俺は女の子が好きだ。可愛い子なら尚更だ。
道行く可愛い子に振り返ったりするし、隙あらばエスカレーターで登っていくミニスカートを履いた可愛い子のスカートの中の秘密を知りたいと目論んだりもする。
最低ではない。それは男の本能であり習性なので見逃して欲しい。そもそもミニスカートなんて履く奴が悪いんだ。
そしてセックスとオナニーは別だ。「彼女がいるのにAVとか見る男ってサイテー」などと今時の若い女は言うけど、それは間違っている。彼女がいたってオナニーはする。もちろんセックスもする。オナニーはいわばデザートの様な物なのだ、男のロマンなのだ。
だから今日もこんな深夜にレンタル店のアダルトコーナーに足を踏み入れた。死んだ目をした中年のオッサンが一人、痴漢物のDVDを手にうろついていた。オッサン、それハズレだよ。前に見たけどイマイチ抜けなかった。
そして俺はタイトルからしてエグい物を二本選んだ。オッサンを尻目にアダルトコーナーから立ち去る。きっと今の俺も、あのオッサンと同じような目をしてるに違いない。
「いらっしゃいませ」
水曜の深夜、必ずレジにいる森下さん。色白で清楚で、可愛い。毎週彼女がいる時を見計らって来店してる。毎週決まってAVを借りていく小汚いデブ男を、そのアイラインを薄く引いた綺麗な瞳に映して欲しいのだ。
「こちら新作なので二泊三日になります」
軽蔑の目で、見て欲しいのだ。
「二百円のお返しです、ありがとうございました」
お釣りを受け取る時に手が触れた。柔らかくて温かい女の手だ。固くてごつい男の俺のとは違う、白くて細くて綺麗な手。
唾をごくりと飲み込んで、俺は店を出た。唇が乾いた。喉もカラカラだ。
明日はスタジオで練習か。
ヤバイな、練習しとけって言われたのに全然練習してねぇや。あの女、ムチャクチャな曲作りやがって。俺のベースの力量くらい分かりきってるくせに。
まぁ今更焦った所でダメなもんはダメだ。
俺はこの臭い部屋でオナニーして寝るんだよ。風俗も良いけどそんな金は俺には無いし。
「はぁ…」
画面の中で肌色が蠢く。顔は俺の好みだが、この品のない喘ぎ声はなんとかならんのか下手くそが。
「おっす」
「…おっす……ゲホゴホ」
「風邪か?」
「ぅん…」
うちのバンドのボーカルギターの大本彩乃。正真正銘、女。美人だしスタイルも良い。なのに変人だ。見た目はめちゃくちゃタイプなこの女に、俺は一度も欲情した事がない。
「大丈夫かよ、つーか伝染るからコッチ来んな、シッシッ」
「あーイカ臭」
「……」
マスクをして虚ろな瞳、すっぴんのくせにその目は大きいし肌も綺麗だ。一応俺にも彼女はいる。その彼女が「彩乃は本当に可愛い」と力一杯言うくらいだから、誰からも愛されるルックスの女なんだろう。
知り合いの男が何人か、大本の連絡先を教えて欲しいと言ってきた。普通にモテるんだ、この女。なのにどうして。
答えは単純だ。
こいつがレズビアンだからだ。
こいつには彼女がいる。かしゆかちゃんは可愛い。普通に好みだ。そんな二人が付き合ってるんだから驚きだ。他人からしたら二人がイチャイチャしてる姿は、仲良しな女友達同士に見えるだろう。だけど違うんだ。
「わり、遅れた」
そこに入ってきたのは川島。相変わらず陰気臭ぇ面してやがる。そんなんだから彼女出来ないんだよ。
「おーし、んじゃやるぞー」
川島、こいつは男のくせに男じゃねぇ。女に何の興味もないのだ。ゲイだとかそういうんじゃない、健全な日本男児がエロに興味がないって何事だ。
「んじゃ最初からとりあえず一通りね」
大本の鼻声に頷いて、俺はベースを肩にかけた。練習してねーんだよな、途中までしか弾けないけど仕方ねぇ。
川島のドラムはいつもの様に安定してて、大本のギターはびっくりする様な展開をあっさりやってのける。そして俺は置いてけぼり。くそっ。俺半分も弾けてねぇじゃねーか。
「岸本、練習してきた?」
「わりぃわりぃ、時間なくってさ」
「ったく、本番まで時間ないんだからね?」
「おー分かってるよ」
余裕ぶってみたけど、内心焦ってた。俺は大本みたいに天才型ではない。かといって川島みたいに努力すんのは嫌いだ。
趣味の範囲だよ、所詮。と笑い飛ばした所で逃げられないし格好悪い事だと知っている。こんなダサいデブ男にも人並みの美学はある。顔も悪けりゃ頭も悪い、そんな俺はこうでもしなけりゃ格好良い奴らと仲良くなんてなれないんだから。
「川島、そこなんだけどタッタタタンって感じで」
「こうか?」
「そうそう、もう少し強く叩いても良いかな」
「分かった」
こいつら、なんでこんなに上手いんだよ。バンド組んだばっかの時なんか、川島なんてド素人だったじゃないか。俺は何をやってんだ。オナニーに更けてた所為なのか。
「岸本、遅れてる」
「あ、あぁ」
「ベースしっかりしてくんないと」
「分かってるって」
「岸本、違うそこは」
「くそっ」
「岸本、だからそこは」
「くそっ!」
なんだってんだ!
