女の子と付き合ってるだなんて、学校の友達には言えなかった。言う気にもならなかった。仲は良くても所詮はそこまでの付き合いだし。一緒にいて楽しいとは思うけど、皆ゆかを分かって欲しいと思えるような人物ではない。
「なんかかしゆか、変わったよね」
「うんうん、可愛くなった」
「良い恋でもしてんの?」
そんな問いつめに誤魔化す事が出来ず、吹き出してしまった。恥ずかしくなって両手で顔を覆うと、皆が驚きの声を上げた。
「えー」とか「マジでー」とか、凄くうるさい。スタバの店内だよ、周りのお客さんにも見られるから止めようよ。でも、なんか悪くない。
「ねぇねぇ、どんな人どんな人?」
「写メとかないの?」
とりあえずゆかは「可愛い系かな」とだけ言ってそこからは上手く誤魔化したつもり。女の子って本当にこんな話好きだよね。ゆかも大好きだけど。
のっちも好きなのかな。のっちも友達の前でこんな風にゆかの事を話したりすんのかな。なんか照れちゃうな。
そうこうしてたら時間はすぐに過ぎていった。夜、のっちが家来るって言ってたっけ。
「じゃあ、またね」
「今度彼氏紹介してねー」
「ばいばーい」
やっぱり恋をすると女の子って変わるもんだね。自分でも分かるくらいだから、他人からしてみるとかなり分かりやすいんだろうな。
早くのっちに会いたい。のっちとイチャイチャしたい。足取りは自然と軽くなって、いつの間にか走り出していた。
すると車のクラクションが鳴り響いた。振り返るとそこには白いあの車。タイミング良すぎ。
窓を開けて運転席から顔を出してのっちは「ひいちゃうゾー」なんて言って笑う。ゆかは凄く幸せな気分で助手席に乗り込んだ。のっちの車はいつもの香水の香りがして落ち着く。ゆかも大好きなこの香り。
「タイミング良かったね、今からゆかちゃんの家行こうとしてたの」
「凄いね、超タイミング良い」
「明日お休み?バイトは?」
「明日は多分入ってなかったはずだけど」
「お、良いね良いね、お酒買ってきたから呑みまくるぜー」
そう言ってのっちは後部座席からスーパー袋を持ち上げてゆかの膝の上に置いた。ビールに焼酎、たくさん入ってる。
「チューハイないの?梅酒とか」
「え、ビール呑めないの?」
「うん、てかお酒あんまり呑んだ事ないし」
「そうなんだ、じゃコンビニ寄るから呑める酒買ってきなよ」
「お酒じゃなくてお茶が良い」
「なら寄らない」
「なんでよー」
ゆかがそう言うと、のっちは「え?」ってわざとらしくとぼけた。眉毛がピクッてなってるし。演技下手すぎ。
結局コンビニでアルコールが弱めの缶チューハイを数本買った。のっちはおつまみも一緒に買っていた。そしてゆかの好きなお菓子もちゃんと買ってくれた。
それから家に帰って、ご飯を食べながらのっちは缶ビールの栓を開けた。凄く美味しそうに飲む姿は、お父さんみたいで笑ってしまった。
「のっちってお酒強いんだ」
「ううん弱いよ、すぐ酔っ払っちゃうもん」
「酔うとどうなるの?」
「えー分かんない、案外普通だよ」
そう言ってのっちはゆかの作ったオムライスを綺麗に食べた。ゆかも缶を開けていく。ピーチのカクテルだってさ。甘くて美味しい。
「美味しかったぁ、ご馳走さま、シャワー借りるね」
「あ、うん」
そう言ってその後ろ姿を見送った後、ゆかは一人片付けをする。いつも簡単な物しか作ってあげてない。今度はもっと手の込んだ物を作ってあげたいな。
などと考えているとのっちはすぐ風呂場から出てきた。ゆかのスウェットは少し小さめだけどなんか似合ってる。
「ゆかちゃんも入ってきなよ」
「うん」
「ドライヤー借りるね」
髪が濡れたのっちは色っぽかった。洗面所でドライヤーで髪を乾かす姿を鏡越しに見つめていると、小さく笑われた。
ゆかは微笑み返して服を脱ぐ。
「ゆかちゃんって、マジで体細いよね」
「細くないよ」
「もう少し太っても良いと思うよ、のっちおっぱい好きだし」
「どこ見とるんよ」
胸を手で隠して睨み付けると、のっちは「別に見てないよ」ってニヤニヤしながら今度は全身を舐める様に見た。やらしい目付き。
「もー知らん、のっちなんか」
