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のっちは酔っ払っていた。
スタジオで練習した後、岸本君達と飲みに行って、就活どうするだの話もしつつ、ちょっとエッチな話もしつつ、意外と早く帰ってきた。
鍵を持ってるくせにピンポンピンポン鳴らすから変だなと思って扉を開けると、その瞬間のっちに玄関で押し倒されてお酒臭い口で激しいキスをされた。

「ねぇ、やめてのっち、ドア開きっぱなしだから、」
「ゆかちゃん可愛い、今日はどのパンツ履いてんの?」
「きーもーい!」
「ねぇ見せてよ、紐のやつ?紐のやつ?」
「ちょっと、ねぇダメだってば」

人が来たらどうすんの、なんて言ってものっちの手はゆかの下着の中にねじ込まれる。のっちはだらしないあの笑顔で、今度はさっきより少し優しいキスをした。
小さな足音が聞こえた。段々と近付いてくる。半開きのドアの隙間からは非常口の緑色の灯りが怪しく光っていて、足音は止まったかと思うと、そこには彼が立っていた。


「あ、」
「…川島…君…」
「川島?」
「これ、ここ置いとくから。ドアくらい閉めてヤれよな」

川島君は玄関口にのっちの鞄を置いて、扉を閉めて静かに去った。きっとお店に忘れてきたんだ。ギターを忘れない辺り、のっちらしいと思ったけど。
だけどそんな事はどうだって良くて。

「のっち、」
「見られちゃったねー」
「笑っとる場合じゃないじゃろ!」

ゆかはのっちの肩を強く押した。無理矢理引き剥がして、走って彼の後を追う。だけどアパートの階段を降りて辺りを見回しても、人影は見当たらなかった。
息が上がった。心拍数も上昇した。まだ吐く息は白いこの季節、冷たい夜風はピリピリとゆかの肌を刺激する。
彼はゆかの中で、他ののっちの男友達以上の存在で。無口で無愛想で、周りに敵を作りやすい人物なんだろうけど、凄く優しくのっちを想ってくれていたし。だから好きだった。のっちに優しい人、のっちを好きな人は、みんな大好き。
だからのっちを嫌いになって欲しくないの。川島君が今の光景を見て、もしのっちを嫌いになる様な事があったら、ゆかは耐えられない。

「…はぁ」

やな所、見られちゃったな。
今度会う時はちょっと気まずいかも。のっちは酔っ払ってるから明日になれば記憶もほとんど無くなってるだろうけど、ゆかと川島君はきっと忘れられなさそう。


とぼとぼ部屋に戻ると、のっちはあのまま玄関で大の字になって爆睡していた。

「酒くさっ」
「んぅ…、ゆかちゃんぅ」
「ちゃんとベッドで寝んさい、コンタクト外して、ちゃんと着替えて」
「シャワーは…明日の朝…」
「ハイハイ」

おぼつかない足取りののっちをベッドまで引きずってく。コンタクトも外させて着替えさせて、もはや恋人でなくてオカンの領域に達してしまっているゆか。
バタリとベッドに倒れると、のっちは死んだ様に眠った。そんなのっちにちゃんと布団を被せて、ゆかは寄り添って眠った。




ゆかが目が覚めたのは9時過ぎ。隣を見ると、のっちは相変わらず死んだ様に眠ってた。
ゆかはコートを羽織って家を出た。自転車で数分行くと、川島君がバイトしてるドラッグストアがある。一か八か、運に任せてみたら会えた。川島君は漢方薬を商品棚に並べる作業を黙々としてた。

「あ、かしゆか」
「おはよう」
「大本はいないのか?」
「うん、死んだみたいに寝てる」
「そっか」
「昨日の事なんだけどね、のっち酔っ払ってたんよ、普段は全然あんな事ないんだけど、べろんべろんになっちゃってて、それで」
「なんで俺に言い訳すんの?別に気にしてねぇよ、二人のアソコ見た訳でもないし」
「のっちを嫌いになんないで」
「なんねーよ」

そう、良かった。そう呟くと、ゆかはどこか気持ち良くなった。だけど川島君は相変わらずの無表情で、漢方薬を並べてる。

「そういえばさ、バンドってどうなの?」
「知らね、全部あの女の気まぐれだろ?」
「のっちは結構真剣みたいだけど」
「アイツが真剣になったら、ヤバ過ぎて俺達にはついていけないわ」


そのセリフに違和感を覚えた。
のっちはあれだけ毎日バンドバンド言ってんのに。そりゃそうか、のっちは真剣に音楽やる事に怯えているから。自分が作った物を否定されんのが怖いもんね、好きなジャンルだからこそ。

「ねぇ、それって」
「一応俺達は待ってんだよ、アイツが本気になんのを。前にバンド辞めるって言った時だって、こうやってまた再開するって分かってた様なもんだし」
「そっか」
「アイツ才能あんだって、自分じゃ気付いてないかもしんねーけど。かしゆかが一言言ってくれたら、アイツもその気になんじゃねぇの?」
「……」


ゆかは返す言葉が見つからなかった。
だってゆかが言った所で、あののっちが言うこと聞いてくれるとは到底思えないし。それにのっちが本気になったら、のっちが、本気になったら…ゆかは…。

「…まぁ、俺はどっちでも良いんだけどな、アイツらとバンドやれたら」
「…うん」


何を怖がってるんだろ、ゆかは。
のっちが本気になったら絶対に生活の何もかもが変わってく。もしそうなったら、ゆかは嫌だ。
嫌だとか、完全に自分勝手なワガママだよ格好悪い。自分の事しか考えてないの、超自己中じゃん。結局はのっちを籠の鳥にしたいだけ。今の生活に、ゆかは依存してるだけ。
そして川島君は、きっと今も…

「ねぇ川島君」
「あ?」
「川島君は、今ものっちを…」
「川島くーん、ちょっとレジ手伝ってー」
「やべ、じゃあなかしゆか」
「あ、うん、バイト頑張ってね」

川島君は作業を中断して、レジに向かった。取り残されたゆかは、ふと生理用品が切れかかってた事を思い出す。もうすぐのっち、生理が来るから買っとかないと。

生理用品を手に、少し気まずいけどレジで精算。2つあるレジの内の、オバサンの方に行ったんだけど、奥のレジの川島君はゆかの買った商品をチラ見して、ちょっぴり顔をしかめた。


川島君、ゆかは川島君が思ってる程、のっちへの影響力なんてないからさ。だから頼りにしないで欲しいな。
だけどゆかは応援する。のっちが決めた事なら、なんだって応援するよ。


だから今はごめんだけど、全てのっちに託すしかないんだよ。



◇14:終◇





最終更新:2009年10月22日 22:49