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side.A


普段とは全く違うテンション。
愛しい人は、あたしの後ろでそわそわした様子。
一人じゃない。愛しい人との、帰宅。
嫌が応にもテンションは上がる。
鍵を開けドアの奥へ進む。
遠慮がちに中の様子を窺う彼女。
余つ発した言葉が「入ってもいいの?」だって。
あたしは笑った。
「のっちは部屋に入れたくない人とここまで一緒に来るん?」
「いや、それはないけどさ」
「どうぞ。上がって」
「うん。お邪魔します」
暗くて静かな部屋の中。
廊下の電気を点けるスイッチの音が、思いの外大きく響いた。
同時に鳴った仕掛け時計の派手な鐘の音。
時計は自身のその頂を示している。
今日だった日が、昨日に変わった。
明日のはずだった日が、今日に変わった。
明日が最後の日、が、今日が最後の日、に変わった。


一瞬流れる僅かな緊張感。
今度はその空気、壊したのは彼女。
あたしは目を閉じる。
体と心全てで、その両腕と背中に当たる心地好い体温を、つつみ込んでくれる彼女の空気を、そのなにもかもを感じ取れるように。
「のっちもいきなり後ろから抱き着いたりするんだね」
「うん。あ〜ちゃん柔らかいから」
「ふふ、意味が分からん」
どんなに止まれって願ったって、時間は進んでく。
時計を見れば一目瞭然。
コチコチ間抜けな音をあたしに聞かせながら、誰もが絶対に変えることのできない現実を突き付ける。


これで、同じ?
毎日あたしが、今日を想って過ごしてきた一日。
今日、彼女と過ごしているこの一日。
本当に、同じ一日?
絶対違う。
さっきのも絶対だけど、これはもっと絶対だ。
あっという間に時が経つよ。
信じられない速度。
たった今鐘の音を聞いて、彼女に抱きしめてもらって……
それなのに、気付けば時計の針は進んでる。
年が変わるまでもう一日を切った。
あたしが彼女といられる時間も、一日を切った。


だけどね、いいんだ。
だって、これは前進だ。
別に終わりに向かってる訳じゃない。
寧ろ、その逆。
あたしも彼女も、やっと始まるだけの話。
随分永い時間を使ってしまったけど……
終わりじゃない。
刻々と減っていく残された時間。
これは、スタートラインへのカウントダウン。



side.N


当然といえば当然。
更にいえば、さっきまでがあまりにも不自然。
永い時間我慢してきた自分の大好きなもの、目の前にして手を出すなって方が無理がある。
彼女がせっかく作り上げた空気を変える。
だけど、もう充分でしょ?
少なくとも、あたしは限界。
なにを考えて、どういう風に思ってるのかは、想像くらいしかできないけど……
でもきっと大体分かってるはず。
昔から、何故かあたしはこの子の気持ちは汲みし易かった。
大前提、こうする以外にこれ以上どう過ごせば良いのか分からない。
「ゴハンは?」
「後回し」
「せっかちじゃね」
「じゃあしない?」
「…………する」
抱きしめた時から気付いてた。
あたしの所に来た時から気付いてた。
押し倒した彼女の体は、あの頃と比べて随分細い。
少し淋しくなって、心配にもなった。
「……やっぱゴハン食べよっか」
「ヤダ」
「腹拵え済ませてからにしようよ」
「もうする気になっちゃった。のっちのせいで」
「いつからそんなにいけない子になっちゃったの?」
「たった今」
唇を合わせる。
押し倒しているはずのあたしが、彼女に引き寄せられる。
格好付けた言い回しなんてつもりはないけど、ホントにそれは重力にやられた形。
そして彼女は、少し悲しげな表情。
そんな顔しないでほしい。
胸が痛くなる。
「ごめんのっち。ちゃんと分かっとる」
「うん」
「暫くね、なにも喉を通らんかったんよ。のっちとゆかちゃんが別れたって聞いた時くらいから」
「そっか」
「でもね、もう大丈夫になるから。ちゃんとゴハンも食べるし……それから……」
「いいよ。わかった」
「だから」
「うん」
重なる肌は、あたたかくて、柔らかくて。
目の前の子は、弱々しくて、愛しくて。
少し前に突然現れたこの子のそれとは、全然違っていた。
大切なものは、失くさないように大事にする。
だけど、もう離れていくことがわかってたって、やっぱり大事にしたい。
もう離れていくって分かってたって、だからって諦めて乱暴に扱うことなんてできない。
あたしは最後の最後まで、この子を愛していたい。
愛していることを伝えたい。
そうじゃなきゃ、こんな行為になんの意味も生み出せないから。


