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広いベッドは二人で買った初めての買い物だった。
生活がばらばらで触れ合うことが少なくなっても、どんなにひどいケンカをしても、
必ず一緒のベッドに寝ようって、そうじゃなきゃやだって、
ここで初めて夜を過ごしたときに言ったのは、私だった。

たぶん何かの受け売りだったしそんなに意味を込めて言ったつもりもなかった。
今思えば、ただそんなようなことを言いたかっただけなのかもしれない。

けれどそのときののっちは顔を赤くして、目を大きく見開いて、
このベッドの上で私を自分の左腕にそっとおさめた。

それまでみたいな強い抱きしめ方じゃなかったことをよく覚えている。
大事なものを自分の圧でつぶしてしまわないように、
ふわっとくるんであたためるように、何度もおでこをすり寄せてくれたんだった。



I love youをどう訳すかなんて、つまらない話だと思った。

「ねえねえゆかちゃんは?」
「んー」
「焦らすねえ!まったく」
「ゆかそういうのは好きな人にしか教えんわ」
「えー」
「あんた言わせたいだけじゃろ、あ〜ちゃんに」
「そりゃあ、まあ」
「だって、あ〜ちゃん」

後部座席ではしゃぐのっちとそれを受け流すかしゆかの構図は、何年経っても変わらない。
かしゆかにはいつも感謝してるのに、
にやにやして雑誌に目を落とした今日の彼女はなんだか憎らしかった。

「…そんなもんわからん」
「I love youはI love youじゃろ」

聞こえたため息の音は、振り返らなくてもあの眉を容易に想像させた。
かしゆかの笑いをかみ殺している姿も。
けれど、DJにふられた話題にうれしそうにいつまでも食いついてる姿が、
妙に私を苛立たせた。




帰り着いた後も、のっちは不満とも期待はずれともつかない顔をしたままだった。
じっとこっちを見ては、何か言いたげな、そんな表情が気になったけれど、
私は私でさっさとお風呂に入ってしまいたかったのも本音だった。

お風呂から上がると、のっちはもうすでにベッドで横になっている。
さっきのことなんてすっかり忘れて録画したお笑い番組でも見てると思っていたから、
ちょっと驚いた。私が思うよりも根に持っているらしい。

ため息が出る。のっちは気づいていない。
私がのっちのことをどれだけかわいくてしょうがないか、いまだにわかってない。

「ふてくされてんの」

返事はない。ばかじゃないのって思う。
わかりやすい言葉を子供みたいにほしがって、あげたらうれしそうに笑って。
何度も何度も確かめては、一喜一憂して。的外れな心配ばかり。

だけど、ふて寝だと全身で表現している姿とか、
形のいい頭がなでろと言わんばかりに自己主張しているのがやっぱりおかしくて、
手を伸ばして触れてしまう。こうされるのが好きなことはよく知ってる。
名前を呼んであげればより効果的なことも。

「のっち」

なでる手の優しさに、自分でも驚くほどだ。
触ったり触られてしまえば素直になってしまうのも、お互い昔から変わらない。
ね。あ〜ちゃんの提案は、正しかったでしょう。


ねえ、のっち。
どうしてあ〜ちゃんと一緒にいるの?

照れながら好きとしか言わないこの人の別の言葉を、心から望んでるのは私の方だった。


あの頃より好き?
あ〜ちゃんとつきあってよかったって思う?

耳に口を近づけて後ろから抱きつくと、固かった身体は急にくにゃっとなった。


「あ〜ちゃんのばか」

ご機嫌ななめみたいなふりをして近づいてきた、
もう見飽きたくらいのその顔をあらためて見ると、なんだか落ち着いた。
ぴたりと抱き合うと、あったかくてやさしい匂いが広がる。
どうせすぐに暑くなって朝には離れてるんだろうけど、
今はここにずっとしがみついてさえいれば、それでいいと思える。


「ね、あ〜ちゃん」
「ん」
「あのね」
「うん」
「…や、なんでもない」
「変なの」

のっちもそう思ってるのかな。
うれしそうに笑うと、いつものように私を左腕に招き入れた。


「何笑っとん」
「ふふ」

あ〜ちゃん、と呼ぶ声が耳の奥に広がって、私を満たしていくのがわかる。
ゆるませた唇を受け入れて、この人がどれだけ自分を思ってくれているかを思い知る。

いつもそれを味わうだけで精一杯なんだよ。
言葉なんて出てこないの。いいかげんわかって。


だから、あのときと同じ抱き方であのときと同じように。
言いつけを守って毎日ちゃんとつつんでくれるかわいい人を見つめて、今日も言う。


「おやすみ」
「うん、おやすみ」


(おわり)






最終更新:2009年10月22日 22:56