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side.N


朝目覚めると、あたしの顔のすぐ横に彼女の顔があった。
昨日の夜はあたしもこんな顔してたのかな。
満面の笑み。泣いてるみたい。
こんな世界があったんなら、さっさと教えて欲しかった。
そうすれば、きっと未来は違ってたはずなのに。
街をちょこちょこと歩き回る姿が愛しい。
店に入る度に増えていく荷物だって。
全然おいしくない、どう考えたってハズレな店に入ってしまっても、一緒なら顔をしかめることもない。
ずっと続いたって構わないのに、さっさと日は暮れる。
いつもはあんなに永いのに。
さっさと連れてきて欲しい夜は、なかなか訪れないのに。
今日に限っていつもあたしが求めてることを実行しやがる。
今日はゆっくりで良いのに、神様ってのも大概天の邪鬼なヤツだ。
もしくは、そう思い通りになるかとあたしを戒めているんだろうか。


最後。なんて辛気臭い言葉使いたくないけど、紛れもなくそれは事実。
あたしと彼女がこんな一日を過ごすことは、どう希望的観測でもってしてももう有り得ない。
想像すらできない。
二人は別々を選んだから。
きっとさ、一緒にいたらいたで、そこそこ上手いこといくと思うよ。
でもさ、描く未来に、どう足掻いたって足りないものがいくつかある。
そんなん分かりきってるから、あたしが目指すはそこじゃない。
どんな最後なら、笑って終われるだろうか。
寂しいね、なんて言う訳にはいかない。
ちゃんと消化させてあげなきゃ。
あたしなんかが彼女の中にいつまでもいちゃいけない。
ちゃんとさよならって笑えた方がいい。
はっきりしない奴だったね、待たせちゃってたね、最後まで意気地がなくてごめんねって。
楽しかったね、幸せだったね、夢みたいだったね、今までありがとうって。
全部あなたのおかげだよって。
待っててくれて、ありがとうって。
言うべきこと、言いたいこと、これで全部かなんて分からない。
それは多分無理だ。一生かかったって無理。
全部なんて伝えきれる訳がない。
今でさえ、何か伝えられたことがあるなんて自信はない。
そんでも、笑えればいい。
それが彼女の為ならば。
それで良い。
彼女が歩き出せるなら。
あたしの中からは、多分彼女は消せないけど。
心のずっと奥の方。
一番あったかくて一番大事なところに、彼女はいる。
きっと、ずっと。




side.A


緊張しているのが分かる。
彼女も。あたしも。
目覚めた彼女にあたしの顔はどう映っただろう。
街ではしゃぐあたしは、不自然じゃないだろうか。
一緒に今過ごしているあたしは、自然体なあたしだろうか。
ずっと感じる彼女のあったかい空気。
投げ掛け続けられる優しい笑顔。
素のあたしを、彼女はちゃんと知ってるのかな?
あたしですら理解できてないのに。
彼女のことの方が、良く分かっちゃう気がするよ。
それも一緒なのかな。
あたしの場合、それは彼女のことばかり考えてここまで来てしまったから。


日が暮れ始める頃には、お互い口数も減った。
今年最後の瞬間に向けて、新しい年の始まりに向けて、周りにいる人達の空気はなんだか楽しげ。
一緒になって盛り上がるでもなく、わざわざ沈んでいくでもなく。
バランスをとるみたいに、心は穏やかに、柔らかになっていく。
腕に腕を絡めてみる。
腕を組もうと思ったのに、彼女はすぐにあたしの手を掴まえた。
力強く指を絡める。
丁度良くない。
でもこうしたかったのかもしれない。
握られれば、握り返す自分は確かにいるし。
大人ぶってみたり。落ち着いてみせてみたり。
似合わないのに。不自然だよ。
今なに考えてるか当ててあげようか?
でもそれなら、きっとあたしも同じなんだろう。


赤信号。空を見上げる。
ビルとビルの間の真っ暗な空。
見上げた時に、彼女に借りた黒いストールと首の間にできた隙間を風が吹き抜けた。
その風がやたら冷たくて、背中から足の先まで小さく震える。
そんな些細なあたしの挙動に、彼女はすぐに気付く。
そして、彼女はあたしの首元に巻かれている自分のストールを綺麗に器用に巻き直した。
信号が青になる。
沢山の人が歩き出す中、向き合ってしまった手前あたしは彼女をみつめる。


そんな当たり前みたいに、流されてしまうのは嫌だなぁ。
青を赤に変えられればいいのに。
そうじゃなきゃ、赤が進める世界がすぐ隣にあればいい。
「ムカつく」
「なにが?」
「のっちが」
「へ?」
なんであたしとあなただったんだろうね?
どうしてあなたはそんなに優しい人だったんだろう。
どうしてあたしはこんなんだったんだろう。
違ったら良かったのに。
「あ、ヤバい鳥肌たった」
「なんで?」
「上見てみ?」
「上? ……あ」
「鳥肌たったじゃろ」
「うん。やっばい」
でも、そうだ。それもダメなんだ。
あたしとあなたじゃなきゃ、ならなかったんだ。
きっと、全部そうだ。
勿論、もう一人必要だったのも確かだし。




狭い空から、真っ白な雪が降ってくる。
お世辞にも綺麗とは言えない街の光を受けて、キラキラと綺麗に輝く。
「どうりで寒い訳だ」
「冬は寒いって相場が決まっとるんよ」
「嬉しそうだね」
「めっちゃ綺麗じゃん。テンション上がらん?」
「あ〜ちゃんが楽しそうだと、テンション上がるよ」
そう言ってまた手を繋ぐ彼女はあまりに不器用で。
その顔は昔と変わらなくて、耳は真っ赤で。
あたしはまた泣きたくなって、笑った。
自分で決めたことなんだからしっかりしなきゃ。
これは全部あたしの我が儘なんだから。
きっと彼女は綺麗に終わらせようとしてる。
それはあたしの為だと思ってくれてるんだろうし、実際この先のあたし達の関係を考えてみれば、明らかにそれは正解だ。
でも、寂しいよ。それは寂しい。
言わない方がきっと良い。
彼女は恐らく最後まで言わないだろう。
それは優しさなんだってことも分かってる。
無理して笑って。それで格好つけたこと言って。
分かってるから、言えないじゃない。
あなたは一生大切な人だよって。
ずっと大好きだよって。
それだけ我慢するだけであたしは狂ってしまいそうなのに。
壊れてしまいそうなくらい言ってやりたいのに。
あたしって奴は、大概自分勝手で散々彼女を振り回して。
怒られたって愛想尽かされたって仕方ないくらいなのに、彼女になにか残したがる。
そんなもん彼女にとって良い事なんてひとつもないのに。
それだけの事で、あたしの心は潰れる寸前。
なにもかも飲み込むのは、どれだけ辛いんだろう。
教えてくれたって、あたしは全然構わないのに。
どうせあたしの中からは、なにがあってものっちだけは消せない。


二度目の青信号で、横断歩道を渡る。
さっきよりももっと、手を握る力は強くなった。
「あたし最後に行きたいところあるんだけど」
真っ直ぐ前を向いて歩く彼女が言う。
最後か。
それをはっきり口に出すのは、初めてじゃない?
あたしが言ってあげてたんだからね。やればできる子だって。
「いいよ。どこ連れてってくれるん?」
「職場」


〜続く〜






最終更新:2009年11月11日 03:33