「のっちはゆかちゃんが大好きだよー」
浴室から出ると、のっちはソファーに寝そべって三本目のビールを呑んでいた。お笑いを見て大きな声で笑ってる。その頬はほんのり赤くて酔いが回ってきてるとすぐに分かった。
「かしゆかも呑みなよ」
「今から呑むの」
「お、風呂上がりは色っぽいねぇ」
「のっちオッサンみたい」
そう言って笑うと、手を強く引かれた。バランスを崩して、ソファーに寝そべるのっちの上に乗っかってしまって。
ビール臭いのっちの息が顔に当たる。熱いのっちの体。熱いのっちの息。穏やかじゃないのっちの鼓動。それを感じるゆかも、穏やかでなくなっていく。
「ごめんごめん」
「のっち可愛い」
「ん」
「やぁーもう」
「あ、やば、その声腰砕け」
安心する温もりだった。
ゆかはずっとこれを求めていたんだ。のっちの腕の中で、こうやって優しく抱き締められる時を待ってたんだ。
こんなに幸せなんだもん、誰だってゆかの変化に気付くよね。心なしか最近化粧の乗りも良いし。髪もサラサラツヤツヤだし。
恋って、素晴らしいね。
「あ、ん…」
「えっちいよゆかちゃん…うわっ」
「え?ちょっと何やってんの冷たいー」
「ごめん」
二人抱き合ったままソファーから転げ落ちて、その時にテーブルにぶつかったせいでまだ缶に残ってたゆかのピーチカクテルを胸に浴びてしまった。
床を拭かなきゃ、なんて考えてるゆかを見下ろしてのっちはまたさっきみたいないやらしい目でにやついた。
「服、濡れちゃったね」
「のっちのせいじゃろー」
「脱いで脱いで、」
「ちょっとー」
別に抵抗しない。素面なゆかは喜んでしまっている。のっちに求められるのがこんなに気持ち良いんだもん。
汗ばんだ手の平だとか、熱い舌の身勝手さだとか。全部ゆかにぶつけたいんだよね、ゆかにぶつけて、のっちも嬉しいんだよね。だからもう、入ってきて良いよ。
「もーぐっちゃぐちゃだよー何この部屋っ」
「うぅ…頭痛い…」
「焼酎ロックとかマジ信じらんない」
下着姿のまま、ボサボサの頭のまま、ゆかは真昼の光を浴びる部屋の掃除をする。のっちがテーブルの上に作った空き缶のビラミッドはのっちなりの力作だったらしく、ゴミ袋にそれを放り込むと「のっちのお城がー」などとベッドから喚いた。ゆかは構わずそのお城を破壊する。
「もうゆかの家で呑むの禁止、次呑む時はのっちの家でね」
「ぅん…」
とは言っても結局掃除をするのはゆかなんだろうけど。まぁなんでも良いや、楽しかったし。
それから掃除を終えてシャワーを浴びたゆかは学校の課題に取り掛かる。二日酔いで苦しむのっちを余所に、ゆかの頭は随分とスッキリしていてはかどったのだけれど。
「ゆかちゃんガリ勉だ」
「良いじゃん別に」
「のっちの課題もついでにやってよ」
「やだよ面倒くさい」
「冗談だよ」
のっちは鼻で笑って、ゆかの髪で遊び始めた。くすぐったいけど心地よいのっちの指の感触。
「友達にね、あ〜ちゃんって子がいるんだけどさ、昨日その子に最近楽しそうだねって言われたの」
「そう」
「のっち幸せオーラ出しちゃってんのかなぁ、どうしよう恥ずかしいよー」
「あはは、良いじゃん」
「ねぇねぇ、今度会ってくれる?あ〜ちゃんと」
「え、」
「今度紹介するって言っちゃった、可愛いし面白いし良い子だよ、この前なんて、」
のっちの声は弾んでる。凄く嬉しそうに話してる。ゆかは言葉を失った。あ〜ちゃんって誰だよ。
のっちはなんとも軽やかな口調でそのあ〜ちゃんの話をする。ピンクが好きで可愛いだの、東京での初めての友達だの、その一言一言に強い敬意と愛情の念が込められていて。ゆかは内心、動揺。穏やかでない。
「会ってくれるよね?」
「うん、良いよ」
可愛い可愛い言うけど、本当に可愛いのかな。今の話を聞いてる限りじゃ結構痛い子っぽいけど。
二人だけで密かに愛を育もうよ、なんて言うタイミングは完全に失ってしまい、ゆかは英語の長文の和訳に精を出す。嫌いなんだよ、英語。
それから一週間後、ゆかはあ〜ちゃんと対面する。
「はじめまして」
「あ、」
あの時の苺パフェだ。
◇0I:終◇
最終更新:2009年11月11日 04:16