただの言い訳だよ。別に言わなくてもよかった。
だけど、その気持ちは、わかる。
お互い様、だね。
相手に冷静な判断ができなくて、自分をぶつけすぎて嫌われることが怖くなった私達は、本来、冷静な思考回路が自分にできるかどうか、別の誰かで試してた。
そしたら案外、その恋愛のほうが普通で、心地いいし、安心感もあって、二人でいることが、どんどん辛くなった。
わかるよ、のっち。あ〜ちゃんも、そうだった。
『なんかね、壊れてたんだ』
『・・・なにが?』
『頭の中の秤が、、』
『はかり?』
最終更新:2009年10月22日 21:41