きっと、別に肌を重ねなきゃいけない理由なんてない。
抱き合わなくたって良かった。
お互い一糸纏わぬ姿になったって、こんなに気持ちは穏やかだ。
昔のあたし達じゃこうはいかなかっただろう。
相手が壊れてしまう位に、分かって欲しくて気持ちをぶつけあっただろう。
今こうしてるのは、きっとそこにあるカタチの確認。
こんなあたしだって、やっぱり意味を生み出したい。






あたしは彼女をつれていく。
何度も何度も。
いつぞやの約束。
もっと凄いのがシたい。
守れてただろうか。
「ねぇ」
「ん?」
「そろそろ寝よっか」
「疲れた?」
いや、あたしは疲れないけど。
際限なく続いてしまいそうな行為の小休止。
深夜。真冬。
外の気温なんて想像しただけで肌を刺されそうだし、室温だって特別工夫はしていない。
それなのに、こんなにあったかいのは、あついのはなんでだろう。
真っ白なはずの彼女の肌が、こんなに淡く染まっているからだろうか。
あたしはこの子と、ちゃんと一日を終えたかった。
ちゃんと一緒に朝を迎えたかった。
少し前には、そうすることができなかったから。
「遅くなっちゃったけど、なんかゴハン食べる?」
真下にいる彼女が小さく首を振る。
「じゃあ、お風呂入る?」
「いい」
その返事を聞いた時に、自分が情けない表情をしてしまったことに気付いた。
彼女が、困った様な、泣いた子供でも見る様な、そんな顔になったから。
いつもそうだったから、自然とわかるようになった。
「相変わらずわかりやすいヤツ」
「なんかあ〜ちゃんはわかりづらくなったかも」
「ふふ、普通そうなるじゃろ」
そう言った彼女が時計を見る。
時間は刻々と進む。
でもね、あたしはきっと逆だよ。
会わなくなった時間が長かった分、あたしはきっと更に分かりやすくなってるはずなんだ。
「ねぇ、明日はさぁ、普通にデートしようよ」
「あらぁ〜。のっちも噛まずにデートに誘える様になったんじゃね。あ〜ちゃんは嬉しいわ」
彼女はそういってシーツで顔を覆う。泣いたフリ。
「うざ。ダメじゃん、ちゃんと顔見せて」
「じゃあちゅーして」
「いいけど……なんかまたグダグダやってたら朝になっちゃうよ」
「あはは、いいじゃん。ずっと朝までしてよっか?」
そう言って白い歯を見せて、顔をくしゃくしゃにして笑う。
あの頃の笑顔と、なにも変わってない。
あたしはその顔を、絶対に忘れない様に、頭ん中に焼き付ける。
眩しすぎる太陽を見つめ続ける様に、強く強く。
「ダメだよ。あたしの夢叶えるんだから」
「夢?」
「そ。あ〜ちゃんの寝顔を横から覗くの」
「えぇ〜、ズルい。そんなん言われたら寝なきゃいけんじゃん」
「そうだよ」
「仕方ない。のっちの夢の為に寝てやるか」
「……ありがとう」
「いいの。明日の朝は、あたしがのっちの寝顔覗くから」
おやすみのキスが、その日一番甘かった。


〜続く〜





最終更新:2009年10月22日 23:03