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初めてのキスは、雨の味がした。
「・・・なんで、こんなこと、するん、、」
「・・・好き、だから?」
「・・・ばか、、」


[001:kiss in the rain]


普通クラスの短大を卒業して、ここで働き始めてから、もうすぐ二年がたとうとしてる。
せっかく東京に出てきたんだ。お洒落なカフェの店員か、アパレル関係につきたかったけど、
労働時間と給料を考えて、ゆかが現実的に選んだのは携帯ショップだった。
退屈に押し潰されそうになりながらも、なんとかこの大都会で生き抜いてく術を身につけた。
本当は友達のカヨちゃんみたいにお洒落なレコード屋で働いて、
週末はクラブに通って、そこで仲良くなった人たちと、DJクルーを組んでみたりもしたかった。
でも、人見知りなゆかには、そんなこと絶対できん。カヨちゃんの話を聞くので十分だ。


携帯をひらくと、メールが一件。
『サウンドでランチしよ(はぁと)』


私の職場と、カヨちゃんの職場のちょうど間にあるお洒落なカフェ、サウンド。
その店には地下があって、そこがクラブになっている。クラブ、ノイズ。
カヨちゃんは週末になるとそこで、クルーのみんなとプレイをしてる。らしい。
まだ見に行ったことは、ない。そもそもクラブに入ったことが、ない。
カフェサウンドの方にはちょくちょく行くけど。


だって一人で行くには心細い。
大丈夫だよ、ってカヨちゃんは言うけど、クラブに入っていく子たちは、みんなお洒落でいかにも東京人!って感じだ。
田舎者のゆかとしては、やっぱりちょっと怖い。


『おっけぇ』
メールを返信して、また退屈な仕事に戻った。
早くお昼休みにならないかなぁ。





サウンドに着くと、すでにカヨちゃんの姿があった。
相変わらず可愛いなぁ。何そのツナギ!ちょーかわいい。ゆかも欲しい。いいなぁカヨちゃん、何でも似合って。
前髪だって、勇気を出してお揃いにしたのに。ゆか、全然似合ってない気がする。
遠くからそんな事を考えて、ボーっと友人を観察。
我ながら情けない。早く前髪伸びればいいのに。


あっ、
伏せた視線を遠くの友人に戻すと、誰かと楽しそうに喋ってる。誰だろ?あの子。
遠目からだけど、、絶対可愛い!足とか超細い!
てか、白い!服、なんか花柄で派手だけど、下品じゃなくて綺麗な感じ?清楚って感じ!


「あっ!かしゆー!」


カヨちゃんが私に気付いて手を振ると、同時に隣の可愛い子も、じゃぁね、って手を振った。
すれ違いざまに見た彼女の顔は、垂れ目なのにキリッとしてて、
すっごく綺麗で、強くて、なんか、東京の女!って感じがした。


「ごめん遅くなってー、、今の…友達?」
カヨちゃんはメニューを渡しながら困った顔をした。
「んー、、友達では、ないかなぁ…この前下のノイズでさぁ、、


なるほど。どうやら可愛い子ちゃんはクラブの常連さんみたいで、
何やら顔パスできるくらいのVIP待遇を受けているらしい。
それで、この前一緒にやった他のDJクルーの人の友達らしくて、ちょっと話したみたい。
「まぁでも、ぶっちゃけ苦手だなーあの子」
あら。そうなんだ。
よく知らないけど、カヨちゃんがそうゆうなら、そうゆう子なんだろうな。
それなら多分、ゆかも苦手だ。
「・・・なんで?」
「だって嫌な女だもん」


その日のお昼は、嫌な女はこうゆう女!って話で盛り上がった。
カヨちゃんいわく、その可愛い子ちゃん、名前を綾香といって、ちょっとここらじゃ知れてるセレブちゃんらしい。
そして、甘々な声で『あ〜ちゃんって呼んでぇ〜』って言い回って、男にも女にも大人気らしい。
みんな騙されてるんだ。あんなんただのブリッ子じゃん。親が金持ちなだけでしょ。ってカヨちゃんは言った。
よく知らないけど、カヨちゃんがそうゆうなら、そうなんだろうな。
それならやっぱり、ゆかも苦手だ。





家に帰る。決して広くないこのアパート。それでも都心に近いだけあって、家賃はそれなりにする。
壁も薄いしユニットバスだしオートロックなんてたいそうなものはついてない。
だけど、たった四部屋のこの小さなアパートを私はすごく気に入ってる。
頼るものが何もないこの東京という街で、唯一の自分のテリトリーだからだ。
玄関が異常に狭いし階段はうるさいけど、202号室は私の味方だ。
そんな不満もあるけど住みやすい我が家も、最近ちょっと悩みがある。
それは隣の201号室。の、住人。
最近まで空き部屋だったその部屋に、灯りがともるようになって、もう二週間くらい。挨拶もなければ、会ったこともない。
東京の人は、こんなもんなの?地元じゃ考えられないよ。
そのくせ、ドアはおもいっきり閉めるし、音楽はうるさいし。なにしろ深夜の声がうるさい。
聞きたくないのに聞こえてくるその声のせいで、ここしばらく寝不足だ。
これじゃまるで、ゆかが盗み聞きしてるみたいじゃん。
だけど、、


しばらくしたある日、驚きの事実を知った。
なんと、201号室から“あ〜ちゃん”が出てきた。
朝の通勤前、忙しく部屋を飛び出すと、そこに見えたのは同じく忙しく部屋から飛び出してきた“あ〜ちゃん”


「あっ!」
驚いて声が出てしまったけど、“あ〜ちゃん”は特に何も気にしないで、
薄く開いたドアの向こうに叫んだ。
「ちゃんと起きて仕事行きんさいやー!」


“あ〜ちゃん”は東京の女じゃなかった。


その瞬間、本当は嫌な女じゃないのかも、なんて脳裏をよぎった。
だって、だらしない彼氏の家に泊まって、仕事行きなって、、
そんな世話好きなら、もしかしたらいい人?いや、きっといい人に違いない!
声が出てしまった手前、困ったゆかは軽く頭を下げた。
この前カフェで会いましたよね?よくクラブにもいるんですか?
そんな意味もこめて。
だけど、目も合っているのに、そんなん知りません、って顔で“あ〜ちゃん”はスタスタと階段を降りていった。
あ、やっぱり嫌な女。


外はあいにくの曇り空。
降りだした雨が唇に落ちて、それを拭うように唇を噛んだら、
なんとも惨めな気分になった。







最終更新:2009年11月11日 03:26