サヨナラを告げられた朝。
ビター・ビター(26)
小鳥のチュンチュンと朝をお知らせしてくれる声で、のっちは目覚めた。
「んうー、よく寝たあ…。」
むくりと上半身を起こして、腕を大きく天井へと伸ばして気だるい身体を伸ばした。秋の朝は肌寒い、床に脱ぎ散らかした自分の服をベッドから手を伸ばして取ると、トレーナーをすぽっとかぶった。
「ゆかちゃん、のっちのもちゃんと拾ってくれたらよかったのに…。」
ぶつぶつと不満を漏らしたのは、同じように脱ぎ散らかされていたはずの服がかしゆかのものだけ綺麗に片付けられていたからだ。
「ゆかちゃーん。」
のっちがリビングに向かって少し大きめの声で呼びかけても、返事はない。不思議に思ってパンツにトレーナーという何とも間抜けな格好でしぶしぶベッドから起き上がった。下半身がやけに重いのは、昨日の情事のせいだろう。昨日のかしゆかは、いつもより執拗にのっちに「忘れんでね」と言った。嘆くように発された声をのっちは、快感に消えそうになる理性の欠片を繋ぎとめて必死に頷いた。
「ゆかちゃん?」
リビングに、かしゆかの姿はない。お風呂場かもしれない、とお風呂場を覗いてもトイレを覗いても応答はない。この家にのっち以外のヒトがいる気配さえしない。玄関に行くと、そこにあるのはのっちのヒールが一足、履きやすいように揃えて置いてあるだけだった。
「…牛乳、買いに行ったんよね、そうよね。」
自分に言い聞かせるようにのっちは言った。何故か胸騒ぎがする、心臓がドクドク、妙な音を立てる。早まる心臓音を抑えるかのように胸に手を当てていると、リビングにあるテーブルにメモが置かれているのに気がついた。逸る鼓動を抑えきれずのっちは紙がくしゃくしゃになるくらい強くそれを手に取った。
———のっちへ。
いきなりごめんなさい。
ゆかと、別れてください。
ゆかのことを好きになってくれてありがとう。ゆかと付き合ってくれてありがとう。のっちに、ゆかはたくさん幸せをもらいました。本当にありがとう。
ゆかね、のっちにも幸せになってほしいんよ。のっちには、ゆか以上に相応しいひとがおるはずじゃけえ。自分の気持ちに素直になってほしいと思うんよ。ゆかは、これ以上ない幸せをのっちにもらったけえ、のっちはゆか以上に幸せにならんといかんのよ。
のっち、だいすきだよ。
ありがとう。
ゆか。
メモを持っていた手が震えた。
「な、ん…でっ…?」
力が抜けた。床にぺしゃんと座り込んだら涙が止まらなかった。叫んでも叫んでももう、誰も迎えにきてはくれない、傍にいてはくれない。
かしゆかが残した手紙は、のっちがまるでかしゆか以外のひとをずっと思っていたような内容だった。ちゃんと愛していたのは、ゆかちゃんだけなのに、のっちは自分の気持ちを否定されたようで余計悲しくなった。けれど、かしゆかは全部、全部知っていた。のっちの気持ちを、全部。
(のっち、ゆかちゃんに振られたんだ、)
のっちは、独りぼっちになったんだ。
最終更新:2009年10月22日 23:36