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告げられた事実。知りたくなかった事実。


ビター・ビター(25)




小鳥がチュンチュン会話する、爽やかな朝。少し肌寒さを感じる身体にカーディガンを羽織ったあ〜ちゃんは、早歩きで歩く。出勤するサラリーマンや、眠そうに欠伸する学ランを着た少年、きゃあきゃあと短く織り上げたスカートの裾を気にしながら階段を駆け上る女子高生数人とすれ違いながら、あ〜ちゃんは待ち合わせ場所のコーヒーショップへ急いだ。
店内へ入ると朝食をとるサラリーマンの中に似合わない綺麗な黒髪の姿が見えた。長い黒髪を少しだけ揺らして、手を振るかしゆかに手を振り返してから、レジでホットミルクティーを注文し、それを受け取るとかしゆかの元へ向かった。向かい合わせに座って、目が合うと、どちらからともなくにこりと微笑んで、「おはよう。」と言った。


「今日は朝早くに呼び出してごめんね。」


かしゆかが片手に同じくホットミルクティーを手に取りながら謝ると、綺麗にそれを口にした。あ〜ちゃんも同じようにホットミルクティーを口に含むと、ううん、と首を横に振った。


「ゆかね、のっちと別れたんよ。」


持っていたカップを置く間もなく告げられた事実に、カップの中身が少し零れた。かしゆかが慌てて鞄の中からハンカチを取り出したけれど、あ〜ちゃんはわざと受け取らずテーブルに置かれていた紙ナプキンで零れたホットミルクティーを拭き取った。


「……そうなんじゃ。」
「…驚かんの?」
「だって、しっとったけえ。」


あ〜ちゃんは嘘を吐いた。本当は何も知らなかった。別れたことどころか、付き合っていたことさえも知らなかった。寝耳に水だった。薄々感づいてはいたけれど、証拠とか根拠が何もなかった。それにどこかでこの事実は誰よりも先にのっちが伝えてくれると思い込んでいたし、のっちが誰かと付き合うことなんてないと思っていた。あ〜ちゃんの身近なところで、小さな恋が始まっていたなんて、動揺するに決まっている。強がる為だけの嘘に、かしゆかは、小さく「そう。」と悲しそうな目で呟いた。


「だから、のっちのことお願いね。」


かしゆかは、のっちの保護者みたいに、あ〜ちゃんにのっちのことをお願いした。何だか一瞬でかしゆかに負けた気がしたあ〜ちゃんは、ギュッと、ワンピースの裾を皺が出来るくらいに強く握り締めた。告白してもいないのに、のっちに振られた気がした。


そうだ、思い出した、あ〜ちゃんは、かしゆかのこの瞳に惹かれたんだ、と思った。真っ直ぐで揺ぎ無い強気な瞳。吸い込まれそうになる、この瞳に胸を躍らせて恋をして。久しぶりに真正面から逃げずに見たその瞳は、のっちに恋している瞳で、あ〜ちゃんは終わったようで終わらせきれていなかったかしゆかへの恋心に終止符を打てた気がした。


「…何でそんなんあ〜ちゃんに頼むんよ。」
「あ〜ちゃん、のっちのことが好きなんじゃろ?」


直球勝負のかしゆかが、何故かあ〜ちゃんは苦手だった。それは昔から変わることはない。ほら、そうやってあの瞳であ〜ちゃんを見る。あ〜ちゃんは、言った。


「好き。」
「なら、よかった。」


黒目の大きい瞳を、三日月のように弧を作って笑うかしゆかは、本当にいい顔をしていて、お上品にカップを手にすると唇を尖がらせてまたホットミルクティーを啜った。それだけ言うと、「じゃあ、ゆかもう行くね。」と席を立った。あ〜ちゃんは、振り返って手を振ることもなければ、立ち上がって歩き出したかしゆかを見ることもなかった。
ただ、カップに残った生ぬるいホットミルクティーを見つめて、ため息を漏らした。





最終更新:2009年10月22日 22:58