なんだってこんなダサい事になってんだ俺は!いつもは余裕だったじゃないか、ベース弾きながら可愛い子の事ばかり考えてたじゃないか。
「少し、休憩するか」
「そうだね、ゲホゲホ」
川島、そんな目で見るんじゃねえよ童貞のくせに。
これは明らかに今まで味わった事のない空気だった。俺はスタジオの外に出た。寒空の下、タバコに火をつけて深く深く息を吸い込む。
「一本ちょうだい」
「あ?」
大本だ。ムカつく女だ。
タバコなんて吸えないくせに、俺のセブンスターを一本取ってくわえて火をつけた。
「げほっ」
「吸えないなら吸うなよ」
「風邪なだけです」
「無理すんなよ、なんでそんな状態で練習なんて」
「心配だからだよ」
「はぁ?」
「心配なんだよ、初めてライブで自作の曲やるんだから」
なんだコイツ、もしかして弱音吐いてやがんのか。
散々俺達を振り回すコイツは、生意気だしウザイ。だけど振り回されてやってるのには理由がある。ただコイツが身に纏う空気が好きで、尚且つ音楽センスが光る格好良い奴だからだ。
今練習してる曲も、全部コイツが作ったんだ。今までこんな事はなかった、コピーしかしてこなかったのに、今になって動き出しやがった天才に俺は身動きが取れないのだ。
「なんか良いAVない?」
「お前女のくせにAVなんか見んのか」
「かしゆかの反応が面白いんだよ」
「あー良いよなぁ、可愛い彼女がいてさ」
「なんでよ、あずさちゃん可愛いじゃん」
「付き合って二年以上経てばマンネリもするわな」
大本はふーんと頷いて、灰を落とした。
「岸本はさぁ、彼女がオナニーしてたらどう思う?」
「別に、なんとも」
「そっかぁ」
「あ?何?もしかしてかしゆかちゃんオナニーしてんの?くはー想像しただけで抜ける」
「お前さ、かしゆかで抜いたらブッ殺すかんね、脳内でも汚すな」
「はいはい」
二年以上付き合ってんのに、コイツはかしゆかちゃんにぞっこんだ。目に見えて好き好きってタイプではない、付き合いたての頃よりは随分と落ち着いてる。
あの頃は酷かったな。毎日かしゆかちゃんの話してニタニタしてたもんな。
つーかなんつー質問だ。風邪引いてるから頭バカになってんなコイツ。
「かしゆか、多分この前オナニーしてたんだよね」
「そりゃするだろ、人間だぞ」
「そうかもしんないけど、のっちはショックだった」
「なんでだよ」
「原因はセックスの回数が減ったからだって事は分かってんだよ、かしゆかは多分、じゃなくて絶対欲求不満なんだよね、ヤりたいって思ってんだよ自分からは言わないけど。それが分かってて何もしない自分にガッカリってゆーかさ、なんか性欲が無いってゆーかさ」
コイツは何を言ってんだ。そんな事を俺に言ってどうするつもりだ。女心なんて俺が一番知らないもんだぞ、コイツの場合、普通の女心とはかけ離れている訳だが。
「それだったら別にオナニーしてくれたら良いじゃんか、何が嫌な訳よ」
「彼女の期待に応えられないのが嫌なんだよ」
はっ、と鼻で笑った。笑うな、と肩を強く殴られた。痛かった。
何を考えてんのか分かんなかったよ正直今まで。社会に向き合おうとしない後ろ向きな姿勢や、一般に馴染めない不器用さも俺は嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。
俺みたいな変態とつるんでくれる女なんて、バンド繋がり以外にはいない。バンドという繋がりがなくても、俺はコイツと関わって行けるような気がするのは、きっと何か似ている部分があるからなんだ。
世界を敵に回しても、コイツはかしゆかちゃんでなくちゃならないんだろうな。
いくら願っても一つになんかなれっこないし、自由に愛し合う事すらこの世界は許してくれないじゃないか。そんな世界でお前はかしゆかちゃんとどうなりたいんだよ。
「期待って面倒臭いよな」
「だよねー」
「かしゆかちゃんを待たすなんて俺には信じられんがな、あんな可愛い子」
「だよねー可愛いんだよねーかしゆか」
「あれ、もしかして俺今惚気られてる?」
「のっちは岸本が羨ましいよ」
そう言って大本は地面にタバコを押し付けて火を消した。その手は白くて細い、女の指だった。
「はい、休憩しゅーりょー!行くよ岸本」
「おー」
扉の奥に消えていく後ろ姿を見送って、俺はまた空を見上げた。
今になって驚かされるんだ、大本彩乃っていう人間に。天才のくせに弱くて脆い、モテるくせに一人の女に心の底から依存して。口に出しては言わないが、正直かなりダサい奴だ。
でもやっぱり
「俺はお前が羨ましいよ」
タバコの火を消して立ち上がった。
天才はようやく火がついたって所だろう。言いたかないけど、糞みたいに格好良いんだよな、あの曲。やっぱ天才は違うってか。でも歌詞は痛過ぎるけどな。
ぐっと背伸びをすると、関節がパキパキ鳴った。
でもなんだかんだ言って俺は、こんな糞男に甘えてくるアイツが愛おしくて仕方がないのだ。
◇16:終◇
最終更新:2009年11月11日 03:17