新曲の歌入れで代々木の中田さん家。
今まで三人必ず一緒に来てたけど、あ~ちゃんは風邪でお休みだったから
初めてのっちと二人だけで行った。
何か変な感じ。いつもじゃんけんで決める歌う順番も、妙に譲り合いに。
「先やる?」
「う、うん…」
中田さんは何も言わないでのっちをブースに入れた。その間、あたしは
プリントアウトされた歌詞に目を落とす。もらったデモはこしじまさんの声だった。
恋の運命は 愛の証明は 二人の航海と何かが似ているかもね
「航海」…「後悔」に掛けてるとか?
電話ボックスみたいなブースの小窓から、座ったショートカットの後ろ姿が見えた。
「次」
ブースのドアが開くと同時にぶっきらぼうな中田さんの声がした。
のっちはあたしと目が合うと少し恥ずかしそうにした。ピンと来た。
あ~ちゃんお休みだからね。
すれちがいざまのっちの手に触れた。いつもなら何でもないことなのに、
電気に触れたみたいにのっちの手が軽く跳ねる。―かわいい。
中田さん家を出ると小春日和に包まれた。相変わらず歌入れはすぐ終わる(笑)
あとは中田マジックに期待ってことで。
エレベータから原宿駅までの道までずっと新曲の話をしているけど、のっちは
その間ずっとあたしのセーターのすそをつかんでる。それがサイン。
原宿から渋谷で乗り換えて田園都市線に。ふだんは原宿か渋谷で遊ぶけど、
今日はのっちの部屋に直行。
「かわいー♪」
マンションの入り口でひなたぼっこをする三毛猫をのっちが指さす。わかり
やすい照れ隠しがかわいかった。その証拠に、片方の手は相変わらずあたしの
服をつかんだままだし。
部屋に入ってベッドに座る。隣に座ると見せかけ、
「にゃぁ♪」
急にとびかかってのっちの膝に転がり込んだ。膝枕の態勢。
「かっしーってほんと猫じゃねぇ」
のっちが笑って腕を回そうとする。かわいい笑顔。でも機先を制して、
転がった勢いのまま肩から体重をかけのっちもろともベッドに倒れ込んだ。
「ちょっ…」
のっちの上で一回転して間髪入れずキス。上になったあたしの髪がのっちの頭
の周りを帳(とばり)みたいに覆う。この髪が覆う世界はあたしとのっち二人だけ。
キスの時は目を開けているのが好き。
のっちの眉毛がだんだん八の字になって、顔に赤みがさしてくるのがかわいい。
「…見とる」
襲われて息が苦しくなったのっちは、唇を離すとようやくそれだけ言った。
ちょっといじめたくなる表情。
「じゃぁもう見てやらんけぇ」
のっちを突き放すように上半身を起こしてそっぽをむくと、八の字の角度が
上がった。
それでも絶対に甘えた声は出さない。けど、あたしの裾をきゅっとにぎって
くるのがのっちらしい。
「のっちってタンジュン♪」
そんなことない、なんて反論はキスで却下。もう一回倒れ込むように
向き直って抱きしめる。のっちの腕が回って背中に心地よい圧力を感じた。
でもまだ許してあげない。
「どうしたいん?」
「…え?」
まぁるい目がちょっと困惑する。わかってるでしょって表情。
もちろんわかってるけど、やっぱりはっきり言わせたくなる。
「言わにゃぁわからんよ」
「ぇ…そんな」
抱きしめた腕をゆるめてのっちの顔をじっと見つめる。キス以上にのっちの
頬に赤みが増してく。自分でも分かるくらい、あたしはにやけてる。
「言ってみぃや」
のっちが困り切った声をあげた。
「もぅ」
八の字眉毛のまま口の中でさんざんごにょごにょした後、ようやく出た言葉は―
「…して」
―吹いた。
あまりにストレートな台詞に、転がってひとしきり笑う。
「何で笑うん!?」
のっちがあたしの肩に手を掛けて抗議。いじるほど面白くて、かわいくて
…愛しい。
「のっち、かわいいんだもん」
真顔をつくって言ってみる。抗議はすぐ止んだ。ちょっと視線を外して
照れてる。
「やだ、真に受けてる~」
は黙っておいた。
もういじる時間が惜しい。言葉でなく、もっと確かなものでのっちに
触りたくなった。
窓から射す冬の太陽よりもあったかいのっち。ブラインドから漏れる小春日和
の光に、長い手足が白く映えた。
絡め合うてのひら。混ざり合う二人の匂い。何度キスを重ねても足りない。
好きとか言葉はないけど繋がりあえてる。
背中にのっちの立てた爪を感じた。
二匹の猫は身をぴったり寄せ合い、甘い眠りに落ちる―
のっちは郵便取るついでにマンションの玄関まで送ってくれた。エレベータ
でも最後まであたしと手をつないだまま。日が落ちたせいか、昼間見た猫は
さすがにもういなくなってた。
―この後、冬に裸だったせいかあたしとのっちは順番に風邪引いた(笑)
家に帰るとチョロは寝てた。ふーくんも巣のはじっこで目をとろんとさせて
おねむな様子。
今日の出来事をふーくんにひとしきり聞かせた。そういえば初めあやちゃん
はあたしがチョロとふーくんに話しかけると聞いたときドン引きしてたけど(笑)、
人に言えないこともチョロとふーくんになら言える。
「ゆかはのっちが好きなんよ」
何をいまさらって感じでふーくんはぴくりともしない。ガラス越しに指で
小突いたけど反応なし。
誰もいない部屋なのに、ついつい声をひそめちゃう。
「でも」
一呼吸おいたらまた声が小さくなった。
「あやちゃんも好きなんよ」
19歳のワルイコト。
ふーくんの目が一瞬開いて、完全に閉じかける。
「二人とも、大好きなんよ」
ふーくんの耳に届く前に、声は部屋に拡がって消えた。
(つづく...かも)
最終更新:2008年10月10日 00:16