この瞬間、世界は終わった。
ビター・ビター(27)
また、月曜日がやってきた。あれから一週間経った朝は何の変わりもなく小鳥が鳴く。少しだけ、肌寒さが増したくらいの変化しかなかった。あ〜ちゃんは、昨夜仕事終わりにのっちを引きとめた。かしゆかは、「お先に。」といつもの可愛らしい笑顔であ〜ちゃんとのっちに笑いかけるとひとりでエレベーターに乗った。そのかしゆかの背中を見つめるのっちの横顔は、何とも言えない切ない表情をしていてあ〜ちゃんは言葉を詰まらせた。「明日の夕方、あの公園に来てよ。」それだけ言うとあ〜ちゃんは、のっちを置いて今さっきかしゆかが降りていったエレベーターが再び来るのを待ってからせかせかと乗り込んだ。
誰もが気付いていた、大きな変化はなくとも何かが変わってしまった。その事実を3人が3人とも気付かないフリをして1週間が過ぎた。
この間と同じようにのっちは少し遅れて公園に着いた。パーカーのポケットに両手をすっぽり隠してまたあのショートブーツを履いてあ〜ちゃんの元へ歩いてきた。あ〜ちゃんは手を振り返すことはなく、ただ近づいてくるのっちを見つめた。
「…待った?」
「全然。」
「ならよかった。」
のっちはあ〜ちゃんが座るベンチに並んで腰かける。依然、ポケットに両手を隠したままだ。どちらも口を開かずにいると、沈黙に耐えられなくなったのっちが、あ〜ちゃんを見た。
「…で、なに?」
「あんた、ゆかちゃんとつきあっとったんじゃってね。」
あ〜ちゃんは喋った。いかにも冷静に、淡々と言葉を繋げた。のっちは怯んだ。いきなり触れられた傷を負った部分にあ〜ちゃんの言葉がグサリと突き刺さったのだから。
「…ゆ、ゆかちゃんから聞いたん…?」
「そんなんはどうでもいいんよ。あ〜ちゃんはのっちの口から聞きたいだけ。」
のっちはずっとあ〜ちゃんの横顔を逸らすことなく見つめる。そんなのっちの視線に気付きながらもあ〜ちゃんはずっと前を見つめる。殺風景な公園。街灯が点くほど辺りは暗くなってはいないが、沈みかけた夕日に照らされるベンチは物静かで気味が悪い。のっちはごくり、と唾を飲み込んだ。
「…付き合ってた、よ。」
聞きたくなった言葉、あ〜ちゃんは胸がいたくて、縮みこんでこのまま感情というものが張り裂けてしまうのではないかと思った。
「そう、」
「…うん。」
お互い黙り込んでしまった。言葉が見つからないでいると、今度はあ〜ちゃんが口を開く。
「キス、とか、したん。」
ぶっきら棒に吐き出せば、のっちは視線をあ〜ちゃんから逸らす。逸らして、視線が居場所を失った。
「した。」
「そう。」と落ちきった声であ〜ちゃんは相槌を打った。その声はあまりにも消えてしまいそうで、その声色はのっちが今まで聞いたことのないあ〜ちゃんの声で、また、のっちは心を痛めた。
「のっちは、嘘吐きじゃね。」
「……。」
「あ〜ちゃんのこと、あんなに好きだとか、可愛いとか言ったくせに、結局はゆかちゃんじゃったんじゃ。」
「違うよ、あ〜ちゃん。」
「何が違うん?」
今日、初めて絡まった2人の視線。あ〜ちゃんの目には涙が溜まっていて今にも零れてしまいそうだった。
「何が違うんよ、違わんじゃろ、のっちはゆかちゃんが好きなんじゃ、」
「あ〜ちゃん!」
「のっちのバカ! 結局はあ〜ちゃんのことなんてどうでもいいんじゃろ!」
「そんなことないって、あ〜ちゃんのこと大好きだよ、」
「そんなん信じれるわけないじゃろ…っ」
溜まりに溜まった涙は、あ〜ちゃんの瞳からぽたぽたと落ちてワンピースを濡らした。叫びに似た2人の声は、誰もいない公園に響いた。のっちは顔を伏せて泣くあ〜ちゃんの肩に触れようと、した。けれど、出来なかった。今ののっちにあ〜ちゃんに触れる資格なんて、ない。のっちはゆかちゃんと、一線を越えてしまった。それはあ〜ちゃんに対する裏切り行為。
元はと言えば、のっちの弱さが原因だった。あ〜ちゃんを思い続けるのが怖かった。あ〜ちゃんをこれ以上好きになってあ〜ちゃんを守れる自身がなかった。のっちは、自分の弱さ知った、そして弱い自分を愛してくれるかしゆかの愛に甘えた。泣きじゃくるあ〜ちゃんにただ「ごめん。」としか言えなくて「嫌じゃ。」と言われて眉を垂らした。
世界が終わった気がした。
最終更新:2009年11月01日 03:02